『コロコロ』編集長のうんちん日記「1978‘→2018’ 秋にして君を想う」【第15回】
公開日:2018/11/22
田原町、稲荷町、上野、上野広小路、末広町、神田。
何のことだかわかりますか?
東京メトロ銀座線の駅名の一部を路線図通りに並べたものです。
1978年、小学一年生の僕は、週に1度土曜日の午後にこの電車に揺られて、神田美土代町にあった「東京YMCA」のスイミング教室に一人で通っていました。
地下鉄神田駅で降りてYMCAまでは、子供の足で10分ちょっと。
ピンクレディーの「サウスポー」が流行って左利きの僕がちょっと得意げだった1978年。
浅草のゲームセンターで初めて大流行のインベーダーゲームを遊んだ1978年。
今回は、この10分ちょっとの道のりについて40年前に想いをはせながら、話してゆこうと思います。
コロコロコミックと全然関係ないのでは?
いえ、そんなワケでもないのです。
それでは、どうぞ。
鉄道ファンには有名ですが、地下鉄神田駅はちょっとユニークな駅でした。
ほど近い地上の須田町交差点は、都電黄金時代の交通の要衝。
その交差点に面して昭和初期に「須田町地下鉄ストア」というモダンなビルが建っていました。
1978年当時、このビルはくたびれていながらもまだ健在で、地下には往時をしのばせるダンススタジオ、1階にはアールデコ調の玄関があったように覚えてます。
隣にはホットケーキが有名な「万惣」がありました。
地下鉄神田駅の改札と、この地下鉄ストアビルを結ぶ細い数百メートルの地下道は、日本で初めての地下街だったそうです。
僕の記憶では、当時ここに帽子の修理屋さんや、床屋さんがぽつりぽつりと入居していました。
最盛期はおそらく全区画に入店があってにぎやかだったのでしょうが、1978年当時は薄暗く、ひっそりとしていました。
僕が通ったYMCAへは、この地下街の通路の手前右側の出口を出て向かうのが近道です。
だいぶ脱線しました。
普段の通勤は会社の最寄り駅、神保町駅を使いますが、立ち寄りなどで銀座線に乗っているときには、神田で降りて40年前にスイミングに通った道を歩きたくなります。
何でかというと、この道はYMCAを通り越してさらに歩くと、ちょうど会社の前に至る道なのです。
なんでかはわかりませんが、ときどき無性にこの道を歩きたくなります。
しばし、昔話にお付き合いいただけますか?
地下鉄の階段を上がるとまず目に入るのは、鰻の名店「きくかわ」です。
1978年の僕は、この店から発せられる煙と匂いが苦手でした。
足早に目の前の信号を渡っていたような気がします。
今なら吸い寄せられるようにのれんをくぐるような濃いタレと蒲焼の匂い。
でも当時の僕の目は、信号を渡ったところにあった目新しい「ミスタードーナツ」にくぎ付けだったのです。
信号を渡ってしばらく行くと、右手にところてんの製造販売所「福尾商店」があります。
このお店の前には、移動販売式の魚屋さんが軒を広げていました。
YMCAへ、行きは一人で行きましたが、帰りは母と兄と兄のスイミングの仲間たちと神田駅まで歩いて帰りました。
6歳上の兄は目と脳にハンディキャップがあったので、当時は貴重だっただろうハンディキャップ者向けのスイミングクラスのあったYMCAに母と通っていました。
行きは心細く道をたどった僕でしたが、帰りは兄と兄の仲間たちといっしょに、かなり賑やかな一団の中で、楽しく寄り道しながら帰ったものです。
初めて食べたところてんは、酢の匂いが強烈で、飲み込もうとした瞬間むせてしまいました。
この記憶が今でも忘れられず、ところてんは苦手です。
魚屋さんは種類が豊富で、魚好きの僕は井戸端会議をする母親たちを待ちながら、鰺鰯鯛鰈鮃と切り身ではないまんま魚の形を見ながら、漢字ではこう書くんだとぼーっと眺めてました。
話を進めましょうね!
さらに進むと多町の交差点。
多町は「たちょう」と呼びます。
ずずずいと進むと、左手に天ぷらの「八つ手屋」。
お世辞にもきれいとは言えませんが(お店の方申し訳ありません)、味は正真正銘の一級品。
でなきゃ大正3年創業100年も商売は続かないでしょう。
1978年の僕は薄暗くて何となく鬱蒼としたこの店の前を通るのが怖かったです。
目をつむって通り過ぎたこともありました。
さらに直進、外堀通りの信号を渡った右手には大塚製薬があります。
少しあと、小学五年生になった僕は、当時流行り始めた粉末式のスポーツドリンク「GATO RADE(ゲータレード)」のまさにアメリカンな味を、緑とオレンジ色の長細いプラスチックボトルから伸びたストローでチューチュー吸うのが至福のひと時でした。
少したって発売されたのが大塚製薬の「ポカリスエット」。
同じプラスチックボトルでも、カッコいいカラーリングのゲータレードに比べると、白と青のポカリスエットは、僕らのクラスの男子には不評でした。
でも、わからないもんですね、ポカリスエットはやがて375mlのガラス瓶を出して、一気に人気を獲得します。
最初は薬っぽいなと思っていた味も、ゲータレードと比べると日本人の口に合っていたのでしょう、すっかりおなじみの味として浸透してゆきました。
外堀通りを渡ると美土代町。
直進して右に寄り道すると、お世話になってます!東京居酒屋の総本山「みますや」ですが、詳しくは熱燗が美味しいもう少し寒くなってからにしまして、まっすぐ進むと、左手にそばの「米むら」。
ここを曲がったところにかつて「東京YMCA」が存在してました。
設計・曾禰中條建築事務所、1929年竣工の堂々たる建物は、今に至る古い建築好きの僕の原点です。
地下にあったレストランで、初めてポタージュスープをスプーンで啜って飲みました。
泊まったことはありませんがホテルもあったので、1階はアメリカのクラシカルなホテルのようロビーだったと、今ならわかります。
10分程度でしたが、見知らぬ街を一人ぼっちで歩いて、先に来ていた母をYMCAのロビーで見つけた時は、いつもホッとしたものでした。
外見では何事もなかったようにクールに装っていましたが。
小学生も高学年になると、スイミングの帰りに一人でさらにこの道を直進して、神保町まで本を立ち読みに行くようになりました。
駿河台下の「書泉ブックマート」で、漫画やプロ野球・プロレスの専門書、さらに進んだ「書泉グランデ」の鉄道コーナーには若くて優しい男性店員さんがいて、僕の興味のありそうな鉄道書の新刊が出ると、いつも取っておいてくれて、思う存分立ち読みさせてくれました。
ある時「週刊少年ジャンプ」の1色広告に載っていた椎名誠の「岳物語」が欲しくて聞いてみたら、「和田君もずいぶん大人な本を読むようになったんだね」って言われて、お尻のあたりがむずがゆくなったのもいい思い出です。
僕にとっての最初の本屋さんの想い出は、神保町にありました。
1978年まだ神保町を知らない小学一年生の時、曲がる場所に気付かずおかしいなと思いながらYMCAをさがして半ベソで直進していると、信号の先に、屋上に百科事典の背表紙が10冊くらいずらっと並んだ形の巨大な看板を掲げた建物が現れました。
看板には「小学館」と書かれてありました。
「小学館ってコロコロコミックの会社!」。
そう思ったら安心して、冷静に近くの大人の人に道を聞くことが出来ました。
長々と自分のきわめて個人的な話を書き連ねてすみません。
でも、40年前に一人ぼっちで歩いていたあの道の延長線上を、今も自分は歩いているのだと思えてなりません。
40年前、僕はドラえもんが好きで「コロコロコミック」の熱心な読者でした。
その時の気持ちのまま大きくなったと言ったら嘘になりますが、好きな気持ちのひとかけらでも持ち合わせていたからこそ、今自分がこうして「コロコロコミック」を作らせてもらっているのだと思います。
先月末、とてもうれしい出会いがありました。
10代の終わりから今に至るまで敬愛していた方が、お子さんを連れて編集部にやってきてくれたのです。
本当ならまだコロコロを読むには幼いそのお子さんは、でも筋金入りのコロコロファンでした!
あの頃の僕がもし編集部に行くことが出来たならどんな気持ちだっただろう?
そんなことを想いながら、キラキラと目を輝かせるその子を見つめていると、「こ、ま」と僕の胸の文字を指さされました。
「それは、ま、こっていう順番で読むんだよ。オジサンは、まこ殿さまって呼ばれてるんだ」
正装で臨みましたが、まだまだ知名度を上げなくてはと、ぎゅっと着物の袖をかんだ次第です!
最後に今月の暗号です。
「ふたりでにゃんこ大戦争ハイパーキャリングケース」と叫んでみてください。
「そのゲームはスイッチで出るんだけどダウンロード版しかないから、パッケージは本当はないんだよ!」と木枯らしに抱かれる前に優しくリアクションしてくれる少年がいるかもしれません。
半ズボンで膝小僧丸出しでも、北風なんてへっちゃらとばかりにコロコロを読みふけってるような子をみかけたら、どうか暖かい目で見守ってください。
それではまた来月、うんこちんちん!
『コロコロコミック』最新号発売中!
和田誠(わだまこと)編集長
1971年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後の1994年に株式会社小学館入社。『幼稚園』『おひさま』『めばえ』『小学一年生』編集部を経て、2005年より『コロコロコミック』編集部所属。2015年より同誌編集長。イベントなどでは、編集長キャラクター「まこ殿様」として登場。
▶『コロコロコミック』公式サイトはこちら
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