今月のプラチナ本 2014年7月号『初恋料理教室』 藤野恵美

今月のプラチナ本

更新日:2014/6/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『初恋料理教室』 藤野恵美

●あらすじ●

京都の祇園にほど近い、古い町並みの残る住宅地。ひっそりとした路地の両脇に続く、大正時代に建てられた町屋長屋の一階に「小石原愛子の料理教室」はある。気になる女性のひと事がきっかけで通い始めた建築設計事務所勤務の智久、有名菓子店のシェフパティシエで独立の準備を進めているフランス人のヴィンセント。乙女のような外見で周囲を明るくする大学生・ミキ。妻のすすめで通うことになった初老の彫金職人・佐伯。毎週土曜日に行われる男性限定のクラスに集まった世代も生まれ育った環境も異なる4人は、愛子先生の四季折々の料理を通じながら、新たな一歩を踏み出していく。京料理の魅力と恋愛を鮮やかに描いた美食エンターテインメント小説。巻末には「初恋料理教室」のレシピも収録。

ふじの・めぐみ●1978年大阪府生まれ。2004年、『ねこまた妖怪伝』で第2回ジュニア冒険小説大賞を受賞し、デビュー。主な著書に『ハルさん』『ぼくの嘘』『わたしの恋人』「お嬢様探偵ありすと少年執事ゆきとの事件簿」シリーズ、「怪盗ファントム&ダークネス」シリーズなどがある。

ポプラ社 1500円(税別)
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

食べられなかったからこそ

このカバーから受ける印象に反して、描かれるのは男たちの恋。料理教室に集った4人の男性が、それぞれに抱く女性への思いとは? タイトルどおりの“初恋”を小気味よく描いた第一話こそ、なんとも愛らしい小品という印象だが、第二話からは徐々に趣きが変わってくる。料理を大切なテーマとした作品でありながら、“かつては食べられなかった”ということの陰影が、じわりじわりとにじみ出してくるのだ。といって、暗く重苦しい読後感ではないのでご安心を。食べられなかったそれぞれの理由と痛みをきちんと踏まえつつも、でも今は食べられるようになった、食べることを選び取った、食べることで何かを取り戻した、そんな意志の力があたたかく伝わってくるのだ。料理を作り、誰かと食事をともにすること。それを既に得ている人にとっては当たり前の日常だが、得ることもかなわぬ人がたくさんいる。だが後者にも、機会は必ずある。意志と希望の物語だ。

関口靖彦本誌編集長。生麩が食べたくなる本でした。個人的には京都で必ず食べるのは鯖寿司。日本酒とやると、酸味と甘みが口中でふくらんで陶然となります。酒のみたい

 

食――それは愛することの原点

料理教室とはこんなに楽しいものなのか。それが第一話を読んだ感想だった。食について学ぶこと、知ること、そして誰かのために料理を作ること、それがここまで人を成長させるとは。京都の町屋長屋にある料理教室に通う男性4人。彼らにはそれぞれ理由があって、ここに来ていた。——この人物設定も巧みで料理に対する距離感もさまざま。食のプロともいえるフランス人のパティシエ、包丁を触ったこともなかった草食系男子、女性といっても違和感のないほど見目麗しい女装男子学生、職人的雰囲気のいかつい50代。普通だったら接点のない4人が、この教室に集い、ともに調理することで心を通わせていく。彼らの背景を描く際に盛り込まれるさまざまな食の薀蓄&メッセージも、ストーリーにうまく溶け合って、非常にバランスのいい連作集となっている。彼らを惹きつける愛子先生の上品で穏やかな語り口も本書の大きな魅力のひとつ。料理教室に通いたくなる。

稲子美砂「本vs.カレー」特集で、ひたすらカレーに塗れた1カ月だった。『ダ・ヴィンチ』ならではの風変わりな企画が満載ですので、お腹を空かせて読んでください!

 

ノってる作家の冴え渡る物語

藤野恵美という作家は凄い! ミステリー畑というだけあって、設定はきっちり計算されているし、食についての薀蓄は自信ありといいながらも抑え、登場人物たちの魅力たるや! 短編集という形式を実にうまく利用し、〝初恋”というタイトルでやんわりとしたニュアンスと見せかけつつ、実は心の深い暗部まで描き切る。読者はそんなテクニックを感じることなく、すらすら読んでしまう。いやはや、感服! なかでも、主役がみな、男性というところがよい。物語を読み進めると、料理を習う男性たちの様々な生活の裏事情を覗き見しているような気持ちになってくる。みな、一筋縄ではいかない背景があって、人生、そんなに簡単じゃない。そんんな人間関係の中で、感動あり、共感あり、しみじみあり。児童文学の世界で大きく力を蓄え、満を持して一般文芸界に登場したこの著者を見逃し
てはならない。エンタメジャンルのきら星の登場だ!

岸本亜紀『消えてなくなっても』椰月美智子さん、3刷決定。中山市朗さんも2刷。幽ブックス絶好調。『そこはかさん』沙木とも子、『きんきら屋敷の花嫁』も傑作です!

 

愛子先生の料理教室に通いたい

最初は、食べ物が美味しそうでふんわりほのぼの系の読後感のいい小説って感じなのかな、と思って読み始めた。たしかにそれもそうなのだが、本作の魅力はそんなものではなかった。年齢も置かれた環境もぜんぜん違う登場人物たちは、料理教室に通い、愛子先生から料理を習うなかで、知らず知らず凝り固まっていた自分の固定観念に気づいていく。そこではっとした。そうか、私もそうだった。読んでいて、私自身するっと心身の内に隠れて堅くなっていた部分がほぐされるようだった。料理教室に集まった彼らは、普通に生活をしていたら、出会うことはなかった人たちだろう。最初は軽い気持ちでこの場所を訪れた彼らが、この料理教室に通う日々の中で、自分の抱えている問題へのアプローチ法に気づいたり、違う一歩を踏み出していく様子は清々しく、日常に対する視点を変えてくれた。ほんの少し丁寧に日々を暮らすだけで、こんなにも世界は変わるのだ。

服部美穂 今号の企画で初めて画家のヴァロットンを知り、すっかり虜に! 絵をイメージして角田光代さんが書いてくださった短編小説も素晴らしいのでぜひご覧ください!!

 

はらぺこ読者に注意

料理上手なひとを、無条件で尊敬してしまう。だから愛子先生の料理学校に通う面々の気持ちがわかる。仕事上のトラブル、大切な仲間たちとの友情、ほのかに燃える恋心、そうした経験のすべてが料理に通じる。読書中、何度胃袋が鳴ったことだろう。さらに京都という舞台からでる出汁がよく効いているのだ。物語に登場する優しそうな味の料理を、ひと口だけつまみ食いしたくなった。空腹時、とくに深夜帯に読むのはたいへん危険なので、覚悟しておいたほうがいい

似田貝大介悲願のカレー特集。取材に関係なく食べまくった。まだ食べ足りない。怪談専門『幽』では岩手県へ河童を釣りに行ってきました

 

ひとを引き寄せ、幸せにする力

愛子先生の料理は気品と慎ましさが寄り添い、そこに集まってくるひとたちの心をも温かくする。四季を感じながら、旬のものをひと手間かけて大切にいただく。自分もそんな至福のひとときを過ごしているようで、とても贅沢な時間を味わった。実直に丁寧に生きる人々の、仕事や生活への熱の傾け方も健気で微笑ましい。「おいしいものには、ひとを惹き寄せる力がある」「自分で自分を幸せにすることができる」。愛子先生の言葉の数々からも、また元気をもらえるのだ。

重信裕加個人的には第三話「ふたりの台所」のミキと姉の話が好きでした。「正しく食べる」ことをついつい忘れがちな自分の生活を反省!

 

生活リズムを整えたくなる

愛子先生の生徒であるミキが、姉のために料理を覚えていく姿はとてもほほえましく、でも切実だった。明るくてやさしいミキに感情移入しつつ、応援しながら読んだ。きっと姉とともに幸せに暮らすに違いない。そう思うと幸せな気分になった。読後、料理がしたいな、と思ったが、料理の何が嫌って買い物がつらい。食材は重いし、どれも同じなのにリンゴ1個を選ぶのに時間をかけて吟味している自分にうんざりする。すぐ食べるんだからどれでもいいだろう、自分!

鎌野静華先日伺った天ぷら屋さんに「ゴールデンウィーク過ぎたらメニュー替わるよ」と言われていたのに、もう6月……旬って短い!

 

人を思いやる気持ちと料理

京都の路地で「風がふわりと吹き抜け」「出汁の匂いが漂ってきて……」、もう気持ちは美味しい料理とそれをとりまく物語のことでいっぱいだ。この男子限定の料理教室に通う人たちは、みんな心優しい。けれど、そんなには器用じゃなくて、身近な悩みや困難を抱えていたりする。愛子先生の細やかな教えで学ぶ中、やがて道が開けていく。あぁ料理って、少しずつ、けど確実に、人を成長させてくれるものなんだ。(付録のレシピも美味しそう。胡麻豆腐、作ってみよう)

岩橋真実ダ・ヴィンチ「本の物語」大賞作『初恋は坂道の先へ』に感想をいただく嬉しい日々。本の持つ力を描いた瑞々しい作品、ぜひ

 

たのしめて、かつ影響力大

疲れてくると私は太る。情けない話だが、社会に出てから体重の増減を繰り返し、今年だけで7キロも増えた。食事が単なるルーチンに思えていたときに本作との出会い。食にまつわる描写に豊かな言葉が尽くされ、生命にとって食と向き合う姿勢がいかに肝心かをたのしく教えてくれる。登場人物たちが料理教室で繰り広げる会話劇が、じつにコミカルなのだ。一方で彼らはそれぞれが等身大の悩みを抱え、食を通じてそのコリをほぐしていく。とても前向きになれる作品!

川戸崇央ブラジルW杯に挑む日本代表・遠藤選手のノンフィクション『最後の黄金世代 遠藤保仁』を編集。詳しくは本誌143Pへ!

 

美味しいごはんって幸せ

愛子先生の料理教室で作られる「料理」は、とても綺麗だ。繊細に丁寧に盛られる、ほくほくとした品々はキラキラ輝き、それが頭にふんわり浮かんで、読んでいるだけで幸せな気持ちになっていく。作中の「自分の手で作るお料理がおいしければ、自分で自分を幸せにすることができます」という言葉。手作りの美味しい「ごはん」には、心を癒し、元気をくれる魔法がある。かくいう私も深夜帰宅で「栄養補給」のみの食事をする毎日。ちゃんと自分を幸せにしなくては!

村井有紀子『青天の霹靂』特集担当。大泉さん&ひとりさんの取材では、相変わらず笑いっぱなしでした。小説の完成を期待してます!

 

油断できない奥深い味わい

優しい本のたたずまいから、ただの恋愛小説とあなどるなかれ。「食」を通じて、人々の意外な過去と未来がつながり、もつれた想いがときほぐされていくさまは、まさに上質なミステリーだ。登場する料理の数々は、彩り鮮やかで、滋味深い味わいが口の中に広がるよう。幼い頃は未知の味を妄想し、古今東西の料理エッセイや小説を読み尽くしたという著者の本領発揮だ。正しく食べていれば、正しく生きていける─この言葉が静かに胸に落ちてきた。

光森優子大好評、中山市朗さん『怪談狩り』の続編を準備中! 怪談ライブが佳境を迎えた時、バッグが突然一回転して落ちたのは偶然?

 

会心の三ツ星作品!

料理に心を込めるとはどういうことなのか。作中の料理教室に集う男たちは、それぞれに抱える悩みを愛子先生のレシピを通して見つめなおし、再構築することで自らの中から解決を導きだしていく。愛子先生の教える細やかな料理の工程そのものが、つまり自分の大切な人を想う心と答えだと気が付くからなのだと思う。ともすれば嫌味になるほどの食の薀蓄を、物語をより面白くさせるスパイスとして効かせる著者の力量は素晴らしい。ぜひ冷めないうちにご賞味あれ!

佐藤正海憧れの編集部で働く日が来るとは! 思わずニヤけるほど嬉しいです。歳は結構いってるニューフェイスです。何卒お手柔らかに

 
 

 

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