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モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)

作家
小林秀雄
出版社
新潮社
発売日
1961-05-17
ISBN
9784101007045
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モオツァルト・無常という事 (新潮文庫) / 感想・レビュー

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ヴェネツィア

筆者はモーツァルトのtristesseの典型例としてト短調クインテットK.516第1楽章Allegroの主題を提示(楽譜で)し、「モーツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」と語る。人口に膾炙したくだりだが、我々はここに、天才批評家、小林秀雄を発見する。そして批評という行為が、まさしく創作に他ならないことをも同時に知るのである。本書にはモーツァルトをこよなく愛した小林の慧眼を随所に見ることができる。例えば、ワーグナーのモーツァルトの主題論を受けて、それが驚くほどに短いものであることを指摘するなど。

2013/01/04

Mijas

「無常という事」が心に残っていたため手に取った。「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい。」いい文章に出会ったとき「絵巻物の残欠でも見る様な風」に心に浮かぶと言う。文学から音楽、絵画にいたるまでその芸術性の真髄が言葉で表現される。「西行」論では、花月を詠じていても西行の「いかにかすべき我心」の声が、「実朝」論では、実朝の哀しみが聴こえてくる。戦時中に書かれた文章と知ると、一層哀感が増す。実朝の「無垢な心」が乱世に引き摺られていく「かなしみ」。詞の微妙な動きは「人にはわからぬ心の嵐」。眼で聴く音楽のよう。

2017/04/07

zirou1984

批評というのは小説と同様、創作行為に他ならない。ただし小説では時に作者は物語の陰に隠れられるのに対して、批評において言葉は作者そのものであり、語るべき対象ですら自身を写す鏡という違いがある。だからこそ知性と意思によって磨き上げられた評論は、抜き身の刀と向き合う様なスリリングな興奮が味わえる。近代人の権化たる小林秀雄の語り口は個人的であると同時に社会性を帯びており、戦後最初に発表したモーツァルト論は彼による敗戦後論とも受け取れる。そう、彼の語るモーツァルトと同じく、小林秀雄もまた歩き方の達人であったのだ。

2014/01/08

はちてん

『無常という事』引用→「古事記伝」を読んだ時も、同じ様なものを感じた。解釈を拒絶して動じないものだけが美しい、これが宣長の抱いた一番強い思想だ。解釈だらけの現代には一番秘められた思想だ。 『徒然草』引用→兼好は誰にも似ていない。よく引き合いにだされる長明なぞには一番似ていない。 小林秀雄の上品な無鉄砲ぶりが好きだ。「真贋」に登場する青山二郎と似た匂いがする。白州正子、青山二郎、小林秀雄、この頃読み返すと、若い頃には辛かった部分がすんなり入り込んでくる。

2012/07/08

Gotoran

本書は、続けて2回読んだ。戦前の知の巨人たるや、ゲーテ、トルストイ、ロマン・ロラン、ベートーベン、ニーチェ、ワーグナー等を引合いに出しつつ、一種独特の畳み掛けるような文章で、神童モーツアルトを悲劇の天才として論じられている。激しく、過剰に、感傷的で、不思議な魅力に溢れた論評であった。難解ではあるが小林秀雄の世界に浸ることができた。今回の感想はここまで。他は後日。

2011/09/10

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