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日本人を<半分>降りる (ちくま文庫)

日本人を<半分>降りる (ちくま文庫)

日本人を<半分>降りる (ちくま文庫)

作家
中島義道
出版社
筑摩書房
発売日
2005-06-08
ISBN
9784480421050
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あらすじ

注意・挨拶・お願い・告知などのテープ放送や機械音を耳にすると、もう著者は黙っていられない。昼夜を問わず日本全国で繰り広げられる善意の大合唱に、著者の“哲学魂”が炸裂する。無自覚なままに責任を回避し、結局は思考停止の状態に陥っているということが、著者の怒りを激しく誘うのである。肝心のところは変わっていない日本人の感性の質を執拗に抉る、異色の日本論。

日本人を<半分>降りる (ちくま文庫) / 感想・レビュー

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白義

タイトルでは気づかなかったけど、「騒音文化論」の改題最新版。うるさい日本の私以上に騒音をかき鳴らす日本の、その風土への怒り、怨み辛みと闘いの記録が思索が詰まっている。今までと比べると、著者が騒音社会と和解する策が提案されていて、歩み寄った印象を受けるかもしれないがやはり最後まで読むと日本人に対する、苛烈で徹底的な拒絶の書。半分、と書いているところが数少ない妥協成分だが、マジョリティにはこれで半分か当惑を与えるだろう。実際は多分、これで一割にも満たない、微々たる譲歩なのだろうけど

2012/08/25

xtc1961ymo

難儀な哲学者、中島義道さんの管理放送に関する戦い。「うるさい日本の私」(過去に読んだ)の続編。管理放送や管理標識など、意味のないお節介社会に愛想を尽かして、変人扱いされても、食い下がらずに理性的に説得するが、かるがゆえにまた嫌われる。因果です。くどい位の音案内と標識は何か事故が有ったときのアリバイ作り、(この標識に書いてあるだろうが!このタコ)に有るような気はしてました。美意識の欠如と最近流行りのヤンキー化する都市が深く絡んでるような気がします。思考放棄の産物か?

2014/10/15

tecchan

我が国では、いたるところに公共的な放送・騒音や、管理的サインが溢れている。本書はそうしたものに対する著者の抗議行動を述べたものである。関係者から見ると迷惑なクレーマーだろうと思う。ただ冷静に考えて見ると本当にそうしたサインが必要だろうか、私達が自己責任を放棄して他人、お上に頼っているだけなのではないか。意外に日本人の本質を突いているのではないかと思う。

york.

自分の感覚や感性の動きをとことんまでみつめているところがほんとにすごいなとおもわされる。考えるっていうのはこういうことかと。自分のきもちや感想とはちがっていても、納得できるものがある。

2016/06/14

ゆとり

日本人のからだは、ちょうど季節の変化や天気などのような純粋な自然に抵抗しないように、人間的権力(共同体や「お上」)がつくりだす環境にも抵抗しないのである。日本人にとって、気温の変化や日照時間の変化あるいは台風や暴風雨などの自然威力に抵抗できないように、なんらかの人間的権力によって与えられた環境は、たちまち抵抗できない変えることのできない威力になってしまうのだ。この意味において、日本人にとって自然は歯止めなくそのからだにまで浸透するのであり、この意味において、あえて言えば日本人は自然と共存しているのである。

2013/02/11

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