2006年02月号 『夜市』 恒川光太郎

今月のプラチナ本

更新日:2013/9/26

夜市 (角川ホラー文庫)

ハード : 発売元 : 角川グループパブリッシング
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:恒川光太郎 価格:555円

※最新の価格はストアでご確認ください。

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

2006年01月06日


『夜市』 恒川光太郎 角川書店 1260円

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「夜市」と「風の古道」の2編を収録。「夜市」の裕司は幼い頃、弟と共に不思議な“夜市”に紛れ込んでしまった。“夜市”では対価と引き換えにあらゆる物が手に入る。しかし、一回でも取引をしなければ、夜市から出ることはできない。弟と引き換えに「野球選手の器」を手に入れ、現実に帰った裕司は、弟がもとからいなかったことになっている現実に驚愕する。時が経ち、学校蝙蝠の囁きから“夜市”の開催を知った裕司は、弟を取り戻すため、再度“夜市”を訪れる。「風の古道」は現実とは異なる位相に存在する“古道”に迷い込んだ少年たちの物語。途方にくれた彼らは“古道”を旅する青年・レンに出会う……。物語に登場する、和風のガジェットによって演出される幻想的情景と、緻密に組み立てられた“夜市”のルールが、驚きと美しさに溢れたラストにつながる。

つねかわ・こうたろう●1973年、東京都生まれ。大学卒業後、様々な職業を経て、2005年、「夜市」で第12回日本ホラー小説大賞を受賞し、デビュー。


横里 隆

(本誌編集長。今年の冬は寒い。学生時代、松本で−15 ℃の厳冬をコタツひとつで乗り切ったはずなのに……。今あなたは寒くないですか?暖かくして過ごされますよう)

まるで夜空に架かる虹のように儚く切なく美しい世界観がいい


夜に見える虹がある。南の島の、月の光に照らされて、ごくまれに現れる虹がある。night rainbow 。ハワイでは古来“最高の祝福”といわれてきたという。本書の2 編の中篇は、まさにそんな虹のような物語だ。闇夜に開かれる蜃気楼のような“夜市”、住宅地の裏を通りながらも位相の異なる“古道”、どちらも尋常と非常、正気と狂気の境界上に存在するその、おぼろげで、ぼうっとした在りようは、儚くて切なくて、とっても美しい。ありえない状況に現れる虹のように。また、ふたつの物語とも、境界上の世界に留まらねばならない者と、現実世界に帰還する者とが描かれる。果たして物語は断言する。「これは成長の物語ではない。何も終りはしないし、変化も、克服もしない」と。戻るも戻らぬも、こちらもあちらも変わらないという、その諦観がいい。そして、迷い、放浪しつづける、戻らざる者の存在が哀しくて、いい。ああ、やっぱり夜の虹だ。闇の中のほのかな光が現出させたものが“night rainbow ”ならば、絶望の中のかすかな希望を描いたものがこの本なのだ。祝福を、あなたに。


稲子美砂

(本誌副編集長。主にミステリー、エンターテインメント系を担当)

なぜ、自分が打ったホームランを見て泣きたくなるんだ?


子供であれば誰しもが心をワクワクさせたちょっと怪しげな縁日の思い出。『夜市』はそんなノスタルジックな雰囲気がある。見世物小屋の怖いおじさん、人攫いはそんなイメージか。想像力をかきたてる、この異世界の描写が巧みで、読者は容易に裕司やいずみの視点で夜市の場に立つことになる。自分の持つ何かを売り、何かを得る。すなわち人生の取引。恐ろしいけれど踏み込まずにはいられない夜市の魅力がここにある。この設定もさることながら、後半描かれる、弟を売ってしまった裕二の苦悩と決心には、胸を締め付けられるようなせつなさがある。捨てた者、捨てられた者、それぞれの悲哀。今市子さんのマンガとしても読んでみたい世界だ。


関口靖彦

(今号ではミニシアター系恋愛映画の特集を担当。ふだん怪獣映画しか観ない自分に、大人の恋は不可能と悟った)

黄昏色に磨き上げられた、精妙な寄木細工を思わせる佳品


例えて言えば、“諸星大二郎meets ブラッドベリ”。怪奇と幻想の匂いに満ちていながら、非常にコントロールのきいた作風といおうか。日本人の原風景と現代日本の両方に連なる幻想という意味ではいかにも諸星的だが、諸星作品にまま見られるように、その幻想が不条理にふくれあがったり救いのない奈落へ転がり落ちたりはしない(そういう作品も個人的には大好物だが)。むしろ、子どものころ誰もが闇に対して抱く恐怖と憧れのうち、憧れのほうを描いている印象から、私はブラッドベリを思い出した。そしてプロットは、精妙なパズルのよう。きれいにちりばめられた伏線が、読み進めるうちにカチリカチリと組みあがり、黄昏色の寄木細工となる。さてどんな形を成すか、楽しみに読んでみてほしい。


波多野公美

(購入後しばらく毎晩読んでは泣いた『スケルトン イン ザ クローゼット』(岩本ナオ)も個人的ツボにハマりました)

ホラーの枠を超えて広く読まれてほしい


ホラーは不得手なので、日本ホラー小説大賞受賞作と聞いて、最初は読むのを躊躇していた。が、読み終わった今では、あのまま手を出さずにこの作品を読み逃していたらなんてもったいなかっただろう、と冷や汗が出る。「夜市」も「風の古道」も、作品に漂う気品と、切なさが素晴らしかった。どこが好きなのかうまく説明するのが難しいけれど、どれも虫が好く話だった。登場人物にも好感が持てたし、それぞれの作品で醸し出される空気感も心地よかった。ジャンルの枠を超えて、広く読まれてほしいと思う。次の作品がこれほど楽しみな新人作家にめぐりあえてうれしい。ホラーが苦手な人も、ぜひご一読あれ。


飯田久美子

(年末進行の中、大分と長野の出張を強行しました。そのせいか、生活時間が狂い昼夜逆転の生活に突入……会社員なのに……)

怖いけど、行ってみたい行ってみたいけど、怖い

おもしろかった。それしか言えないのは、バカみたいだけど。おもしろかった。それはまだ夜が怖かった子どもの頃に、怖いけど、でも夜に外で遊んでみたいと思ってた気持ちに似ていた。それから、学校からたまにひとりで帰る夕方の淋しい気持ちを思い出した。このいつもの学校の帰り道がいつの間にか知らない世界につながっていったら�”�”「行ってみたい!」という気持ちと「どうしよう、怖い!」という気持ち。夕方が来ると一日がもうすぐ終わることを淋しく思い、夜の闇に対してワクワクもし恐れもしていた、子どもの頃。そんな原始的な気持ちを思い出し、懐かしいような切ないような気分になりました。


似田貝大介

(お酒を飲むとすぐに寝てしまう……。先日、気が付いたらシャツの胸元にハート型のヨダレ染みがついていました。今年もよろしくおねがいします)

不安定で心地いい世界


「夜市」「風の古道」の2篇ともに、日常の中に潜む異界を舞台とした幻想的な物語。一読するとありふれた作品のようにも思えるのだが、読み進めるに従って面白いほどに物語に入り込んでしまう。夜の闇に紛れて現れる妖しい市場も、ふとした日常の歪みから偶然入り込んだ神々の道も、とても自然に感じることができた。日本古来の文化を基幹としたアミニズム的な空気が支配する世界観を、見事に描き現す美しい描写は本作がデビュー作とは思えないほど。不安定だけれども、どこか居心地がいい『夜市』の世界の情景が、読了後しばらく目の前に浮かんでいた。


宮坂琢磨

(この時期になるとみかんの食べ過ぎで手足が黄色く染まる)

この世ならざる美しき世界への憧れ


子どものときの記憶は曖昧なもので、あるはずのないもの、見えるはずのない情景を鮮明に記憶している。そして、それらの記憶には決まって孤独感が漂っている。『夜市』に収録されている2 作品は、そんな、いつかどこかで見たような、不思議で淋しい風景に溢れている。「夜市」の青白い炎にてらされた夜店とそれによって際だつ夜の闇や、「風の古道」のどこに通じるかわからない、果てしない道の情景。懐かしさの中に、シュルレアリズムの絵画を見ているような違和感がある。その違和感の世界に生きる“永久放浪者”、(なんともの哀しい響きだろう)には、同情と強い羨望を感じてしまうのだ。


重信裕加

(今月の特集制作中に、夢にまで出てきた猫村さん。もし猫村さんがうちに来てくれたら、マッサージをしてもらいたいです)

幻想的な風景が切なくも優しい


けして足を踏み入れてはいけない夜の市場。死者の世界へと誘う神わたりの道。『夜市』に収録されている「夜市」「風の古道」の両作品からは、どちらも、死と隣り合わせにある静かな恐怖と、闇の世界に現出する幻想的な風景が感じとられた。特に印象深かったのは「風の古道」の主人公の少年が、月明かりの下で布に包まれた友達の体を撫でるシーン。子どもの頃に体験したかのような懐かしくも不思議なこの物語は、ホラーでありながら、切なくも優しいファンタジーだと思った。

イラスト/古屋あきさ

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