日本のことはぜーんぶマンガが教えてくれた! 歌舞伎と浮世絵を描いた名作中の名作!【第4回『鼻紙写楽』一ノ関圭】

マンガ

公開日:2018/8/1

名刀4口の刀身大ポスターが付いた!和樂8月号はまだまだ発売中!

■暑い夏は美術館で涼みましょう!

 暑い日が続く今年の夏ですが、みなさんお元気ですか? 私はあまりの暑さにビールをがぶ飲みしすぎてしまい、The ビールッ腹になってしまったため、齢48にして生まれてはじめてダイエットをはじめました。ビールだとついついがぶ飲みしてしまいますからね、飲むものを日本酒に代えるだけという、名付けて日本酒ダイエット! はい、結果はと言いますと、予想通りと言いますか、日本酒をがぶ飲みしてかえって体重増という羽目に、、、、(涙)。どうやら一番やってはいけないことをやってしまったようです。

 ダイエットの話は置いといて。こう暑いと外に出かけるのもはばかられますが、涼しい美術館や博物館で暑気払いなんていかがですか? 実は今、上野の東京国立博物館で超オススメの展覧会「縄文ー1万年の美の鼓動」が開催中です。

アニメのキャラのように愛らしいみみずく土偶。「かわいい土偶ワールド原寸大図鑑」(和樂8月号より)。

 こちらの展覧会は「縄文の美」をテーマに草創期から晩期まで日本列島で育まれた土偶や土器を一堂に集めたもの。特に全国各地で出土した土偶の数々は圧巻で、岡本太郎ならずとも「なんじゃこりゃ!」と思わず叫んでしまいそうです。個性的な土偶たちは1万5千年前からはじまったとされる縄文時代の中でも、紀元前3000年から500年にかけての後期と晩期に集中しています。いったいなんのためにこんなキャッチーなものを作ったのか検討もつきませんが、縄文人たちは相当個性派ぞろいだったのではないかと想像が膨らみます。私たち日本人の美がここからはじまったんだと思うと、今までの日本=わびさび的イメージががらりと変わること間違いなし!の必見の展覧会となっています。

advertisement

 詳細はこちらをどうぞ!

「あっぱれ刀剣!」で日本刀の魅力にふれてみませんか?

■武士に刀剣!ライナスに毛布!

 展覧会といえば、この秋京都で大注目の展覧会が開催されます。それは「京のかたな 匠のわざと雅のこころ」です。大人気のゲーム「刀剣乱舞」をきっかけに、今、刀剣にはまる人が続出していますが、恥ずかしながら私、いまいち刀剣の魅力がわかりませんでした。わからないのであれば、聞いてみよう!ということで京都国立博物館が誇る刀剣マスターの末兼俊彦さんに日本刀の魅力を解説いただきました。曰く「武士にとっての刀はモフモフのぬいぐるみやライナスの毛布みたいなもの」「備前は刀界のトヨタ」「研ぎ師が日本美の基準をつくった」などなど。そこには多種多様な美の基準があり、名刀の数だけ美しくも奇抜な物語が語られてきたーそんな風に刀剣を見直すと、それまで同じように見えていた一刀一刀がまったく違う美しさをたたえるものに見えてくるから不思議です。ちなみに刀剣って武士にとってはあくまでもサブウェポンでどちらかというとお守り的な存在だったようです。つまり、ナポレオンにとってのスカラベみたいなものだったんですね。

刀剣乱舞に登場する刀も多数出品されますよ!
http://www.kyohaku.go.jp/jp/special/tenrankai/katana_2018.html

ナポレオンはいつもスカラベをベストのポケットに入れてにぎにぎしていました。

■江戸は世界で唯一の大衆芸術の聖地だった!

 さて、江戸の武家文化を象徴する刀ですが、江戸という時代が世界でも類を見ない特別な時代であった最大の理由、それは文化の担い手が町人=大衆であったということと言っても過言ではありません。日本が誇る歌舞伎や浮世絵といった芸能や芸術は、江戸の町人たちによってつくられ、町人たちによって育まれ、楽しまれてきました。これがどれほどすごいことなのか? 現代に生きる私たちにはなかなかピンときませんが、たとえば、ヨーロッパでごくごく少数の貴族たちが密室で仮面を付けて裸の女性が描かれた絵を鑑賞していた頃、江戸の長屋では、普通の町人たちが男女のまぐわいを滑稽かつ美しく描いた春画を楽しんでいたという事実があります。アート(当時の日本にはそのような概念はありませんでしたが)が大衆のものであった日本に対し、ごく限られた上流階級に独占されていたヨーロッパ。歌舞伎や浮世絵が隆盛を極めた1600年代後半から1800年代にかけての時代、江戸は世界で唯一の大衆芸術の聖地であったのです。

手塚治虫文化賞と日本漫画家協会賞をダブル受賞した「鼻紙写楽」。

■あまりに傑作!と漫画好きから評価される「鼻紙写楽」。

 では歌舞伎や浮世絵に代表される江戸の大衆文化がどんなものであったのか? それを知るための極上のマンガが一ノ関圭の「鼻紙写楽」です。圧倒的な画力、練りに練られたストーリー、緻密な時代考証で、江戸という時代の大衆文化を忠実、かつ大胆に描いた本作は、そもそもビッグコミックで2002年から2009年までに掲載された9話に書き下ろしを加えて一冊にまとめられたもの。単行本化は2015年。9話を描くのに7年! さらに単行本化はその6年後! そして!これが著者にとって実に32年ぶりの新刊であり、2016年には手塚治虫文化賞と日本漫画家協会賞を受賞し、世の漫画好きの間で超話題となったのは記憶に新しいところです。しかも、単行本化にあたっては連載時の掲載順ではなく、物語の時系列順にまとめられました。ですので、まずはコミックを頭から読んで、そのあと、掲載順に読んで違いを楽しむという、マンガ好きならではの読み方ができるのも魅力のひとつです。

 タイトルは「鼻紙写楽」とありますが、本作の目線は非常に鳥瞰的。後に写楽となる伊三、六代目団十郎、五代目団十郎の娘りは、芝居小屋で笛を吹く元武士の勝十郎、そして、かの田沼意次まで! 登場する人物は誰もがそれぞれの物語を抱える主人公であり、彼らがくりひろげるドラマは作者によって俯瞰の視点で描かれ、群像劇の様を呈しています。

 一コマ一コマがまるで一枚の絵画のような本作は、シーンごとに視点が横から、下から、あるいは真上からと変化していきます。歌舞伎の身体性まで余すところなく捉えきった描写と歌舞伎と浮世絵を中心にした江戸の町人文化にふれていると、まるで自分が江戸人になったような気分にさせられます。これ以上に江戸の大衆文化を描ききった漫画はない!と断言できる傑作漫画、それが「鼻紙写楽」なんです。今でこそ日本の芸術の代表ともなった歌舞伎と浮世絵が、当時町人たちにとってどのような存在だったのか? そして、どのようにつくられ享受されていたのか? それをこの漫画はリアルに伝えてくれているのです。

 2002年にはじまった本作はいまだ未完ですが、2017年5月に新章となる「菊之丞」がスタートしました。このペースだと、もしかして次の単行本は10年後? あるいは20年後かもしれません。ですが、一話、いや、一コマに込められた絵とストーリーと時代考証の熱量の総和を目にすると、とにかく気長に待つしかない!と思わせる史上最強のマンガのひとつです。

セバスチャン高木
1970年生まれ。大学卒業後2年間、ヨーロッパ、北アフリカを中心にバックパック旅行を経験。テレビの制作会社を経て小学館入社。『Domani』7年、『和樂』15年の編集を手がける。好きなもの:仏像巡り、土門 拳、喫茶店、マンガ

日本のことはぜーんぶマンガが教えてくれた!
・日本の神話がわかった気になる!【第3回『妖怪ハンター』諸星大二郎】
・史上最強のうるし学習マンガを知っていますか?【第2回『青春うるはし! うるし部』堀道広】
・平成の(あと少しだけど)日出処の天子誕生!【第1回『阿・吽』おかざき真里】