スタバのカスタマイズ、ピラティス、スマホ決済──益田ミリさんが始めた「34の新しいこと」とは。腰の重い大人に効く、自分をアップデートするヒント【書評】
PR 公開日:2026/9/9

年齢を重ねるにつれ、新しいことにチャレンジするのをためらうようになってしまった。習い事に興味はあるけれど、「うーん、また今度でいいか」と先送りしてしまう。髪型を変えてみたいと思っても、気づくと「いつもと同じで」と答えている。スーパーのセルフレジは使えても、コンビニアプリのクーポンはうまく使えない。そうこうしているうちに、どんどん時間ばかりが過ぎていき、ますますいろんなことが億劫に……。
益田ミリさんの『大人のあっぷあっぷでーと』(ポプラ社)は、そんな腰の重い大人にこそ読んでほしいマンガだ。益田さんみずから34の気になることに挑戦し、新しいことのハードルをちょこっとだけ下げてくれる。

スタバでカスタマイズをしてみる、タクシーアプリを使ってみる、かかとの角質を取ってみる。チャレンジするのは、「えい!」と気合を入れずとも、すぐに始められそうなことばかり。ひとつひとつは何気ないけれど、益田さんが新しい世界に触れるたびに、パッと視界が開けるような清々しさ、ひと皮むけたような達成感がこちらにまで伝わってくる。
ひとつの挑戦が、次の興味につながっていくのも面白い。ある時、洋裁講座に通って麻のパンツを仕立てた益田さんは、その後小さなミシンを購入する。それを使ってブラウスをつくったところ、もっといろんな生地、いろんな色柄のブラウスをつくってみたいという気持ちがむくむく湧いたよう。そこでパーソナルカラー診断に行き、自分に似合う色の洋服をつくり……と、数珠つなぎのように新しい行動を起こしていく。好奇心の赴くままに、次々チャレンジを重ねる益田さんを見ているだけでワクワクしてしまう。

かと思えば、「これはもういいか」とあっさりやめてしまうのも小気味いい。ピラティスは、5カ月習ったところでレッスンに通うのを断念。フレンチトーストの食べ比べは、6つのお店で味わったところで「ひとまずもうええか」と、次の食べ物に興味を向ける。「始める時だけでなく、辞めるのもこんなに軽やかでいいんだ!」と肩の力がふっと抜けるはずだ。
ひとつひとつの体験を通して、益田さんが抱く感慨にもはっとさせられる。「甲子園で高校野球を観る」の回では、入場する球児たちを眺めながら「彼らは憧れの甲子園の 土を踏みつつ 未来の自分から 今の自分を見ているのでは ないでしょうか」と益田さんは考える。甲子園出場は、彼らにとって間違いなく一生の思い出になるはず。本人たちも、きっとそれを自覚したうえで、憧れの甲子園の土を踏みしめている。「大人になった自分で 今を懐しんでいる姿が、すでにそこにあるのです」「人は、今だけを生きられないのかもしれません」という言葉に、過ぎゆく青春の眩しさ、儚さを感じ、胸が突かれるような思いがした。さらに、遠い夏の記憶も呼び起こされ、懐かしいような切ないような気持ちに。普通なら見過ごしてしまいそうな瞬間を大切にいつくしむ、益田さんの柔らかな感性があちこちに感じられる。

この本に背中を押され、私も新しいことを始めてみた。といっても、大したことではない。近所の中国系ドリンクショップでメガサイズのスイカジュースをテイクアウトしただけのこと。去年の夏は、中国語のポスターに気おくれして前を通り過ぎるだけだったけれど、思い切ってお店に入ってみたのだ。日本語で注文できたし、ジュースはおいしいし言うことなし。たったこれだけでも、ゲームでいう「実績解除」のような手ごたえを感じ、ほんの少し自信もついて「他のこともやってみようかな」と前向きな気分になれた。大人のアップデート、ちょっとクセになりそうだ。
文=野本由起
