“わからない”から“楽しい”に変化するアート! 『オズマガジン』が「アート」特集をやる理由

暮らし

2018/8/25

 ダ・ヴィンチニュースをごらんのみなさん、こんばんは。1か月はほんとうにあっという間で、こうなってくるともはや少し戸惑ってしまいますね。このあいだ夏が来たと思ったら、その夏は幾日かの猛暑日と、例年よりもいくらか大げさな台風を連れてきて、気がつけば知らん顔して去っていこうとしています。夜になるとどこからかやってきた秋の虫たちが、本格的な出番をうかがうように控えめに合唱をしているのが聞こえてきます。

 さて、オズマガジンも相変わらず淡々と特集を作っております。できるだけ多くのみなさんに読んでいただき、少しだけ世の中に「いい1日」を増やすことに貢献ができていたらいいのですが。そう思ってやみません。

 最新号の特集は、毎年恒例になった「アート特集」です。

 オズマガジンにとってアート特集は、ある意味では特別な特集です。ちょうど10年前に、それまで月に2回発売していたオズマガジンを月刊誌にしてリニューアルしたときに、記念すべきその月刊化スタートの号の特集になったのが「アート特集」でした。

2008年7月号「アートな旅へ」

 そのとき僕はオズマガジンの副編集長で、リニューアルが決まったとき「この号はなによりも売れなくてはならない」という大きなプレッシャーを感じたことを覚えています。リニューアルを契機にファンが離れ、売れなくなってしまう雑誌も少なくない中、その号の特集は、ただの1号の特集を決めるのとは大きく意味合いが違っていました。

 そして「ふつう」に考えたら、オズマガジンにとって実績があって、支持されている特集がそこに選ばれることは想像に難くありませんでした。たとえば「鎌倉」や「銀座」の特集は、オズマガジンの販売実績を長年に渡って引っ張ってきた人気の特集でした。

 でも、僕たちがそこで選んだのは「アート」特集でした。ごく控えめに言って、それは僕たち編集部にとって大きな冒険でした。今となってはその冒険ができたのも、そのときの僕らがまだチームとしての経験も浅くて、ある意味では怖いもの知らずの勢いのようなものがあったことが、大きく作用していたと思います。あのころの僕たちの経験が豊富だったら、もしかしたらその特集は無難に「銀座特集」で、今のオズマガジンがアート特集を作っていることもなかったかもしれません。

 人は喉元を過ぎたらなんとかで、正直言ってそのときの感情をもう僕はよく覚えていませんが、結論から言うとその特集は「とてもたくさん」売れました。僕たちはその冒険を無事にクリアしていくことができたのです。

 でも、その特集がよく売れたのは、僕たちがアートに精通していたからではありませんでした。謙遜でもなんでもなく、石のように固い事実として、僕らはほとんどアートに対して素人の集まりでした。もちろん僕自身も、ほんとうになにも知らなかった。

 ではなぜ、その素人の集まりの僕たちが、売れるアート特集を作ることができたか。それは間違いなく現代アートの「大衆化」の動きが、そのころを境に大きく起こり始めていたからだと思います。今までは美術館で静かに、黙って拝見し、暗黙知として、その価値を言語化することもなく「わかっている人たちだけで共有する」存在だったアートが、もっと大衆に向けて開かれたものになっていったのが、このころでした。わからないならわからないなりにアートを楽しむことが、雰囲気として間違いではなくなっていった。そういうタイミングだったと思います。もちろん、僕には世界の基準はわかりませんが、日本においてはこのころがその分岐点だったことは、間違いないと思います。

 そしてその動きを大きく引っ張ったのが、3年に1回の周期で新潟の越後妻有で開催されている「大地の芸術祭」でした。これも間違いのないことだと思います。

 まさに今年開催されているその大地の芸術祭をオズマガジンが初めて紙面に掲載したのは、12年前のことでした。今でこそ、サイトスペシフィックという芸術を地域の風景の中に点在させる「芸術祭」のフォーマットはあちこちで見られますが、当時この形は本当に新鮮でした。

 僕自身、はじめてこのエリアを訪れて、廃校になった小学校を使って、ユダヤ系アーティストのクリスチャン・ボルタンスキー(+ジャン・カルマン)が作った「最後の教室」というアートを体験したとき、その「わけのわからなさ」に、しばらく混乱が収まらなかったことを覚えています。それはほんとうに意味が分からなかった。その廃校に設置したアート(というよりアミューズメント的な仕掛け)がなにを意味しているのか? いくら考えてもわからなかったのです。そして懸命にそれの答え合わせをしている自分を客観視して「あれ? これって答えを誰も教えてくれないんだ」とわかったときの衝撃は、今でも忘れられません。そしてそれが「アートってそういうことか!」と、少しだけアートのなりたちのようなものを理解した瞬間でした。

 それから、ぼくたちは毎年夏になると決まって「アート特集」をしています。別に誰に頼まれたわけでもなく、僕たちはアートのことを好きになっていったのです。

 僕個人で言えば、その答えのない感覚は、ほんとうに心地よかった。

 僕らはどうしてもすぐに答えを知りたがってしまい、答えがすぐに出ることに慣れすぎてしまっています。むしろ現代において、答えがないことを抱えることは、不安以外の何物でもなくなってしまっています。テクノロジーの進歩は日進月歩で、今は小さなスピーカーに向かって話しかければ、そのスピーカーが答えを教えてくれる。そんな答え合わせシンドロームの日常の中で、その「自分の頭を使って考える」ということは、ほんとうに意味のあることだと思うし、それが楽しいことを、もっとたくさんの人に知ってほしい。それが、僕たちが毎年アート特集をやっている理由です。

 もし、まだアートはハードルが高いと感じている方は、今年はぜひまず「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ 2018」を訪問してみてください。そこにはアートの楽しさが詰まっています。そして、日本という国の美しさも。

 3年に1度のこのお祭りは、9月17日まで続きます。先述したボルタンスキーの「最後の教室」、内海昭子さんの「たくさんの失われた窓のために」、行武治美さんの「再構築」(2017年で公開終了)、ナウィン・ラワンチャイクン(+ナウィンプロダクション)の「赤倉の学堂」、いまでも色あせない感動が胸の中に残っているアート作品が、この場所に今も多く存在しています。そしていくつかの作品は、もう見ることができなくなってしまいました。そういう意味では、この芸術祭はライブです。そしてもちろん、心に響く作品は、人によって全く違うはずです。ぜひ、あなたも、そのライブを体感してください。自分の感性に正直に、アートと向き合ってみてください。そしてそこに答えを求めることなく、「自分の頭で考えてみる」、ということをしてみてください。

 それは本当にスペシャルな体験になるはずです。間違いなくそれは、日常の中の「よりみち」。

 あなたがアートを通じて、それを感じられますように。そしてそのきっかけに、オズマガジンがなれますように。そう願いながら、今月のコラムを締めさせていただきます。

 今月も読んでいただき、ありがとうございました。ぜひ、アートを楽しんでみてください。

 では、いい1日をお過ごしください。

『オズマガジン』最新号発売中!

OZ magazine 2018年9月号
(スターツ出版)

古川誠(ふるかわまこと)統括編集長

1998年スターツ出版入社。販売部の営業を4年務めたのち、2002年よりオズマガジン編集部に配属。2008年より編集長に。ほかクルミド出版より小説『りんどう珈琲』を出版。2018年には2作目の小説「ハイツひなげし」をセンジュ出版より刊行予定

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