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言葉を生きる

言葉を生きる

言葉を生きる

作家
片岡義男
出版社
岩波書店
発売日
2012-05-16
ISBN
9784000229210
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言葉を生きる / 感想・レビュー

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踊る猫

片岡義男の書く「日本語と英語」論はいつも私の襟を正すものとして読める。彼は恐らく言葉の唯物論者なのだろうと思う。彼の中には少なくとも日本語と英語という2種類の言葉が備わっているわけだが、その言葉は単に話し言葉/書き言葉という次元を超えて彼の行動規範/価値観を左右するもの、思考回路を支えるものとして機能していることが話される。私たちだって同じように言葉を操りあるいは言葉に操られていると言えば言えるわけだが、彼の中で常に働くそうした「操る/操られる」という力学に彼は自覚的になり、こうした私小説的随筆に結実する

2023/02/19

踊る猫

この著者に関しては常々、侮っていたと反省させられている。書くものは感覚的に捉えたものを展開させていると思っていたのだけれど(どんな著者も直感に頼ってものを書くというツッコミはあろうが)、そこから演繹してより広く・深く論理を発展させていく力が優れていると思うのだ。それはしかし、この書き手の恋愛小説(さほど読んでいないが)もその通りかもしれない。優れた批評家としての資質を備えており、『日本語の外へ』ほど徹底されてはいないがそれがあからさまにされた仕事としてこの本を挙げてもいいのではと思う。興味深く、そして濃い

2021/04/26

matsumoto@読書中

僕にとって、片岡義男という作家はまずタイトルのネーミングの名手だ。さしむかいラブソング/瞬間最大風速/俺を起こして、さよならと言った/粉雪のつらく降るわけ/一日中空を見ていた…どれもイメージが広がるすばらしいタイトルばかりではないか。だから、この長篇エッセイでも、居酒屋の壁の品書きから「塩らっきょうの右隣」という意表をついたタイトルを思いつき、物語を考えるくだりがとても面白い。

2012/06/29

koji

片岡さんの言語感覚の原点がわかりました。特に「具体的な事実関係に即して、そのことだけについて述べる言葉、という性格が英語には強くある。相手の属性をすべて削ぎ落とすことが自動的に可能だから、自分が喋る言葉にとって、前方への見渡しや広がりには邪魔がなく、アクションのしやすさに重なった。日本語には言葉が人それぞれの個人的な体験と結びつくことによる直接性が常にあり、言葉の汎用性がその直接性によって、ことあるごとに邪魔される。その結果として、世界は言葉ごとに限定を受け、見とおしは悪くなる。」との意見は納得しました。

2012/06/10

スミス

言葉に関するエッセー集、だけど片岡さんの生い立ちを述べた部分が多くて、サクサク読めてしまった。タイトルから想像するに、もう少しハードな論考のようなものかな~と思ってたけれど。最後の、短編の出来上がるまで、が面白い。塩らっきょうさんw

2012/10/23

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