千早茜「チョコレートの泉に沈んでみたい。」餅とチョコを愛する直木賞作家が綴った「食」エッセイ33選。西淑によるイラストも注目【書評】
PR 公開日:2026/9/3

餅とチョコへの深すぎる愛を語った『しろとくろの偏愛』(千早茜/文藝春秋)は、直木賞作家が綴るオールフルカラー「食」エッセイである。
実はこれまで、私(本記事執筆者)は食エッセイの類をあまり読んだことがなかった。なぜなら「文字で読んでも食べないと美味しさなんて分かんないだろう」と思っていたからだ。
しかし本作。千早茜(ちはや・あかね)さんという洗練された作家の筆力のおかけか、はたまた餅とチョコへのとてつもない「愛」のおかげか。読めば読むほど「食べたい!」「そんな餅(チョコ)が存在するの??」「店名検索しよ」と、何度も読む手が止まる瞬間があった。東西スイーツの沼に引きずり込まれるようだった。
また餅とチョコの蠱惑的な世界観に没入できたのは、イラストレーター西淑(にし・しゅく)さんの“美味しそうでかわいくてどこか懐かしい”イラストのおかげも大きかっただろう。とにかく、「食べたい欲」を刺激された。
千早さんが餅に魅了されたきっかけは、特にないそう。物心ついた時から餅好きで「これはもう、遺伝子に組み込まれた愛だと感じる」という筋金入りだ。
ご紹介されていた餅の中で、私が一番気になったのはとある店の「安倍川餅」である。
紙の箱にみっしりとコインくらいの丸い餅が敷き詰められていた。(中略)別添えのきな粉と黒蜜をかけた。ひとくちでちょうどよく口におさまったそれは喉にしたたりそうなほど柔らかかった。
「まるで水だ、と思った」という安倍川餅。水のようなんだ、すごい、どんな食感なんだろう。食べてみたい。そう思うと、きな粉と黒蜜の控えめな甘さまで口に広がっていくように感じられた。東京・大森にあるお店も紹介されていたので、こちらは絶対、行ってみたいと思う。
チョコレートは執筆に欠かせない存在
さて、チョコレートと千早さんの関係はどうだろうか。チョコレートは執筆に欠かせない存在であり、「汚れたい欲」を抱かせられるという。
かなうならばチョコレートの泉に沈んでみたい。バスタブでもいい。汚れることも、好物が無駄になることも、なにも考えず欲におぼれてみたいと思わせる悪魔的な魅力がチョコレートにはある。
千早さんは様々な種類(お店)のチョコについて語っているのだが、個人的には板チョコ愛を綴った章が一番惹き込まれた。
好みの板チョコに出会うと幸福に満たされる。ボンボンショコラと違ってひとくちで終わらない。何度も味わえる。割っても、割っても、まだある。嚙り付けば、チョコの地平線が見える。ああ、たまらない。
「地平線が見える」という表現がチョコを食べて生まれてくるのかと、読んでいて驚いてしまった。チョコの味や、「『パ、パリリッ』という薄氷を割ったような感触が歯に伝わる」齧り心地は、「世界はこんなにも広かったんだ!」と感じさせてくれるような、果てしない喜びをもたらしてくれるのかもしれない。
(板チョコのオススメとして『Franck Kestener』(フランク・ケストナー)というお店があげられているのだが、2026年現在、日本に常設店はなく催事でしか入手できないようだ。残念)
最後に。餅のエッセイには、「郷愁」を感じた。餅は、四季の移ろいといった日本的な自然美と密接に結びついているようだ。一方でチョコレートには異国の香りと懐かしさを感じた。小さい頃、ヨーロッパが地図上のどこにあるのかなんて分からないまま、なんとなく「西洋の街並み」に憧れた感覚を思い出すからかもしれない。
全ページカラーで、イラストもかわいく、実際の店名もたくさん載っているので、餅チョコ好きな家族、友人へのプレゼントにもいかがだろうか?
文=雨野裾
