今月のプラチナ本 2014年2月号『私のなかの彼女』 角田光代

今月のプラチナ本

公開日:2014/1/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『私のなかの彼女』 角田光代

●あらすじ●

18歳のときに同じ大学の語学クラスで出会った、ひとつ年上の恋人・仙太郎。知識も教養もありセンスもいい彼は、和歌にとって「開けるたび未知の世界が拡張していく扉」のような存在だった。学生時代から仕事をしている仙太郎の知り合いのツテで、幼児教育の出版社に入社する和歌だが、ある日、実家にある蔵で祖母が書いたと思われる本を見つけてしまう。これを機に和歌は自らも小説を書き上げ、作家としての道を歩み始めるが、仙太郎との関係は次第にねじれてしまい……。恋人の抑圧、母の呪詛、仕事の壁、書くということ。すべてに抗いもがきながら、自分の道を踏み出す彼女と私の物語。角田光代待望の最新長編小説!

かくた・みつよ●1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。90年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、97年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で99年に産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年に路傍の石文学賞、03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、06年『ロック母』で川端康成文学賞、07年『八日目の蟬』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、12年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞を受賞。そのほかの著書に『くまちゃん』『月と雷』など多数。

新潮社 1575円
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

つながること/孤独を選ぶこと

おそろしい小説だった。きっと自分も、仙太郎のようなことを女性にやっている。記憶はない。だが確実に、やっているのだ。仙太郎だって忘れているのだから。「どうしたの和歌? だいじょうぶ? なんのこと?」ゾッとした。男性から女性への抑圧が実に根深く、法改正などで一朝一夕に変わるものではないことが、本書を読むと心の底から理解される。そして人が他者に与える“言葉”というシロモノが、長く甚大な影響とダメージをおよぼすことも。男と女、親と子、人と人がつながるときには必ず介在する“言葉”が、一生ほどけない呪縛となる。そう知ったときに、つながることよりも孤独を選び取る――和歌の選択は、本当に強い人間にしかできないものだろう。これを読み終えてから、妻とあらためて暮していく自分は、どうしていけばよいのか。身をすくませながらも、本書が与えてくれた数多くの示唆を、噛み締めていこうと思う。男性にこそ薦めたい一冊。

関口靖彦本誌編集長。和歌の抑圧の20年が、本当に何気なく始まるのも怖い。「どちらもはっきりと宣言などしなかったが、恋人同士という雰囲気になっていた」って……

 

男の嫉妬に学べ

「男と張り合おうとするな。みごとに潰されるから」――一般企業で働いている女性であれば、誰もがうなずく言葉だろう。女性がある分野で道を極めていこうと思ったら、それをサポートしてくれる男性をパートナーに選ぶか、自分の人生を丸ごと投げ出せるように孤高の道を選ぶしかないと、もともと思っていた。キャリア志向ではなく、むしろ奥手の主人公(和歌)が憧れの彼に近づきたいと頑張った結果が、彼女を苦しめるという本作のストーリーにまず引き込まれた。仕事も恋もがんばりたいのにままならない和歌の姿に自分を重ねる読者も多いだろう。私がもっとも読みどころだと思ったのは仙太郎の変化。かつては自分を引き上げようとしてくれた男が放つ冷たい言葉に、和歌は何度も心が凍るがこれこそが世間なのだ。読んでいて心がヒリヒリとするつらい場面も多いけれど、だからこそラストシーンの描写が沁みる。読了後、女性同士で盛り上がること必至の一冊。

稲子美砂西加奈子さんが究極の自意識過剰男を描いた『舞台』が面白い。執筆の経緯は本誌インタビューで。又吉さんの連載『第2図書係〜』でも取り上げられています

 

男の妬みが女の自立を邪魔する

20歳になったとき、父が私に言った。「ひとつのことを長く続けなさい。そのひとつを徹底的に突き詰めれば、自然とまわりが見えてくる」。私はこの教えを守っている。角田さんは、ずっと小説家になりたかったという。この物語の主人公とは真逆だ。ひとつのことを続けていくのは大変だ。それも才能だ。この物語には、多くの示唆がつまっている。バブル崩壊後サリン事件や地震があった15年間の大変化の時代に、女性が自立していくことを問うた作品だ。また、小説家になりたい人のバイブルでもある。仙太郎という男の、自分を乗り越えていく女性に対するジェラシーの物語とも読める。日本はまだまだ男性社会だ。自立している女性に社会は厳しい。社会というより、男子はというべきか。昔、彼氏に同じような嫌な思いをさせられた“できる女性”はたくさんいるのではないか。この物語のおかげで過去の自分、これからのあり方に、深い気づきをもらえた。

岸本亜紀加門七海さんの5年ぶりの本格怪談実話集『怪談を書く怪談』発売中。角川つばさ文庫『視えるがこわい! 地霊町ふしぎ探偵団』シリーズ第2巻発売。令丈ヒロ子さん登場!

 

圧倒された。ものすごい傑作

最初から最後まで身につまされっぱなしだった。前半はかつての自分を重ねて反省し、後半は今の自分を重ねて怖くなった。女が自立して生きていく過程で直面する、その年齢、ステージごとの問題がとても切実に描かれている。大好きな彼に追いつくため、彼に導かれるように自分の道を模索した和歌。彼に近づきたかったはずなのに、いつしか二人の関係はねじれていく。恋も仕事も生活も、大事にしたい。でも、仕事ってそんなに簡単じゃないから、もがきながらがんばるしかない。そして、彼にも両親にも怪訝な顔をされるのだ。私がどこかおかしいの? 考えてみても、何が原因で、どこで道が変わってしまったのかわからない。結局、わからないのだ。大人になった和歌がぞっとしながらも孤独に惹かれる様が印象的だった。その先を見つめる和歌の行く先に何があるのか、一歩一歩、踏みしめて歩いた先に、彼女だけの、私だけの幸せと喜びの形が見つかると信じたい。

服部美穂今月の「桜木紫乃特集」桜木紫乃とめぐる釧路旅はミラクルの連続でした。釧路という場所での取材だからこそ聞けた名言がたくさん。ぜひご覧ください!

 

生きるために成長してゆく

初めての海外旅行で、和歌は大きな契機を得た。想像を絶する世界は意外と近くに存在していて、でもその世界は“よくよく見知ったもので成り立っている”ことを知る。些細な出会いが人を育て、さまざまな時間を生きる内に、自身ですら思いも寄らない姿をあらわにする。小さな気づきが、自分と世界を大きく変える。性差を感じないといえば嘘になるが、大いに共感した。少なくとも私の身近にいる女性はみな力強く見える。彼女らに追いつく自信は、いまのところない。

似田貝大介今年は『ダ・ヴィンチ』が20周年、怪談専門誌『幽』が10周年という記念イヤーになります。どうか本年もよろしくお願いいたします

 

人生を模索する女性たちへ

著者と同世代の私は、和歌が歩んだ時代背景を懐かしく回想しながら読み始めた。バブルの恩恵も特になかったかわりに競争社会の厳しさもまだ感じていなかったあの頃。しかし、ぼんやりとした空気に包まれながらも、何者でもない世代は、何かになろうと常に必死だったように思う。和歌もまた、恋人の背中を見つめながらも自分の道を進んでいく。叫びたいほど辛かった出来事も胸にしまいながら。自分の道を模索しながら進む、進んできた女性たちの姿に強く揺さぶられた。

重信裕加せわしなく過ごしてしまった昨年から心機一転、今年は人生を「丁寧」に生きることを心がけようと思います。思うことから始めます

 

自分の時間を大切に

オビに“ようやく彼と対等になれるはずだったのに――。”とある。「あなたはここがダメなんだよ」なんて仕事のアドバイスぶった言葉を真に受けてがんばってみたら、相手は私を対等に相手にしようなんて、さらさら思っていなかった(無意識)。なんなら言って気持ちよくなりたいだけだった(やっぱり無意識)。気づくまでに少し時間がかかるけど、気づけたら人のことで振り回されるより自分を大切にしようと思うよな、なんてことを思い出しながら読みました。

鎌野静華1月より、ちょくマガで、ほしのゆみさんのダイエットメルマガ始まります! ゆみぞうさんらしい“毎度!”エピソード満載です

 

恐ろしいほどの凄み。別格です

とにかく恐ろしい、素晴らしい、凄みに溢れた小説だった。帯文から、彼との関係が不穏なものに陥るであろうことは予想できるから、恐れおののきながら、読み進めた。小説の凄み、角田光代という作家の凄みに、泣きそうになりながら。仙太郎との関係もだが、母親の呪詛も相当きつい。和歌に投げられる「おかしい」という言葉。近しい関係だからこそ、抉られる。とても辛いのに、素晴らしい読書だった。角田さんはどこまで行くんだろう。これからも応援しています。

岩橋真実ダ・ヴィンチ「本の物語」大賞受賞作が決定。詳しくはP131を。全然毛色の違う2作です。早く多くの人に読んでもらいたい!

 

男性読者に読んでほしい

自分がとらえている“いま”がいかに儚く、自分の価値観がいかに限定的か。自我を強く、揺さぶられた。たしかに主人公は若い女性であり、仕事や恋と向き合う彼女の語りで物語が展開していくので女性向けと思いたくなるところだが、男性読者にも強く推薦したい。もがきながら自分の道を探し求める彼女の赤裸々な言葉、彼女を取り巻く人々の何気ない一言、そのすべてが自分に迫り、問いかけてくる。読後のじんとした波紋が、いまも去ることなく響き続けている。

川戸崇央最近、お店にいっても洋服を買えなくなった。何につけてもしっくりくるものとそうでないものがはっきりしてきて複雑です

 

女はなぜ自由になれないのか

和歌を認めることなく、離れていった仙太郎に、無性に腹が立った。そして主人公の抑圧感がリアルで、読んでいてしんどかった。私は10歳で「美人以外の女が生きてくって、大変だ」と思ったし、昔、忙しく仕事していたら、「パートタイムで働け」と男に命令された。子供の頃から大人の今まで、ずっと自由になれないこの感覚。今作ではそれを裸にされて、突きつけられたように思った。でも読後、どこか闘志も湧いた。今ももがく女性たちに、エールも送ってくれたと思う。

村井有紀子TEAM NACS戸次重幸さんの一人舞台『ONE』とのコラボ書籍が1/31発売! 著者初の小説。ご贔屓に!

 

働く女性たちへの痛切なエール

読むのをやめたくなるほど、身につまされた。才能あふれる恋人に感化され、祖母が小説家を目指していたことを知り、小説を書き始める主人公。恋人は最初は書くことを喜んでくれるのに、忙しくなり洗濯物や洗い物が溜まってくるのと同時に心は離れていく。働く女はこんなささいなことで苦しむのだ。恋人はコンビニ弁当を食べる主人公に「生活を放棄している人」と言う。最後に独りになっても孤独を胸に前に進もうとする姿に痛いほど共感したからこそ心に沁みた。

亀田早希『てのひら怪談 癸巳』が発売中! 東雅夫さん、福澤徹三さん、加門七海さんが厳選した短編怪談をぜひお楽しみください

 

 

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