夫殺しを繰り返した女性の凶行を「舞台化」したら、夫役の俳優が完全に役になりきって――。映画『本当にあった話(の話)』は人間の業を描いたブラックなヒューマンドラマ【映画レビュー】
公開日:2026/10/2

これはミステリーなのか、はたまたメタ構造を取り入れたサスペンスなのか――。序盤はそうした戸惑いが頭の中を逡巡する。しかし、そんな邪念はすぐさま消え去り、やがて豪華な俳優陣による競演にすっかりと見入ってしまう。ところが、物語が進み、再び作品を俯瞰で捉える余裕が出てくると、ある感情が脳裏をよぎる。“自分は今、一体何を観せられているのだろうか?”
映画『本当にあった話(の話)』をひと言で表すなら、最初に思い浮かぶ言葉は、カオスだ。とはいえ、そこに小難しさや不条理さといった要素は一切ない。観る側の思考を一度たりともノッキングさせることなく、最後の最後まで淀みのないまま、想定していた展開とはまるで違う世界へといざなってくれる。つまり、カオスでありながら、最高に心地よく、そして形容しがたい気味の悪さがこの映画にはある。
登場シーンからすぐさま引き込まれる、水上のミステリアスな怪演
原作は、芥川龍之介賞候補作の『ジャップ・ン・ロール・ヒーロー』でも知られる鴻池留衣の同名小説。雑誌「文學界」で掲載された『フェミニストのままじゃいられない』を改題して生まれ変わった本作を、これが商業映画デビュー作となる武井佑吏監督が映画化した。

タイトルに惑わされる方がいるかもしれないが、ストーリーは完全なフィクションで、1990年代に起きた架空の怪事件が物語の背景としてある。家父長制の厳格な家庭で育った近田貴子は、恋人との結婚を親に反対されたことから、とある大胆な計画を立てる。それは、親が認める男性・マサキと結婚したのちに殺害し、マサキの名前や過去の経歴などを恋人に引き継がせて、世間を騙しながら夫婦として生きていくというものだった。驚くことに、貴子はこの“夫殺し”を何度も繰り返し、のちに「配偶者入れ替え連続殺人事件」と呼ばれた彼女の凶行は世間を震撼させた。それから数十年後、この事件を題材にした舞台の制作が動き出したところから、本作は始まる。

主人公の夛田(ただ)を演じたのは水上恒司。学生時代に演劇を少しだけ齧っていたという夛田は、気鋭の演出家・加藤鶏冠手(かとう・かえるで)(佐々木蔵之介)が率いる劇団のオーディションを受け、見事にマサキ役を勝ち取る。しかしこの男、登場シーンからつねにミステリアスな怪しさを身に纏っている。同じ会社で働く妻(山下美月)が複数の男性社員と体の関係を持つことを知り、離婚を突きつける場面でも、本心が見えづらい奇妙な笑顔を絶やすことがない。また、オーディションを受けた理由も「自分がマサキだから」と真顔で語り、加藤たちの興味を惹き寄せていく。
