女が若さや美貌に頼らず自力でぶち上がる小説を書きたい。最悪の時代を生き抜いた著者の原体験が流れる『せどりの女王』【高殿 円 インタビュー】
公開日:2026/8/21
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年9月号からの転載です。

転機は、50歳という節目だった。
「気づいたら作家になって25年が経って、年齢的にも大台に乗ったなと感じたとき、過去を思い返すターンがそろそろ来たんですね。そうなってようやく、自分の過去に向き合ってみようと思えたんです。当初はまったく違う物語を書く予定でしたが、『今、どうしても書きたいものがある』と編集者に掛け合って『せどりの女王』の執筆を始めました。18歳のあの日、朝になったら家の中も近所もすべてがグチャグチャになった阪神・淡路大震災の経験と、誰も責任を取らなかったその後の時代のことを、エンタメの力で届けたいと思ったんです」
〈ハーイ、今日も元気に底辺からぶち上がろー。どうもどうも、学歴なし、家なし、容姿なしの五十億の女夕映野よ。底辺せどりで五十億稼いだ女のチャンネルにようこそ。〉
物語は大手ブランド品買い取りチェーン“brandgold(ブランゴール)”の社長・夕映野遠火のライブ配信から始まる。底辺から這い上がって成功を収めた女社長の肩書で知られる夕映野が、ある日の配信中に突然「わたし、殺したい奴がいる」「情報提供者には総額1億円を配る」と言い出したことで、社員も世間も大騒ぎする事態に。上場申請を半年後に控えた大事な時期に、なぜ彼女は復讐を目論む「お金配りおばさん」と化したのか? 夕映野は自らの過去を赤裸々に打ち明けながら配信を重ねていくが……。
「バブルの崩壊と阪神・淡路大震災を経ての就職氷河期。私の世代が社会に出ようとしたのは、そんな最悪な時期でした。特に、私が住んでいた神戸はあらゆる意味で被害が甚大だったし、女性の待遇は今よりはるかにひどかった。あの時代を生きた私たちの痛みに、ちゃんと名前を与えることで鎮魂したいと思いました。そして鎮魂の第一歩は、言語化すること。私は政治家ではないですが、ペンでなら戦えますから」
女が若さや美貌に頼らず自力でぶち上がる小説を
こうして自身の実体験を色濃く織り込んで生まれたのが、夕映野という豪腕なキャラクターだった。
「女性が若さや美貌に頼らず、自身の力でぶち上がる小説が圧倒的に今の日本では足りていないと思うんですよね。現実はまだ男の力を借りないと効率よく回らない場面が多いことは承知していますが、エンターテインメントは世相より常に一歩先を行かないと。夕映野のキャラクターは、現実を先行するフィクションとして描いています」
男子と女子で給料の差があるのが当たり前だった2000年代初頭。震災から2年後、1997年の神戸においても、短大卒の女子である夕映野を採用する企業は皆無だった。そして新卒主義の日本では、「新卒」というカードを使い損ねると“中古品”として安く買い叩かれるしかない。だが、ひょんなことからネットオークションを使うようになった夕映野は、ビジネスとしての「せどり」の可能性に目をつける。物語の背骨となっているせどりの世界も、高殿さん自身の原体験が流れ込んでいる。
「高校時代に神戸の元町高架通商店街、通称モトコーに入り浸っていた時期があったんです。中国語やタガログ語が飛び交っていて、ボロボロのジージャンに数万円もの価値がつく不思議な世界。誰かにとっては不要なゴミでも、目利きが価値を見抜けば高額で売れるんだ、その差は何だろうと考えるのが面白かったですね。それに、私自身がヤフーオークションを初期から使っていましたから、ネットの世界では女であることが不利に働かないことも強みだとよく理解していました。そういう意味でも、夕映野がのし上がる手段としてせどりは最適だと思えたんです」
だが若い女が一人で事業を推進するのは並大抵のことではない。そこで夕映野が右腕として見出したのが、中卒の大男・辺見左千夫だった。夕映野のインスタライブと、役員としてその尻拭いに奔走する左千夫の視点、過去と現在が入れ替わりながら、物語は展開していく。
「左千夫は夕映野にとって大型犬のような、防犯的に必要な存在。すべての女社長はマ・ドンソクを欲しがっているはず、というのが私の持論なので(笑)。でも友情でも恋愛でもなく、ただ金で結びついている信頼の形だってあるはず。この二人にとってはそれが最高だよね、という関係性を見せようと思いました」
なぜ夕映野は炎上を繰り返しながら行方をくらましたのか? そしてなぜ今のタイミングで復讐をわざわざ公言するような暴挙に出たのか? 夕映野の元同僚や、ブランゴールの出資者である時雨沢に聞き込みを重ねながら、東奔西走する左千夫。資本主義社会の搾取構造という重い主題を盛り込みつつも、一貫して「読ませるエンタメ」に仕上がっているのはベテラン作家としての矜持に他ならない。
「氷河期世代の問題は、本人たちですら自分の不幸を直視できないことだと思っていて。その状況を、そのまま書いても誰も読んでくれない。だからこそ、とにかく文章のリーダビリティを高くして、最高のエンタメに仕上げることを心がけました。ショート動画全盛とも言われる今の時代、本がインテリの知的アイテムのような扱いをされている状況はあまりに残念すぎる。なんとか入り口のハードルを下げて、たくさんの人に読んでもらいたいし、読むことで楽になってほしい、という思いが強くあります」
ドーパミンがバーンと出る痛快で現実的なラストを目指して
「底辺」を必死に生き延びてきた女と男。そして恵まれた環境で育ち、社会の上流しか知らずに成功を収めたもう一人の男。過去への旅路と、現在の策略が重なり合い、じりじりと謎が明かされていくクライマックスの“対決”シーンに漲る緊張感たるや。闇夜、地獄の業火のように燃え盛る炎、じゅうじゅうと脂を溶かしながら焼かれる肉。裏の裏をかいた攻防の先に待ち受ける、ハッピーエンドの形とは?
「ふわっと終わらせるのではなく、ドーパミンがバーンと分泌されるようなラストを目指しました。そのためには、敵は強ければ強いほど面白い。だから悪役への手加減も一切なし。ただ、わかりやすい悪にはしたくなかった。そこで今回は善悪ではなく、お互いの価値観がまったく違う者同士のドンパチになっています」
お前の地獄を金に変えろ――。夕映野の咆哮は、時代に切り捨てられた無数の者たち、そしてすべての人へのエールだ。地獄の先には、「なるほど、その勝ち筋があったか」と思わず唸る現実的な解と、最高に爽快な読後感が約束されている。
「最初から“中古品”の烙印を押されて社会に押し出された私たちの世代が、人材として価値がないと扱われてきた人たちが、価値あるものとして評価され直すには、この着地点しかないと確信しています。捨てられたブランド品が、きれいにリペアされて価値が生まれるように。年収200万円の人でも価値を見出される仕組みをつくる。それこそがせどりの世界でしょう。私、世の中に失敗ってほぼ存在しないと思っているんです。だって損をしてもそれは学びだから、行動した時点で、もう99%成功しているようなもの。しかも自分の失敗談なんて、永久に酒の肴にできるから150%得しかない(笑)。だから、今人生の何かで迷っていることは、何であれやったほうがいい。挑戦することはほぼお得。この作品を通じて、そんなことも伝わったら嬉しいですね」
取材・文:阿部花恵 写真:迫田真実
たかどの・まどか●兵庫県生まれ。2000年に第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞し、デビュー。13年『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞を受賞。23年『グランドシャトー』で第11回大阪ほんま本大賞、24年『忘らるる物語』で第23回Sense of Gender賞を受賞。その他の作品に「トッカン」シリーズ、「上流階級 富久丸百貨店外商部」シリーズ、「シャーリー・ホームズ」シリーズなどがある。

『せどりの女王』
(高殿 円/PHP研究所) 2310円(税込)
〈わたし、ずっと殺したい奴がいる〉。中古ブランド品買い取り販売会社の社長・夕映野遠火がインスタライブで放った発言を機に世間は大騒ぎに。創業以来、彼女を支えてきた部下の辺見左千夫をはじめ、上場申請を控えたタイミングでの炎上騒ぎに周囲は翻弄されるが……。切り捨てられた世代の痛みを刻み込んだ、一気読み必至のエンタメ長編。
