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明るく死ぬための哲学

明るく死ぬための哲学

明るく死ぬための哲学

作家
中島義道
出版社
文藝春秋
発売日
2017-06-27
ISBN
9784163906720
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あらすじ

私が住んでいる世界、私が見ている世界は「このようにある」のではない。
客観的世界のあり方と、「私がある」というあり方はまったく異なるのだ。
「私がある」とは、私がこの世界には属さないということである。
では私が死ぬ、とは果たしてどういうことなのか?
子どものころから死とは何かを問い続けてきたカント哲学者が、
古希を迎えて改めて大難題に挑む哲学的思索。

はじめに
1章:古希を迎えて
2章:世界は実在しない
3章:不在としての私
4章:私が死ぬということ

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NMB48・須藤凜々花の行動がまさに哲学者“カント的”だった!? 「死」は“無”なのか“永遠”か?

『明るく死ぬための哲学』(中島義道/文藝春秋)

 さて今回はいささか難解な哲学の本の紹介だ。その前に哲学と言えば、「アイドルだって、哲学する」(by秋元康)というキャッチフレーズでおなじみのNMB48のメンバー、りりぽんこと、須藤凜々花女史について触れておこう。

 6月17日の「第9回AKB48選抜総選挙」で結婚宣言をしたりりぽん。まさに自著タイトルにしてニーチェの言葉である、『人生を危険にさらせ』(幻冬舎)を地で行く哲学者ぶりを発揮する。21日の記者会見では、「自分の口で絶対に言いたくて。あの場で言うのは凄く悩んだが、ファンには自分の口で伝えたかった」(6月22日、ハフポスト日本版)と話した。

 つまり何はさておき、自分がすべきは「真実」を真摯に伝えること──そう、りりぽんは判断したのだ。その結果、どんな非難の渦中にその身を置くことになろうとも。

 このりりぽんの生きざまが、まさしく哲学者のイマヌエル・カント(1724年─1804年)的であることを教えてくれるのが、『明るく死ぬための哲学』(中島義道/文藝春秋)だ。

 カント研究の第一人者である著者が、…

2017/6/30

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明るく死ぬための哲学 / 感想・レビュー

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テツ

「自分はいつか必ず死ぬ」「何故自分は生まれて来たのか」こうした疑問は幼少期に誰しもが抱くものだと思うが(だよね?)その問いがいつまでもいつまでも頭に響いている人間というのは実は少数派なんだなということに中島先生の哲学塾に参加して気づいた。生きることやそれに纏わる様々なことを単純に捉えることが出来たらどんなに楽だろう。でもそれが出来ない割り切れない人間はひたすら考え続けるしかない。思考を積み重ねていくしかない。そうして生きてきた先人がいるということに安心する。

2017/07/07

ザカマン

哲学書は文章も理解も難解だ。物体や事柄に意味は無く、人間の言葉で意味を付着しているにすぎないことは理解した。

2019/02/28

taka_suke

「あとがき」にもあるように、第2章以降はだいぶ頭を酷使した。哲学の問題に対する著者の思考なのだが、何せ難しい。「過去」や「未来」は「ある」のかと問題点は理解できるが一歩中に入ると全く分からない。「私は死ぬ」という作者の小さいときからの悩みの解決(?)のため哲学を志すというのも分かりそうで、やはりわからない。

2017/07/06

じぇまん

人は死を克服することはできないけれど、「死の恐怖」は消し去ることができる。その一例を、誰よりも死を「重大な出来事」としていた中島義道さんが体現して見せてくれた。これは多くの人にとって勇気になるのではないか。中島義道さんが中島義道さんらしいやり方で「悟り」に至った道程を丹念に記述した本であると言えると思う。存在自体が感動的な本。 『あるようにあり、なるようになる 運命論の運命』(入不二 基義)や『仏教思想のゼロポイント』(魚川祐司)を併せて読むと面白いと思う。

2017/08/31

オタクです。oneofotakus

前半は朝日カルチャーセンターが云々って話で、後半では死への恐怖について考察している。中島氏の著作の中で、最も朝カル事件(事件っていっていいのかな?笑)に詳しいと思う。

2017/09/21

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