2007年01月号 『きつねのはなし』森見登美彦

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/13

きつねのはなし

ハード : 発売元 : 新潮社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:森見登美彦 価格:1,512円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2006年12月6日


『きつねのはなし』

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森見登美彦
新潮社 1470円

 京都の一条寺に店を構える古道具屋“芳蓮堂”。女店主・ナツメの謎めいた魅力に惹かれてアルバイトを始めた大学生の武藤は、芳蓮堂の“特別なお客様”という天城が住む古い屋敷へと通う。細長く薄暗い座敷での面会をくり返す武藤は、天城から奇妙な取引を持ちかけられる。天城の要求には、どんなに些細なものでも応じてはいけないと忠告するナツメだったが、ある日、武藤は天城に古い狐の面を渡してしまった。
 表題作「きつねのはなし」ほか3編からなる、京都を舞台に幽玄な暗がりを描いた短編集。著者が築きあげた世界を一新して挑む新機軸。

撮影/石井孝典
 

もりみ・とみひこ●1979年、奈良県生駒市生まれ。京都大学農学部卒業後、同大学農
学部大学院修士課程修了。大学在学中に『太陽の塔』で第15回日本ファンタジーノベ
ル大賞を受賞。著書に『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』がある。


横里 隆

(本誌編集長。今号の表紙は敬愛してやまない中島みゆきさん。登場いただき本当に感無量でした。NEWアルバ
ム収録の名曲「重き荷を負いて」は必聴です! )

美しくゆらめきながら読者を
幻惑する一級品の幻想小説!

正直に言ってしまうと、当初、プラチナ本候補にあげられた作品の中で、個人的な大本命は別の作品だった。しかし本書に収められた一編、「きつねのはなし」を読んだとき、鉄板だったはずの大本命が揺らいだ。それは大きな驚きだった。あの凄まじい名作ではなく、こちらがプラチナなのか?と。そしてふたつめの収録作「果実の中の龍」を読み終わり、ああやはりこれなのだと観念した。美しい文体は単なる描写だけでなく、妖しの芳香を漂わせ、語り切らない物言いは、奇矯な謎を浮き立たせる。旧く淀んだ京都の闇が、静かにゆらぎ、ますます深さを増していく。芳蓮堂の主人は涼し気な女性であったか、朗らかな老人であったか。竹林の奥の古い屋敷で神秘の糸を手繰るのは狐面の怪人であったか、それとも……。何もかもが幻燈に映し出された陽炎に似て、まるで狐に化かされたよう。一級品の幻想小説は読者をこそ幻惑させるものなのだとあらためて思い知った。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

日常と地続きの青春幻想小説

本作を読んでいるとき、夜の京都の町を歩いているような印象を持った。碁盤の目のようにわかりやすいはずの通りなのに、いつしか路地に迷い込んで、どこか知らないところに辿り着いてしまったような……生活の場と隣合わせにあるあやかしの世界。絶妙な語り口で、京都という舞台の魅力を双方向から描いている。表題作の「きつねのはなし」が特に秀逸だが、以降の3作を読むと、そこでまた新たに立ち上がってくるものがあり、著者の力量の高さを思い知る。後出のインタビュー時にうかがったのだが、表題作の原型はデビュー前にあったそうだ。これまでの作品と文体の違いはあれど、数々のモリミイズムは本作でも遺憾なく発揮され、『太陽の塔』『四畳半神話大系』のファンも楽しめる。


岸本亜紀
(本誌副編集長。主に怪談を担当。根本きこさんの新連載始まりました)

本年ベスト1の怪談作品
平成の岡本綺堂の誕生か!

怪しい古屋敷に棲まう妖しい狐面の男、いつから何を扱っているのかいまいち不明な古物商と楚々とした女主人。京都の人を迷わす路地と夢想する学生たち。怪談としてのアイテムはばっちり。さて、どんな風に料理してくれるのか。わくわくして、期待しまくって読んだら、お見事!と膝を打つこと何度も。連作の中で、これといった因果関係が明確にされることはないのがまずすばらしい。これは妖怪小説でも謎解きのミステリーでもない、怪談なのだから。祖父のお通夜にいたっては怖いのなんの、まるで百物語会だ。洗練され、削りに削ったしゃれた岡本綺堂ばりの文体。謎は深まるばかり。ぜひとも続編を期待したい。


関口靖彦
(また違ったタイプですが、ジム・クレイスの小説『死んでいる』でも、簡潔で“きれい”な文の威力が味わえます)

ストーリーのみならず、
文章そのものの滋味に心酔

本を読んで「面白かった!」というときは、たいていストーリーを指して言っている。しかし映画でもマンガでもなく、“小説が”面白かったと言えるのは、ストーリーのみならず文章そのものが素晴らしかったときに限られるはずだ。そして本書を読み終えたとき、私はストーリーの巧みさと文章の見事さの両方に驚嘆していた。時系列と視点を矢継ぎ早に移動させて読者を幻惑するのに、世界の印象は滅茶苦茶にならないのだ。それは薄暗くも硬質で静かな文章が全編を貫いているからで……“美しい”と呼ぶべき華やかさを排除した、簡潔で“きれい”な文に、心酔しました。


波多野公美
(けらえいこさんの結婚コミックシリーズ新装版3冊同時発売! 詳しくはダ・ヴィンチ1月号P70を見てね)

変幻自在の魔法使い
森見登美彦

読みはじめから、この物語があまりにも好ましくて、本当に驚いた。実は、著者の前作『四畳半神話大系』を読んだとき、それこそ単に好みの問題で、次回作を読むことはないだろうと思っていたのだ。けれど、この物語は、まるで別の作家が書いたのかと思うほど、前作とは文体も内容も雰囲気もあまりに違っていた。まさに、きつねにつままれたようだ。そして、森見登美彦は、私の中で一気に注目の作家となった。この作品で、京都に見事な魔法をかけてあやかしの街にしてしまったように、次はどんな魔法をみせてくれるだろう? とても楽しみだ。


飯田久美子
(わたしのBOOK of the YEARは、『本を読むわたし』と『自分自身への審問』と『幾度目かの最期』)

物語は虚実のあわいに

口のうまい人が好きだ。「ずっと好きかどうかわからない」より「ずっと好き」と言われたい。嘘になるかもしれなくても。「果実の中の龍」の先輩が言う「自分の言葉が嘘くさくて、喋ろうとしても言葉が詰まってしまう」という感覚、覚えがある。「本当のこと」を話そうと思うと何も話せない、ような。だけど本当のことって何? 何割かは本当じゃないかもしれなくてもいいと気づいてから、話すのも楽になった。ここプラチナ本コーナーでもあることないこと書いている。いいことかどうかはわからない。だけど、虚と実の皮膜なんていつも移ろうものだろう。剥き出しの現実より、美しい嘘がほしい。たのしい夢が見たい。100%の本当も100%の嘘もない。わからないことの魔力に満ちた本だった。(あ、ルックス的には、きつねよりたぬきが好きです。これはホント)


服部美穂
(名越康文先生の連載取材で会ったSMの女王様に「女王様の素質あり」と言われました)

狐でも骨董でもなく、著者に
化かされてしまいました

京都にある「芳蓮堂」という名の骨董店を巡る4話の物語。「芳蓮堂」が扱う、狐の面、からくり幻燈、龍の根付といった骨董の品々に、「芳蓮堂」に関わるどこか理由ありの人々。「芳蓮堂」の結界にうっかり立ち入ってしまった者は、みな夢か現実かわからぬようなひと時を経験する。淡々とした語り口で精緻に綴られる著者の筆に心地よく運ばれるうち、夢の中を彷徨っているような気分になった。本を閉じ、夢から醒めたはずなのに、どうもすっきりと醒めた気がしない。とはいえ醒めたくもない。私はすっかりこの夢にとり憑かれてしまったらしい。


似田貝大介
(『幽』6号がついに発売されます。内容が盛りだくさんすぎてここでは書ききれません。詳しくはダ・ヴィンチ1月号194ページで)

静寂の薄闇につつまれた
秘めやかなる世界

湿度の高い、深とした静寂。常に水気を帯びた空気が漂う薄闇の中で、確かな秩序をもって存在する幽かな世界——歴史の重みとともに日本の風景を色濃く残す京都の闇には、人の介在を排した秩序を感じることがある。収録されている4つの短編はそれぞれ単独の物語でありながら、秘めやかに触れ合って舞台を共有している。この世界に張り巡らされた見えない糸を辿った先にはなにがあるのだろうか? 本書のように研ぎ澄まされた“美”を持つ怪談作品にふれると、喧騒から一歩だけ外に出たところでひっそりとたたずんでいる影の存在に思いをはせ、いとおく感じてしまう。


宮坂琢磨
(同時期に発売された森見さんの『夜は短し歩けよ乙女』は奔流系。笑い死ぬ!)

ガラス細工のように繊細で、
妖しい光を秘めた作品

よく知っていると思っていた人の意外な一面知ったとき、僕は口惜しくなるほうだ。なんで、黙っていたのかと。『きつねのはなし』を読み終わった後も猛烈に口惜しくなった。デビュー作から、饒舌というよりもむしろバルカン砲のごとき言葉の奔流で読者を翻弄してきた著者が、今回は言葉を削ぎ落とし究極に研ぎ澄ましてきた。一つ一つ吟味された言葉で淡々と描かれる京都の幻影は、影絵のようにくっきりと、どこかに気味の悪さを感じさせながら、読者の目の前にたち現れる。不安と背徳と郷愁に彩られた物語は、脳裏にこびりついてなかなか離れなかった。

イラスト/古屋あきさ

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