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近代日本人の発想の諸形式 他四篇 (岩波文庫 緑 96-1)

近代日本人の発想の諸形式 他四篇 (岩波文庫 緑 96-1)

近代日本人の発想の諸形式 他四篇 (岩波文庫 緑 96-1)

作家
伊藤整
出版社
岩波書店
発売日
1981-01-16
ISBN
9784003109618
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近代日本人の発想の諸形式 他四篇 (岩波文庫 緑 96-1) / 感想・レビュー

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壱萬弐仟縁冊

漱石の波紋は大きいようだ。野上弥生子、芥川竜之介、内田百閒、和辻哲郎。それに、学習院出には、有島武郎、武者小路実篤、志賀直哉、里見弴(とん)らがいる(19頁)。「日本の民衆は、自己放棄の仏教的衝動によって、可能な限り屈服し後退する。しかし、どうしても生きれないと感じたとき、彼らは爆発的に絶望的に抵抗する」(35頁)。現代では、原発再稼働反対デモもそうした類なのかもしれない。福澤諭吉はいかなる事業も失敗した場合を考えて大胆に実行した(68頁)。志賀直哉の考え方に近いようだ。

2013/08/14

lily

近代日本文学を知るなら、楽しみたいなら、強烈な電気ショックを浴びたいなら伊藤整は外せないはず。文壇の膿を出し切る仕事に成功した稀有な存在。紅葉のゴーストライター人生、消された芸術家作家、出版社の変貌、偽りの愛の輸入など、非常にありがたい暴露の嵐。

2019/06/16

とまと

「近代日本における『愛』の虚偽」キリスト教には、他人を同様のものと考えて愛せ、という考え方がある。一方、それに近い考え方として、儒教の仁、仏教の慈悲がある。前者には、絶対者の存在があり、他者への愛すなわち人間には成し得ないことを命令・強制する。つまり、成し得ないことに実在性を持たせているのが宗教の力であって、信仰がないときに「愛」という言葉を持ち込むことには「虚偽」がある。明治以来、我々は「愛」という言葉のみ輸入し、祈りや懺悔(キリスト教の救済性)は取り入れてこなかった。

2013/08/30

colocolokenta

出版されたのが昭和28年。江戸末期からそれまでの文学史が述べられている。日本文学における私小説というものの位置づけが理解できる。藤村、太宰などは、「やるぞ、やるぞ」と読者が期待し、その通りの結末を迎えた、という話を聞いたことがあるが、そういうことだったのかと。近代日本人の生き方とまではいかず、オピニオンリーダーとしての近代日本人作家の分析として読んだ。 所詮文壇という狭い世界の中にしか生きていない、という点では、作家も、医者も、その他の世界に住む人間もみな同じである。

2013/06/23

ひばりん

〈作者の死〉が言われて久しい。しかし、”久しすぎる”ので、我々は、作者が死んでなかった頃、どのような文学世界が広がっていたのか、過去を忘れつつある。いまや記号論・テキスト論・都市論という助けなしに読む方が難しい。だから、このような古い批評に再訪すれば新鮮な驚きがある。かつて文学は書かれたものと作者の(遠さによってではなく)近さによって解明されると信じられたのだ。 /作者は死して、亡霊として蘇る。遠いものは近くに、近いものは遠くにある。ゆえに、本書の意義は、失われると同時に、再び生き返るようになっている。

2021/01/19

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