世界が海におおわれるまで (現代短歌クラシックス04)
世界が海におおわれるまで (現代短歌クラシックス04) / 感想・レビュー
麻衣
あなたは海の方をむいて立っていた。青い涙をながせば、なにもかもが美しく洗い流されていくのだとでも言うように。振り返ることも無く一過性の魚は行き過ぎてゆく。縫合の痕からしみでる体液に、わたしのなかにも海は在する。時折訪う、これはなに。自重に耐えられず、うなだれた八月がやがて孔雀科の睫毛をひろげたとき、なぜだか途端に、取り返しのつかない気がした。うみ、ということばがほどかれて、どれだけ溢れても、受け止めきるものがないからだ。予言めいた物言いで月光は少しの鉄の匂いをのこして、水面に、あなたの横顔が泳いでゆく。
2020/12/14
雨伽詩音
美しい地獄と思う億年の季節を崩れつづけて月は が一等好きだった。まさに私自身の信仰と重なって心に響いた。女性的で、幻想文学を彷彿とさせる、美しい短歌の数々に魅せられた。耽美なのだけど、余白を感じさせる歌いぶりで、言葉がすうっと心に入って消えてゆくのが心地いい。
2020/12/17
qoop
ビジュアルを想起しやすい日常風景からマクロ/ミクロの世界へと瞬間移動する。三十一文字で行われるハイスピードの転換。間の繋ぎをどう処理するかが肝だが、本書で印象的な歌はどれも、想像が追いつくか追いつかないかのギリギリで跳躍して見せる。/てのひらに卵をうけたところからひずみはじめる星の重力/眼球を圧さんとばかりに蒼穹がふくらんできて夏はおそろし/宇宙塵うっすらふりつもるけはいレポート用紙の緑の罫に/ほろほろと燃える船から人が落ち人が落ちああこれは映画だ/暑い暑い暑い正午の浄智寺を猫のかたちに縞はあゆめり
2021/01/01
kurumi
素晴らしい詩集でした。なんでこんな言葉が出てくるの?というぐらい、その魔力に圧倒されました。2020年最後にこんなにも素敵な詩に出会えてよかったです。
2020/12/31
氷見
再読。わたしたちの育った町には川が流れていたけれど海はなかった。海は月よりもはるけく、「海をみた」と言うとき、それは「夢をみた」と同義だった。(わたしたちは青の抱え方を知らない) 風鈴、風の領域を揺らせ。水底に住まうものを呼ぶとも、安らう死びとを醒ますとも聞こえる、その不規則に鳴る音は欠いてゆく刻を透かす。りりり、ちりちり、ちりりん、と漣は数を増しながら冬の交わる朝を渡り、不在のかたちを確かめようとしていた。(肋骨を外して陽にかざすと貝殻のにおい) 尾鰭の水面を敷いて、誕生の循環を忘却する日を夢みている。
2020/12/12
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