今月のプラチナ本 2014年5月号『スペードの3』 朝井リョウ

今月のプラチナ本

更新日:2014/5/9

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『スペードの3』 朝井リョウ

●あらすじ●

かつて有名劇団の準トップスターとして活躍してきたミュージカル女優の香北つかさ。ある日、つかさのファンクラブ「ファミリア」の幹部リーダーとして組織を束ねている江崎美知代の前に小学校時代の同級生・アキが現れる。普段はぱっとしないOLだが、プライベートではファミリアのまとめ役として優越感を感じている美知代、つかさに憧れながら引っ込み思案な自分に悩む中学1年生のむつ美、そして最近では仕事のオファーが減る一方のつかさ。それぞれに不満を抱えた女性たちの過去と現在が交差し、トランプのルールのように弱者と強者が入れ替わる全3章――。朝井リョウが初めて社会人を主人公に描いた傑作連作集!

あさい・りょう●1989年、岐阜県生まれ。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。12年に同作が映画化され、注目を集める。13年『何者』で、戦後最年少で第148回直木賞を受賞。14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞。他の著作に『もういちど生まれる』『少女は卒業しない』などがある。

講談社 1500円(税別)
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

人は希望を見つけ出せるのだ

重苦しい物語である。といっても次から次に悲劇が主人公を襲うわけではない。一見は地味で平穏な暮らし、しかし毎日すこしずつ体が重くなるような、息がしづらくなるような、そんな感覚がじわじわと伝わってくる。そんなとき人は、なぜ自分がこんな目に、と思う。誰かなんとかしてくれ、とも思う。だが結局、自分なのだ。自分しかいないのだ。こんな状況に自分を引っぱってきたのも、ここから脱出する契機を見つけるのも。本書にあるとおり、「いくら待っていても、革命は起きない」。だからといって、革命なんて自ら起こせるのか。無理だろう。地味で平穏で息苦しいわれわれ読者は、そう思ってしまう。しかし朝井リョウは、その“革命”の在りようを示してくれる。指一本でパソコンのキーを押すくらいの、ささいな行動も革命になりうるのだと。自分が本当はどうなりたいのか、そこにさえ気がつけば。重苦しい物語だが、確かに希望を感じさせてくれる。

関口靖彦本誌編集長。おかげさまで『ダ・ヴィンチ』は今号で20周年。すべての関係者と読者の皆様に、深く感謝します。これからの『ダ・ヴィンチ』にもご期待ください

 

自分という存在を認めるために

“あの人たちの誰よりもつかさ様に詳しくて、つかさ様のためになっているのはここにいるファミリアだ。美知代は、自分の家服を見つめる”――こうした信念を持ってファンクラブを束ねてきた美知代を脅かしたのは、新入りながらも人目を惹きつける容姿や行動・言動に長けたアキだった。こうした経験は誰もが持っているのではないか。自分が拠り所としていたものが誰かに脅かされる恐怖。美知代に共感したのは女性ばかりではないはずだ。現状に不安や不満を抱えるむつ美、つかさのストーリーも交錯していくなかで、自分の中にある種々のネガティブな感情と向き合った。社会の中で自分という存在を認めるためにいったいどうしたらいいのか。語り手のそれぞれが試行錯誤の末に辿りついたその道筋と結論は力強く、これまで青春小説の傑作を上梓してきた朝井リョウならではといえるかもしれない。「今を生きよ!」と私は受け取った。

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女ゴコロの分かる最恐男性作家?!

朝井リョウさんは男なのに、なんでこんなに女子のことが分かるんだろう? 男性が書く女性の話は空振りに終わることが多いはず。どこかでほころびが出るだろうと思いながら読み進めた。すごく女子らしい嫌な視点を持って。けれど、どこにも違和感はなかった。それどころか、一瞬でこの宝塚的世界に魅了された。緊張しながら、ファミリアの運営をする優等生の美知代に共感しながら読んだ。中盤、むつ美の登場で話が大きく動く。すると、不思議なことに、むつ美の根っこの寂しさによって、私の奥深くに眠っていたはずの女子っぽさが抉り出されていった。さぁ、女子たちよ、本性むき出しにしろ、不幸になれと、心の中の何かをかき回した。待っているだけでは何も変わらないのが人生。女性の自立とは、幸せとは何かを考えさせられた。ラストは救いが用意されていたので、私の性悪な部分がかき消されてよかった(笑)。朝井リョウの新境地。いやはや、怖いな。

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朝井リョウの末恐ろしさを痛感

映画化もされた『桐島、部活やめるってよ』で鮮烈なデビュー。『何者』で戦後最年少で直木賞を受賞した朝井リョウは、その実力を高く評価されながらも、「同世代の若者の心情を瑞々しく描く青春小説を得意とする作家」というイメージが一般には根強かったのではないか。だが、本作『スペードの3』は、決してさわやかな青春小説などではない。そして、読みはじめたらすぐ、書き手が20代の男性であることも、“あの”朝井リョウであることも忘れて没頭した。大人の女性であれば、おのれの人生を振りかえってグサグサくることしきりだろう。女性のえぐいまでの本音を朝井さんはなぜこれほどまでにわかるのだろう。他人と自分を常に比べて見栄や虚勢を張りながら、「私の人生を動かしてくれるのは、誰?」と思い続ける女の甘さや欲深さ。それを彼は見抜いて物語の形で私たちに突きつけたのだ。参りました。もうずっと、朝井さんについていきます。

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ひとは美しく変われる

中学校に入って、むつ美は少しずつ自分を変える努力をした。とはいえ人はすぐに変われない。革命を起こすには、ただ待つだけではなく、小さな一歩を踏みしめながら進まなければならない。順調に自分と世界を変えつつあった彼女の前に、自分を変える契機にもなった人物が現れる。むつ美はそれを、神様が“自分が生きていくべき場所を、勘違いさせないようにしてくれる”のだと考えた。決して驕らぬよう慎重に。前を向いて歩こうとする愛おしい女性たちが輝いている。

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あなたの知らない朝井ワールド

前作『世界地図の下書き』では、児童養護施設の子供たちの希望と、その先の未来を鮮やかに描いた著者が、今作では一変、歳を重ねた女性たちの過去と現在に潜む歪みや悲哀を、リアルに映し出している。女性のある種独特の感情を見事に切り取ってみせた作家の力に感服しつつ、予想もしない展開を見せる構成にまた驚かされた。誰かが何かをしてくれるかもしれない人生に、いつか使うための切り札をしのばせる女性たち。そこに何を感じるか。ぜひ男性にも読んで欲しい。

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自分に向き合う

誰かと自分を比較することは、自分を客観するために必要なことの気がするけれど、美知代、むつ美、つかさにとって、それが必要だったかはよくわからない。3人とも前向きな答えを自ら導き出したけど、その過程は苦しいものだったはず。それに彼女らの不満は、誰かと比較することによって出現したものだ。学級委員体質も地味な容姿も少なくなった声援も、いい面と悪い面を持っている。「私の人生を動かしてくれるのは、誰?」その答えはおのずと見えてくる。

鎌野静華竹下和男『お弁当を作ったら』もオススメ。教育や社会保障を家族単位じゃなく個人単位で考えれば無駄な差別意識は減るのでは

 

アサイ、おそろしい子……!

私たち人間のどうしようもなさを暴くおそろしい作品なのだ。糾弾ではなく、どうしようもなさを孕むのが人間だから、そこを見つめることで始まるものがあると感じさせてくれる。章のラストは苦々しくも希望を感じさせ、最終章のある回想シーンは圧巻。これまで著書ごとに唯一無二の世界を描き出してきたけれど(「朝井リョウの世界」では足りない作品ごとの世界を立ち上がらせるのが凄く巧みだと思っている)、もっともっとこの作家は魅せてくれると改めて感じた。

岩橋真実本書のインタビューは64ページへ! 取材などでお会いするたび、なんてクレバーなエンターテイナー……と感じます。すごいよ

 

答えはいつも朝井リョウ

朝井さんがいてくれて、本当によかったなと思う。就職して兼業作家となった彼が、初めて社会人を描いたのだ。もっとちゃんとしなきゃ!といつもなんとなく思っていたけれど、その“ちゃんと”が何を指し示すのかさえ私には分かっていなかった。朝井作品の中では『何者』の系譜にある、物語でありながらも認識を問い直す言葉に満ちたバイブル的小説。同世代の読者には自分に向けられた作品として、その言葉を余さず私有するつもりで読んでほしい。

川戸崇央20周年記念企画として、トロイカ学習帳は「九州一周お詫び行脚」の模様を2号連続でお届け。本当に申し訳ない気持ちで一杯です

 

「分かる!」と何度も唸った

例えば、好きなタレントがいたとしたら、彼ら彼女らの舞台やコンサートに胸を躍らせながら、毎日を頑張れたりする。チケットを取るのも、仲間と話をする時間も楽しく、退屈で変わらない自分の日常が、一気に輝き始める。ただ、本作の美知代のように、対象者に依存してしまうと、「自分の人生とは?」と我に返る日が来ることも……切ないけど、すごく、分かる。本書には「分かる!」と唸らされっぱなし。20~40代の女性は、ページをめくる手が止まらなくなると思います。

村井有紀子創刊20周年記念特集を担当。各プレゼント、ぜひともご応募ください。そして次号は『相棒』特集! 特命係が表紙ですよ!

 
 

 

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