日本のことはぜーんぶマンガが教えてくれた! 日本の神話がわかった気になる!【第3回『妖怪ハンター』諸星大二郎】

マンガ

公開日:2018/6/30

『和樂』8月号の特集は「ニッポンの旅100」。編集部総力取材でみんなへとへとです。

■日本文化の魅力は多様性にあり!

 みなさんこんにちは。日本文化の入り口マガジン「和樂」で編集長をしておりますセバスチャン高木です。突然ですが、みなさんは日本文化の魅力ってなんだと思いますか? わびさび? おもてなし? 美しい四季や自然? いっぱいありすぎてわかりませんよね。和樂という雑誌の編集に携わって15年、まだまだ未熟ですが、私が辿り着いた今のところの結論、それは「日本文化の魅力は多様性にある」ということです。(え? 見出しに出てるからもったいぶるなって?)

 東から西になが―く延び、しかも日本海と太平洋に囲まれた国土。はっきりとわかれた四季に彩られる自然。その地勢上の条件は日本という国にさまざまな風土を生み出しました。さらに重要なことは、私たちは今でこそニッポン、ニッポンとさも大昔からひとつの国であったように呼んでいますが、日本が日本になったのはたかだか明治以降のこと。その前は江戸300藩という言葉に象徴されるように、300近くの小さな国が集まった共和国のようなものでした。そして、その300近くの国は、それぞれが食、工芸、生活に独自の文化を持っていたのです。

 江戸末期に諸外国のプレッシャーによって開国する際、江戸の300近くの国は半ば強引にひとつになる必要がありました。そのためにそれまでなかった「日本的なるもの」としてわびさびみたいなものが強調されたり、単一国家を目指すための画一的な教育が施されました。ですが、本来日本って多様性の宝庫なんです。だって、たとえば北海道から本州を巡って沖縄までを巡る旅を想像してみてください。こんな多様な文化を短期間で味わえるところって世界中で他にありません。

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 というわけで和樂最新号の特集は日本文化の多様性を味わうための「ニッポンの旅100」としました。編集部が総力取材で挑んだ100の旅先はぜひぜひ本誌をご覧ください。

「日本美術を巡る旅」「買い物風土記」など日本のことをもっと知るための旅先満載です。

■鬼才・諸星大二郎が描く傑作伝奇ロマン!!(って帯に書いてありました)

 さらにもうひとつ、日本文化の多様性を生んだもの、それはもしかして八百万の神と言われ、山や川、はてはその辺にころがっている石ころにまで神が宿っていると考える、日本の超絶多神教にあるのかもしれません。

 先日、福井県越前市にある岡太(おかもと)神社・大瀧(おおたき)神社に行ってまいりました。越前と言えば言わずと知れた和紙の産地、そこでは数多くの和紙にまつわる神話や伝説が伝えられ一大和紙文化圏を形成しています。岡太神社・大瀧神社には日本で唯一の紙の神様である川上御前が祀られ、かつては和紙文化の中心をになっていたことが容易に想像されます。

 このように日本にはとんでもない数の、しかもあっと驚くような神様が存在し、その数に比例するだけ神話や伝説が各地に存在します。そのバラエティに富んだ物語は、柳田国男や南方熊楠、あるいは宮本常一といった知の巨人たちを魅了しました。

 しかしながら私のような知の凡人たちはこの複雑怪奇な日本の神々や伝承の世界をどのように理解すればよいのでしょう! そこで、相変わらず前置きが長いのですが、今回おすすめしたいのが「鬼才・諸星大二郎が描く傑作伝奇ロマン!!」(文庫版帯より)の『妖怪ハンター』です。

妖怪ハンター』諸星大二郎。福井県越前市にある岡太神社・大瀧神社は日本で唯一紙の神様を祀った神社。詳細はこちらを。

■ジュリー似の主人公がたまらない!

 いや、このマンガ、『妖怪ハンター』ってタイトルが付いているので一瞬、「ベム! ベラ! ベロ!」系のマンガかと見紛うのですが、めちゃくちゃ本格的です。いえ、「妖怪人間ベム」を決してディスっているわけではなく、あれはあれで人間の存在ってなんだろう? と深く考えさせられる名作ですし、オープニングのベム、ベラ、ベロが誕生する過程は明らかに古事記における国生みの神話を意識しているであろうと思われ、子ども向けの番組でそれをやってしまう当時のクリエイターたちは尊敬に値するのですが、それは置いといて。

 いずれにしても『妖怪ハンター』には妖怪なんてほとんど登場しません。それどころか古事記や聖書、さらには、東北のキリスト伝説などを下敷きにして、その世界を丁寧になぞりながらまったく新しい物語をつくるという、それ自体がまるで神話そのもののような作品なのです。作者の諸星大二郎が蒐集した知を、わかりやすく楽しく恐ろしく私たちにお裾分けしてくれるという、知の凡人たちにはたまらない怪作です。こっそり告白すると、私の古事記に関しての知識は、だいたい諸星史観によって形成されています。

 そして、何より主人公の稗田礼二郎(ひえだれいじろう)がとってもセクシーでかっこいい!(え? 何よりってそこ? はい、そこです。だってマンガですからキャラは大切ですよね)。

 まっすぐ伸ばした長髪をセンターパーツで分けるという一歩間違えると宅八郎のような髪型。夏だろうが、冬だろうが、黒いスーツに黒いネクタイを身につけ、その格好で人里離れた伝説の地を歩いてしまう剛毅さ。学会から異端者扱いされてもまったく意に介さずいかがわしいものばかりを追跡するメンタルタフネス。そして女子生徒から「ジュリーに似ている」と言われると「よせよ」と一蹴するクールさ。ああ!今度生まれ変わったら稗田礼二郎になりたい(名前は変だけど)と思わせる魅力があります。

 稗田礼二郎は全国各地を訪れ、多くの奇怪な事例に出合います。そこに登場する異界の住人たちは、それをわれわれは神と呼ぶのですが、多くの場合人間のエゴによって呼び出され、災いを巻き起こし帰って行きます。そこで稗田は言います。「大体異界から来るものを人間が選ぶことができるだろうか……」「幸をもたらしてくれるよい神だけを招き、悪い神…災いをもたらす禍つ神は入れないというような事が……」(「妖怪ハンター 地の巻」より)。稗田深い! 深すぎます! まったく私たちは何回あやまちを繰り返せば、途方も無い力を得ることが諸刃の剣であることに気がつくのでしょうか。

 本作は1974年『週刊少年ジャンプ』誌上で掲載がはじまりました。あらためて40年以上前に発表された作品を読み返してもまったく色あせることなく、『妖怪ハンター』が時代によって左右されるものではない世界観を作り出していることに感嘆します。

 さらに本作を傑作たらしめているもの、それは稗田礼二郎が妖怪ハンターだけでなく、伏線ハンターでもあることです。嘆かわしいことに、今世の中には伏線を拡げるだけ拡げて回収できないマンガが数多く存在します。ですが、稗田礼二郎は一作の中ですべての伏線を回収していきます。そこにはひと言の見逃しもない、ミスターパーフェクトです。その凄まじいばかりの回収力! ああ! ●●先生にも見習っていただきたいなどと思う今日この頃です。

セバスチャン高木
1970年生まれ。大学卒業後2年間、ヨーロッパ、北アフリカを中心にバックパック旅行を経験。テレビの制作会社を経て小学館入社。『Domani』7年、『和樂』15年の編集を手がける。好きなもの:仏像巡り、土門 拳、喫茶店、マンガ

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