読み終えて呆然――「嫌いです。でも大好きです」万引きGメンの“自分語り”は純愛? それとも…? 異色の恋愛小説【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/7/6

おもちゃの指輪がほしいねん
おもちゃの指輪がほしいねん(ピンク地底人3号 / 集英社)

 油断をしていると、引きずり込まれる。劇作家として活躍するピンク地底人3号さんの文章には、圧倒的な吸引力がある。やけにリアリティの漂う物語世界に放り込まれ、気づけばやめどきを見失ってしまう。デビュー小説である『カンザキさん』(集英社)を読んだときもそうだったのだが、2作目となる『おもちゃの指輪がほしいねん』(集英社)では、その吸引力がさらに増していた。

 物語はこんな一文からはじまる。

〈カオルさん、うちはあんたのことが嫌いです。〉

 これはどうやら、主人公がカオルさんに宛てた手紙のようだ。じゃあ、主人公はカオルを憎んでいるのか? 数行後には、次の一文が差し込まれる。

〈カオルさん、うちはあなたのことが大好きです。〉

 なるほど、これはカオルさんに送るラブレターなのか。そう理解した読者を置き去りにするように、主人公はカオルさんへの思いを炸裂させていく。いま、自分はどんな状況にいるのかが詳細に描かれ、その過程でアカリというのが主人公の名前であることや、保安院――いわゆる万引きGメンとして働いていることなどが明らかになっていく。

 万引きGメンというと、テレビの犯罪ドキュメンタリー番組などでその存在を知った人も少なくないだろう。でも、実際のところ、どんな風に働いているのかは謎に包まれている。本作ではアカリの独白を通して、万引きGメンの実態も詳らかにされていく。万引き犯を捕まえるために必要な条件、講習でどんなことを学ぶのか、犯人確保の後にすることは何か……。その一つひとつが丁寧に書かれていくので、ある種、お仕事小説としての読み味を堪能できるともいえる。

 でも、と思う。これはあくまでもアカリが意中の人であるカオルさんに宛てたラブレターなのだ。なのに、そこで綴られているのは執拗なまでの自分語り。カオルさんへの思いを伝えるよりも先に、どうしてこんなに自分のことを熱く語るのだろうと、戸惑ってしまう。

 そうして思い至る。ああそうか、アカリはカオルさんに自分のことをちゃんと理解してほしいのだ、と。誰かを好きになったとき、人は、その相手に自分のことをわかってほしいと願うものだ。できることならば寸分の違いもなく正しく理解した上で、自分を受け入れてほしい。そんな風に願ってしまうのが恋愛ならば、これほどにも自分のことを詳細に語ろうとするアカリのカオルさんへの思いは、相当なものだろうと感じる。

 ただし、このラブレターの中盤でいよいよアカリとカオルさんとの出会いが描かれた瞬間から、物語は不穏さを纏っていく。カオルさんだけでなく、万引き犯確保にかけたアカリの歪んだ思いも絡み合い、そして現実と妄想の境界線が少しずつ曖昧になっていき、読者の目の前には狂気のようなものが現れはじめる。読み終えて、しばし呆然としてしまった。

 怖い。アカリに抱いた率直な感想だ。でも、誰かを好きになり、思いを滾らせている状態の人なんて、そもそも怖いものかもしれない。恋愛はときに、人を狂わせてしまうのだから。そう考えると、本作は限りなく純度の高い恋愛を描いた小説といえるのだろう。どこまでもピュアで恐ろしいアカリの愛情を、どうか目の当たりにしてほしい。

文=イガラシダイ

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