SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第63回「火災警報」
公開日:2026/9/27
私のモットーは沈着冷静だ。特に緊急事態、トラブルにおいて一番大切にしている。ただ、大切にしているだけでいざ窮地に立たされると、モットーとか、なんかもう本当にどうでも良くなるのだということがわかった。私は目も当てられないほど慌てふためいた。
(どうしよ、何したらいいんだ、まず何からしたらいいんだっけ、あとモットーって言葉なんかムカつくな。まず何語だよモットーって)
思考ばかりが高速で巡る。
(多分これ、誰かと暮らしてたりしたらそんなことなかったんだろうなア。自分より安心させなければならない対象がいたのなら、多分こんな風になってないと思うわ、本当。嘘じゃないって。なぜなら私は生粋のええかっこしいだもん。一人暮らしの弊害だわ、良くない良くない)
そんなことを、凡そ0.5秒くらいで考えた。
ただそんなことを考えている場合ではないことくらいこの心境でもわかる。急いで行動だ。まず急いで立ちあがろうとしたが、もう既に立っていた。急いで寝室に行き、意味がないことにハッとして、リビングに戻る。腰に手を当て、持ち出さねばならないものを考えるも、まじで何にも思い浮かばない。どれも同じくらい大事で、どれを抜粋していいのか全く分からない。幸い猫は外出中。一から荷造り出来ればいいが、吟味してパッキングしている余裕なんかもちろんない。おそらく二分くらいうろうろした。そして私はこれだというものを手に取り、玄関を飛び出した。
その途端、警報がパタっと止み、機械音とは違う、管理人と思しき冷静なアナウンスが廊下に滔々と響いた。
「えエ、ただいまの警報ですが、誤報だということが判明いたしました。繰り返します、ただいまの警報ですが、誤報だということです。大変お騒がせ致しました。ただいまの警報は誤報であります」
こわばっていた全身から力がフッと抜けるのがわかった。住人たちはぶつぶつ言いながらも各々の部屋に戻っていく。私も大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせ、自室へ引き返したのであった。
音の止んだ玄関のスピーカーを仰ぎ見る。なんだよ、と思う気持ちと共に、誤報で本当に良かった、と私は再度大きく息を吐き出した。
非日常から日常に戻すため、一旦歯でも磨いて心を整えようと洗面所に立つ。歯ブラシに歯磨き粉をつけ口に入れる。顔を上げて鏡に映った自分を見て、私は驚いた。
私は眼鏡を掛けていた。
ちなみに私は目が悪いわけではない。この眼鏡はパソコン作業の際にかけるブルーライトをカットするための眼鏡だ。
つまり何が起きているのかというと、慌てふためいた私は、立ち上がってるのに立ちあがろうとした後、無駄に寝室に向かい引き返し、腰に手を当て機能停止した後、あれこれ考えながら二分もうろついた挙句、家を飛び出す間際に掛けたのだ。眼鏡を。
人間、窮地に立たされると何をしでかすか分からない。火事場で馬鹿力を発揮する人もいれば、奇跡的な嗅覚で人命を救う人もいるのだろう。そんなヒーローたちを尻目に隅っこでいそいそと眼鏡を掛ける奇人もいる。しかもブルーライトカットするやつ。カットするブルーライトもない状況で。
窮地においての選択を間違えまくってる事実に直面して、募りに募った情けなさに、私は動けなくなった。鏡に映った私と目を合わせたまま切に思ったのだった。私って一体。
ギュワ!
爆音が鳴って、口から歯磨き粉が大いに吹き出る。直後にアナウンス。
「はい、えエ。間違って音が鳴ってしまいました。失礼しました」
私は玄関まで走り、スピーカーに向かって思い切り歯ブラシを投げつけた。

しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。2025年4月に結成20周年を迎え、SUPER BEAVER 自主企画「現場至上主義 2025」を4月5日、6日にさいたまスーパーアリーナで行い、さらに、6月20日、21日に自身最大規模となるZOZOマリンスタジアムにてライブを行うことが決定。
自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中
