水上恒司主演で映画化する問題作『本当にあった話(の話)』。「配偶者入れ替え連続殺人事件」をモチーフにした舞台作品の裏側とは?【書評】
PR 公開日:2026/9/8

不特定多数による編集で成り立つウィキペディアの体裁を用いた小説『ジャップ・ン・ロール・ヒーロー』で芥川賞候補になるなど、純文学の世界で挑み続ける作家・鴻池留衣氏。『本当にあった話(の話)』(鴻池留衣/文藝春秋)はそんな鴻池氏の最新単行本だ。
2021年に『文學界』で発表された表題作(発表時のタイトルから改題)は、映画化も決定。水上恒司主演で、2026年10月に公開される。
物語の中心は、約20年前に起きた「配偶者入れ替え連続殺人事件」をモチーフにした舞台作品である。「配偶者入れ替え連続殺人事件」は、遠藤藤子という女が連続殺人犯として死刑判決を受けた事件。藤子は、厳格な両親に、売れない舞台役者の恋人との結婚を反対されたことから、親が満足する経歴を持つ男を結婚相手に仕立て、その男を殺害した。恋人と殺害した男を入れ替えて、夫婦生活を始める。しかし、他人のふりをし続けることを苦にした夫が自首の意思を示すと、藤子は、再び代わりの配偶者となる男を探し、夫を殺害。しかし次の夫婦生活も破綻を迎え、藤子は殺人を繰り返すことに。
事件に惹かれ、物語の舞台化を夢見る脚本家の女性・垣内は、事件をベースにした『貴子とマサキの恋物語』の脚本を執筆。懇意にする大物演出家の加藤に話を持ちかけたところ、加藤の演出で舞台化されることが決定する。
事件に執着する垣内と、個人的欲求を満たすため垣内の熱意に乗っかる演出家の加藤。藤子がモデルの主人公・貴子を演じる女優の米良も、ある爆弾を抱えていた。そして、自分自身が貴子の相手役のマサキ本人であると言い続ける、舞台俳優の夛田。それぞれの思惑が交錯する中で舞台は初日を迎えるが、自らの真実に執着する夛田が、予想外の行動に出て――。
“実話をもとにした虚構”に見出した真実の追求
現実世界でも、メディアを騒がせる事件を知ったさまざまな人が事件を解釈し、自分なりの「本当」を形成する。物語においても同様で、読者や視聴者は「正解」や「結論」を決めたがる。だからこそ、解釈が難しい作品は、わかりづらいと煙たがられてしまったりする。本作は、そんな今の時代において、「実話をもとにした虚構に見出した真実の追求」という倒錯した現象を可笑しく描くことで、「正しさ」や「本当」に異様に執着する私たちの脳天を揺さぶる。親切に人物の心情を詳細に伝えるのではなく、客観的に起きたことを刻々と綴る筆致は、読者の「本当」を解体して、自由で新たな境地に導こうという、懐の広い作者らしいアプローチだと受け取った。
小説は群像的な印象を受けたが、映画では、水上恒司演じる夛田の執念が物語を大きく展開させていくようだ。ティザービジュアルで見せる夛田の不敵な笑みに、映画への期待も高まる。
本書には、BL漫画家の妻の要請から、浮気の償いとして男と寝ることになった小説家の顛末を描く「わがままロマンサー」も収録。嫉妬や羞恥を超えた、一筋縄ではいかない愛憎から目が離せないでいると、いつの間にか自分自身の実在とは?という問題を脊髄にぶっ込まれてクラクラした。こちらもしびれる1本。
文=川辺美希
