余命わずかな美少年は“安楽椅子探偵”! 『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼が放つ、死の気配と青春のきらめきが同居する傑作ミステリ【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/7/23

さよなら、探偵
さよなら、探偵(綾崎隼/ポプラ社)

 どうしても、近づきたくない相手がいる。直接関わったことはなくとも、その存在が妙に気に障る。けれど、いざ言葉を交わしてみると、不思議なほど気が合うこともある。嫌っていたはずなのに、話していると楽しい。もっと同じ時間を過ごしたい。そう思い始めた矢先、その相手に残された時間がわずかしかないと知ったなら――。

さよなら、探偵』(綾崎隼/ポプラ社)は、余命宣告を受けた男子高校生と、会ったこともない彼に勝手に嫌悪感を抱いている女子高校生の青春ミステリ。『死にたがりの君に贈る物語』(ポプラ社)で知られる綾崎隼氏の最新作である本作には、青春のみずみずしさと死の気配が同居している。余命わずかな安楽椅子探偵を中心に、本格ミステリとしてのドキドキと、青春もの、余命ものの切なさが掛け合わさり、忘れがたい読書体験をもたらしてくれる一冊だ。

 主人公は、高校2年生の倉持椿。親友・詩乃とともに推理小説同好会に属しているが、詩乃はある出来事をきっかけに休学している。ある時、椿は担任から、長期入院中の同級生・嗣永千早に試験範囲の変更を伝えに行くよう言われる。休学中の詩乃は試験を受けられず、留年を余儀なくされているのに、なぜ千早だけは病室での試験受験が認められているのか。椿には会ったこともない千早を嫌う理由がほかにもあり、どうしても関わりたくなかった。そこで、大学生の姉に自分のふりをして千早の病室を訪ねてもらうが、頭脳明晰な千早には、そんな嘘などすぐに見抜かれてしまい……。

病室から謎を解く、安楽椅子探偵・千早


 目にかかるくらいの長さまで伸びた、癖のない髪。透き通るような白い肌。この本を読み始めれば、儚げで美しく、ずば抜けて賢い千早という少年に心を奪われる。彼は普段から看護師を助手に、病室で次々と謎を解いているらしい。たとえば、「小論文を書かされたの。おかしいと思わない? 金曜日なのに」。椿の姉が妹の真似をして言ったそんなささやかな一言から、千早は、その裏に隠された教員のたくらみや、担任がわざわざ椿に千早のところへ行くよう頼んだ理由まで見抜いてしまう。その推理はなんとも鮮やか。少しの違和感から事実を積み重ね、真実へたどり着く。その並外れた洞察力に、読んでいるこちらまで驚かされてしまう。

謎を解くたび、近づいていくふたりの距離

 千早に惹かれるのは、椿だって同じだ。直接顔を合わせてみれば、ともにミステリ好きのふたりは会話が絶えず、かなり馬が合った。椿は、親友のために、千早が試験を受けられる理由を知ろうとし、千早は、椿が自分を嫌っている理由を知りたがる。ふたりは互いの秘密を解くことを交換条件に、少しずつ心を近づけていく。やがてふたりの周りでは次々と事件が起こり、そのたびに彼らは謎へと立ち向かう。扉の前に見張りがいる施錠されたVIPルームで、患者にタトゥーが彫られた謎。久しぶりに登校した千早を待ち受けていた、戦略が物を言う席替えゲーム。どれも緻密な思考を積み重ねなければ、解き明かせないものばかり。本格ミステリとしての読み応えは十分で、謎が解けるたびに快感がある。けれど、それ以上に胸を打つのは、言葉を重ね、謎を解き明かすたび、変わっていくふたりの関係だ。限られた時間のなかで距離を縮めていくふたりを見ていると、何でもない会話まで愛おしくなる。

最後に解き明かされる椿の秘密と、千早が残した“贈り物”


 なかでもこの物語の最大の謎は、椿が千早を嫌っていた理由だろう。そこには、親友を思う椿ならではの理由があり、千早はそれを命がけで解き明かしていく。確かに椿の行動にはいくつもの違和感があったが、まさかこんな決意を秘めていたなんて。予想できなかった真実には思わず言葉を失ってしまう。そして、千早が椿のために残した“贈り物”には、こらえきれず涙がこぼれる。千早が椿へ向けた思いに、痛いほど胸が締めつけられるのだ。

 読後感は思いがけないほど爽やかだ。本格ミステリとしてのドキドキ感も、青春のきらめきも、あまりにも切ない恋心もこの一冊に詰まっている。それなのに、読み終えたあとに残るのは、不思議と救われたような温かな余韻だ。ああ、読み終えたあともしばらく、千早と椿のことを忘れられそうにない。限られた時間のなかで出会い、言葉を交わし、謎を解いたふたり。その一瞬のまぶしさは、物語を閉じたあとも、読者の胸の奥で静かに光り続ける。

文=アサトーミナミ

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