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存在と無〈1〉現象学的存在論の試み (ちくま学芸文庫)

存在と無〈1〉現象学的存在論の試み (ちくま学芸文庫)

存在と無〈1〉現象学的存在論の試み (ちくま学芸文庫)

作家
ジャン・ポール・サルトル
Jean‐Paul Sartre
松浪信三郎
出版社
筑摩書房
発売日
2007-11-01
ISBN
9784480091062
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存在と無〈1〉現象学的存在論の試み (ちくま学芸文庫) / 感想・レビュー

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ymdtko

再読。6年ぶりである。忙しい時期が終わり、今は受験期間の少し前のような楽な期間に入ったので、のんびり読み返す//本著においてサルトルは、「人間存在(内奥に無を孕む対自存在)は、事物(固定した即自存在)には断じてなりえない」と主張する。何にでもなりうる点において人間は、自由であり、またそこに地獄がある、と。当時の僕はそれをすんなり受け入れて、「至極まっとうである」とメモを遺している。しかし、あれから6年分の未来を即自存在に、過去に変えてしまった今の僕には、この言葉は残酷に突き刺さる。人生は余り長くない。

2011/03/17

ソラヲ

ハイデガー的な存在論かと思いきや実際に読んでみたら存在論というよりも寧ろ自由や他者に関する倫理学の本だった。実存主義。人間存在は机の上にあるコップのように「ただ、ある」というあり方をしている即自(être-en-soi)ではなく、「それであらぬところのものであり、それであるところのものであらぬ」という対自(être-pour-soi)であるということから自由が論じられ、また他の人間存在も自分と同じ対自であることを認めることによって次巻における対他(être-pour-autrui)の問題へと繋がっていく。

2016/04/29

構造主義に乗り越えられただとかハイデガーは認めなかっただとか、聞く評判は微妙なものが多いが、自分はこの本を読んでサルトルは今でも十分重要で、むしろサルトルをこそ中心に研究をするべきではないかとまで感じた。まず形式については、ものすごく論述が丁寧で、その様はあのアリストテレスを彷彿とさせる。先達の哲学者を一人一人吟味していて、議論がその俎上の上に乗っかていることが明瞭にわかる。また、例えも多いのだが、その文学的表現がとても豊かで、心の微妙な機微を繊細に描き出している。その様はまるでキルケゴールのようだ。

2016/11/18

テツ

古臭く、現代とは相容れないものになってきたのかもしれない実存主義だけれど、それを最初に学び、ほぼ妄執に近い形でそれに囚われていると自覚している自分にとってはもうこれ以外に道はないんだよなと読み終えて思う。モラトリアム期間の延長でしかない甘ったれた自分探しなどとは全く異なる、自らの実存と本質への探求。即自と対自。自由であるべく呪われた存在であるぼく自身が、この世界でどう存在するべきなのか。ああ。神が殺された後の世界で自由という呪いにかけられて存在するということは、とても難しいことなんだな。

2015/09/01

井蛙

本書の目的は現象学の発見した意識の志向性を脱自的構造として存在論的に基礎付けることにある。現象を即自存在として打ち立てるとき、この現象への問いかけが孕む否定を現象そのものへと帰することはできない。この否定は問いかけるものの無に起因している。かくして自身の無を存在するものとして対自存在が発見される。対自存在は「あるところのものであらず、あらぬところのものである」という規定から直ちに己を時間性として開示する。加えて己を全面的に無化することによって世界を現象させる。これは観念論から存在論への移行を意味している。

2018/05/02

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