濱口竜介監督が語る映画『急に具合が悪くなる』映画化への葛藤と原作への想い「どうすればいいかわからないけれど、絶対に映画にしたいと思った」

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公開日:2026/7/4

映画『急に具合が悪くなる』の公開を記念し、濱口竜介監督へのインタビューが実現した。原作は、哲学者・宮野真生子さんと人類学者・磯野真穂さんの魂の交流を記録した往復書簡。濱口監督はこれを映画化するにあたり、舞台をフランスの介護施設に設定。劇中ではフランスで生まれたケア技法「ユマニチュード」を取り入れ、言葉の壁を超えて境界線が溶けていくような対話を描き出している。テキストそのものをなぞるのではなく、作品の本質をフィルムへと落とし込んだ監督に、原作への誠実なアプローチや映画作りに込めた想いを聞いた。

――『ドライブ・マイ・カー』以降に受け取った企画提案のなかで、『急に具合が悪くなる』だけが濱口さんを突き動かす何かを持っているように思えたと、インタビューで語っていらっしゃいました。

濱口竜介(以下、濱口) 自分がずっと「映画にしたい」と思っていたものがここにあった、と感じました。つまり、誰かと誰かが本当に深く出会う、魂の邂逅ということです。言葉にすると嘘くさいし、フィクションとして描こうとすると、自分自身も絵空事に感じてしまうかもしれない。対して原作の『急に具合が悪くなる』は、哲学者の宮野真生子さんと人類学者の磯野真穂さんが往復書簡というかたちで、本当に互いの深い部分に触れるような交流を重ねた記録なわけです。どうすればこれを映画にできるか、まったくわからないけれど映画にしたい、と強く思いました。それこそ不可能かもしれないけれどやってみよう、と。

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■日仏合作の突破口となった、ケア技法「ユマニチュード」との出会い

――その、手探りの状態のなかで、フランスの介護施設を舞台にしようと決めたのは、作中でも語られるユマニチュードというケア技法に、もともと濱口さんがご興味を抱いていたからなんですよね。

濱口 そうですね。企画提案をいただきながら、どうすればいいかわからないまま、2年ほど過ぎてしまったころに、シネフランスというフランスの制作会社から一緒に映画をつくらないかと誘いがきたんです。そこで、一つの突破口が見えた気がしました。宮野さんと磯野さんがかわしている、学問的であり、抽象度も高い対話のようなものに、おそらくフランスの観客は慣れている。つまりプロデューサーもこれを企画として考えやすい。日仏合作にすることができるのならば、その対話をちゃんと生かした作品にできるかもしれないと思ったんです。では、実現するために必要な、日仏を繋ぐものは何かと考えたとき、フランスで生まれたユマニチュードというケアの技法が架け橋になってくれるんじゃないだろうかという予感が生まれた。そんな曖昧な出発地点から、始まりました。

――ユマニチュードとは、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つのケアを柱に「あなたは大切に思われている」と伝える技法ですね。

濱口 それが基本で、ユマニチュードには150もの技法があり、それを使いこなすには厳密な研修を経る必要があります。我々に触れられるのは基礎的な部分ですが、それでもユマニチュードの、問題を外側からとらえ、その構造のどこで間違えたために悪循環が起きているのか考えようとする姿勢から学ぶことができます。何ごとにおいても、問題がどこで生じているかに気づくことがなければ、解決するすべを見出すことはできない。それは映画制作においても同様で、かつ、社会全体にも通じる考え方だと感じたことで、映画のテーマとしても流れ込んできました。撮影初日は、看護師のアンナが研修を受けながら、ユマニチュードを実践するシーンを撮りました。このことは、制作全体にとって、とてもよかったなと思っています。と言うのはそのシーンで、アンナという決して大きくはない役を演じる彼女がとても輝いた気がした。そうか、これからこの制作でやっていくのはこういうことなんじゃないか、と思えたので。勿論、これは2人の女性を主人公とした話なのだけど、彼女たちの生を描くには、その周囲の生も描く必要があるのだな、と。

――ほかに、フランスの介護施設を舞台にしたことで得た気づきはありますか?

濱口 日本とフランスの社会は一見、ずいぶんと異なるものですが、介護施設で起きている問題は非常に似通っています。たとえば介護を受ける人たち、特に認知症を患っている人たちが、時間内に介護を終わらせるために強制的な介護を受けざるを得ない局面があって、実はそのことに、介護する側もかなり苦しんでいるということ。日本人としての感覚をもったまま撮影できたということは、異文化をテーマにするうえで大きな拠り所になったと思いました。

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