醜形恐怖: 人はなぜ見た目にこだわるのか
醜形恐怖: 人はなぜ見た目にこだわるのか / 感想・レビュー
だいすけ
バタイユの美醜についての考察が印象的。エロティシズムの本質は穢すこと。女の醜さは、醜さを穢すことができないという意味で、美はこの上もなく重要だ。あと、この本のタイトルにもなっている醜形恐怖はもともと何らかの不全感が前提にあって、それがカタチを変えたものという指摘には、なるほどと思った。
2017/10/24
あもなか。
少し古めの本(1997年)。医師と患者の会話が何例も載っている。読んでいてもやもやしてしまうのは、自分も似たようなことを考えているからだろう。「自分の「愛されたい」という幼児的願望に直面した時に、それをどう解決していくかという内省の力、悩むことを悩み抜く力が現代人には欠如しているのではないでしょうか。(中略)外面の悩みに置き換え、問題の根を浅いものにしてしまう。そのすり替えこそが、かえって問題の解決を遅らせていることに多くの人は気づいていないのです。」という文にドキっとした。
2014/06/06
Ted
「醜貌恐怖」の方が適切な表現。日本人にはシャイや照れとは違う、そのケのある人が多いように思う。対人恐怖症や赤面恐怖症、自己臭恐怖症などと同根の問題で、日本人特有の症状と言われるため、その原因もしくはそれを加速させる要因が日本の社会システムにあるのは間違いないが、近年では大脳生理学の観点から脳内神経に原因があるという仮説が「アメリカ」から提唱されている。であれば、日本人以外にも罹患する人が居てもおかしくないわけだ。実際の患者の罹患から克服までの体験記には唸らせるものがあり参考になった。
2010/08/26
ゆうれいごまん
「顔は生きている」
2015/12/15
Yukaっち
卒論用
2015/12/01
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