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失われた時を求めて(13) 第7篇 見出された時 2

失われた時を求めて(13) 第7篇 見出された時 2

失われた時を求めて(13) 第7篇 見出された時 2

作家
マルセル・プルースト
鈴木道彦
出版社
集英社
発売日
2001-03-16
ISBN
9784081440139
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失われた時を求めて(13) 第7篇 見出された時 2 / 感想・レビュー

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扉のこちら側

初読。2015年1076冊め。【58-13/G1000】ようやく全巻読了。といっても1~7巻は1日1冊、8~13巻を2日と「精読」には到底及ばない「通読」。今後30代、40代…と折々で再読しようと思う。この巻は語り手も老いを感じはじめ、ゲルマントも変わり、まさしく「時」の流れを感じさせる。そう、タイトルの「失われた時」というのを何度も目にしながら、この物語が「喪失」の物語だということを今まで深く考えていなかった。喪失であり、そして「求めた」結果の、再獲得の物語だった。P205からの語り手の独白は秀逸。

2015/10/12

NAO

ゲルマント大公邸の図書館からパーティー会場へと案内されていった語り手は、その場にいる人々が全く分からず、まるで仮装パーティーのようだと感じる。この作者だけが感じた仮装パーティーは、「ゲルマントの方」でゲルマント侯爵夫妻が親族の死を無視してまで行きたがった仮装舞踏会と見事に対を為している。時がいかに人々の顔や性格、人間関係までもを変えたかということが延々と描きながら、語り手はついに自分が書くべきものを見つけ出したことを感得する。つまりは、すべては、ここから始まったということだ。

2015/11/05

kinka

色々な観点から語れる作品ではあったが、やはり最後は時間について書きたい。語り手は人生の様々な「失われた歓喜の瞬間」を求め、どうすれば手に入れられるのかと葛藤する。人生も黄昏に差し掛かって得た結論は、時は失われてはいなかったこと、足元から長く伸び続ける「竹馬」のように、そこにあってしかも意識しないと見られないことだった。記憶、歴史を残す手段を彼は文学に求め、遂に物語を書き始める。しかし延び続け萎えつつある長い脚で、時を歩み、かつ物を残すことは困難で、彼は最後はふらついている。墜落寸前で踏ん張っているのだ。

2016/01/08

ぜっとん

長い。人間に降り積もった<時>と、そこに現れる特権的瞬間の感動を人に見出させる拡大鏡のような作品を志向することで作品は完結する。人は本を読みながら自分自身を読むとプルーストは云う。未完とすべきか完結とすべきか。とりあえず一旦、プルーストの足跡はここで途切れている。

2014/03/15

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