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マインズ・アイ―コンピュータ時代の「心」と「私」〈下〉

マインズ・アイ―コンピュータ時代の「心」と「私」〈下〉

マインズ・アイ―コンピュータ時代の「心」と「私」〈下〉

作家
ダグラス・R・ホフスタッター
D.C.デネット
坂本百大
出版社
阪急コミュニケーションズ
発売日
0000-00-00
ISBN
9784484921273
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マインズ・アイ―コンピュータ時代の「心」と「私」〈下〉 / 感想・レビュー

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かんやん

ジョン・サールのAI批判「心・脳・プログラム」では、有名な思考実験(中国語の部屋)が展開される。志向性を持たない機械の記号操作には、統語論はあっても意味論はない。トマス・ネーゲルの「コウモリであることはどのようなことか」では、物理現象に還元され得ない主体的な経験が語られる(経験は客観的に記述され得ない)。二人は編者デネットとホフスタッターの論敵であるから、徹底的にはぐらかされ、反論されるが、まだまだ説得的でないように自分には読める。どうも自分はクオリアがあると考えている…と信じている…自分を信じている

2021/01/16

シタン

「私」をめぐる冒険、下巻。スマリヤン先生の登場が華々しい。正直この本には退屈なものも含まれているのだけど、先生の作品は、何よりも面白い。また、老荘思想がひょっこり顔を出す。そしてAI研究者の宿敵ジョン・サールが満を持して登場。「中国語の部屋」が語られた論文『Minds, brains, and programs』が収録され、それに対して批評を加えている。極め付きは編者の一人ホフスタッターによる「アインシュタインの脳との会話」とそれに対するデネットの短評。真の科学的営為は文学の一分野である(p. 351)。

2018/12/30

roughfractus02

下巻は心mindについての本格的な議論に入り、編者デネット、ホフスタッターと対立するサール、ネーゲルの論文が収録され、ホフスタッターの反論も添えられており、70-80年代の議論が分析哲学の用語が用いられながらも、主観/客観、構文論/意味論における断絶という、今でも本質的なテーマを巡っていることがわかる。世界は神が作ったフィクションだというエッセイとも物語ともつかないノージックの「フィクション」で閉じられる本書は、読者にheartやsoulのような身体化された心とは違うmindへのアップデートを促している。

2017/06/17

もうなにもわからない

拾い読み。有名な中国語の部屋の論文が読める。

2020/07/24

コマイヌ

イライラの理由が分かった、(学問的示唆のあるとはいえ)SFを読む時の開き方と議論を読む時の使い方が違うので後者だと思って開いた結果だ、原題はちゃんと読み物だと書いてあるじゃんかよ、せめて併記してくれ。レム「我が身、僕に~」とか小説として読んだら楽しめただろうに。内容について、提示される例の意図した思考実験の肝が(議論に堪えうる形で)分かっていたら冗長でとてもつまらない。思考実験の詳細は一人で楽しむもので他から与えられるものではないと思う、どんなに示唆的であれ。それは散文でやってほしいと思うんだが

2017/01/26

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