オードリー若林正恭 × 哲学者・國分功一郎の対談が書籍化。コスパとタイパ重視の社会、その「外」に出るには?【書評】

文芸・カルチャー

PR 更新日:2026/9/18

帳の向こう
『帳の向こう』(國分功一郎、若林正恭:著/文藝春秋)

 初めての小説『青天』がいきなり直木賞候補作になったことが話題となったお笑いコンビ・オードリーの若林正恭さん。もともとエッセイストとして、社会への違和感や劣等感といった「モヤモヤ」を言語化する能力の高さなどに定評があり、紀行エッセイ『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』では斎藤茂太賞も受賞している。お笑いはもちろんだが、そうした「書き手」としての若林さんの才能に注目している人は多いだろう。

 新刊『帳(とばり)の向こう』(國分功一郎、若林正恭:著/文藝春秋)は、そんな若林さんの書き手的なセンスの「奥」をじわじわ感じることができるかもしれない。本書は、哲学者の國分功一郎さんと若林さんが4年にわたって文芸誌『文學界』で続けてきた対話をまとめた対話集だ。若林さんが一番、話をしたかったのが國分さんだったことで実現したとのことだが、同じ目線で世の中を見つめつつも、どこか「導師」(=國分さん)に若林さんが日頃のモヤモヤを開陳し、哲学の側面から仕組みを解明してもらって思考を深めていくようなやり取りもあって興味深い。

 それもそのはず、國分功一郎さんは現代人が直面するリアルな息苦しさや社会問題を「哲学」の用語でわかりやすく解明してくれることで定評がある哲学者だ。「私たちはなぜこれほど暇を恐れ、退屈してしまうのか」という消費社会の病理を分析したベストセラー『暇と退屈の倫理学』や、小林秀雄賞を受賞した『中動態の世界──意志と責任の考古学』ほか多くの著作でも、「身近なテーマ」から私たちを深い哲学の世界に誘ってくれる。

「問い」を発するのは高いエネルギーが必要

 そんな二人の対話がスタートしたのはコロナ禍の2021年3月。その後は2021年1月、2023年10月、2025年1月と10月の計5回にわたって、「私たちが生きている社会であり、より詳しく言えば、この社会にある息苦しさのようなもの」(國分さんによる「まえがき」より)を定点観測のように語りあってきた。すべてがコスパ、タイパに還元されてしまう現代社会はなぜこんなに忙しいのか、その「外」に出るにはどうすればいいのか、二人の対話はいつのまにか「渦中の人」になってしまっている私たち自身の在り方を振り返らせてくれる。

 國分さんによれば、人間の精神にはエネルギーの消費を最小限に抑えようとする仕組みがあると考えられており、中でも「問い」を発するのは高いエネルギーが必要になるので避けられる傾向にあるとのこと。そのため「これはおかしい? なんで?」と最初に違和感を覚えたことでも「慣れる」ことでエネルギーを抑制、結果的に問いを発しなくなってしまうのだという。そんな中であえて人間の精神の法則に抗うように問いを発し続ける二人。そのやり取りを読むうちに、「言われてみたら確かに変かも」「それ、なんかモヤモヤしてた」と、あらためて「問い」の入り口に立つ人も多いのではないだろうか。

 なお、そんな問いに向き合えるのは「時間」があってこそ。超多忙なのにお二人がこうした「問い」に向き合い続けているのは、あえてその時間を大事にしているからだ。本当にゆたかなこととは何か、あらためて気づかせてくれる一冊でもある。

文=荒井理恵

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