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図説 写真小史 (ちくま学芸文庫)

図説 写真小史 (ちくま学芸文庫)

図説 写真小史 (ちくま学芸文庫)

作家
ヴァルター・ベンヤミン
Walter Benjamin
久保 哲司
出版社
筑摩書房
発売日
1998-04-01
ISBN
9784480084194
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図説 写真小史 (ちくま学芸文庫) / 感想・レビュー

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翔亀

1931年著。創成期から100年間の写真史だが、その100年後の現在でも色褪せていない。多木浩二によると、「資料に遺漏がなく今日の写真論が言うべきことが出尽くしている」。絵画が宿していた一回性というアウラを崩壊させてしまう写真が、芸術の名のもとに、修整と言う形で人工的にアウラを付与させるという堕落の歴史。一方で、アジェやザンダーという「新しい眼差し」をもつ写真家が登場するというダイナミックな歴史。ファシズムのただ中で、政治に利用されるアウラに対抗する写真の可能性を、革命の文脈で語られていて大迫力だ。↓

2014/12/23

内島菫

ベンヤミンの言と異なるが、「アウラ」は写真や複製技術時代の芸術作品において凋落するのではなく、写真や複製技術によってうみ出されたもの(まで)も「アウラ」を纏うようになるため、芸術作品の「アウラ」が凋落したように見えてしまうということではないだろうか。今、本書に掲載されている写真を見ると、「アウラ」は壊れやすいものというより、逆につきやすいもののように思えてくる。しかも、写真に写された人も物も場所も今ではほとんどが失われてしまったという不在と死が、二重写しのように「アウラ」とともに立ち上ってくる

2020/04/15

空虚

①ベンヤミンは表題作のみ。アウグスト・ザンダー『時代の顔』に寄せられた、作家アルフレート・デーブリーンの序文が興味深い。デーブリーンに依れば、死は人の顔を「平板化」する。詩人、政治家、音楽家あるいは国王のデスマスク、それらは個別性を奪われた「静かな客体」であり「ひとかたまり」の顔である。デスマスクに現れるような匿名性は、なにも死者に特有ではない。特定の社会あるいは階層といった視点から人々を眺めるならば、群衆は匿名の集団となるだろう。距離は差異を消失させるのだ。

2016/03/08

misui

ベンヤミンの小論に図版と関連文章を加えたもの。図版と注があちこちに飛んで死ぬほど読みづらいが、技術の発展によるアウラの喪失を、当の写真を参照しながら眺められるのはありがたい。カメラは肉眼では捉えることのできない瞬間を捉えることができる。それは意識されない無意識の世界に通じているものであり、ここにおいて技術と呪術は接近する。その境界線は可変的で時代とともに写真の役割は変わっていくだろう……という感じ。

2015/05/14

彩菜

対象と技術が厳密に対応していた写真の絶頂期、それれらの変化から始まった凋落と細部を鮮明に捉えるアジェの風景写真の出現、その新しい眼差しの上にザンダー等の政治的・科学的関心を持つ写真が現れ始めるという歴史を辿りながら写真の持つ力について考察してゆく。レンズとは意識の代わりに無意識を織り込んだ世界を見せてくれるもの、細胞組織のような微細な秘められた形象の世界を開き、建築のような巨大なものを縮小し手中に収まるようにしてくれるものと言う著者は写真のこの力で人が社会を概観できると期待しているように思えるな。

2018/09/16

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