【ダ・ヴィンチ2014年12月号】今月のプラチナ本は『かごめかごめ』池辺 葵

今月のプラチナ本

更新日:2014/11/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『かごめかごめ』池辺 葵

●あらすじ●

修道女でありながら街で一度出会った男が忘れられず、愛と信仰との間で揺れ動くシスターマルエナと、捨て子として修道院に拾われ、神とマルエナを信じて疑わない少女アミラ。多くの仲間に囲まれて静かな生活を送っていた二人だが、7年ぶりに街に出たことをきっかけに、その運命は分かれはじめ……。言葉では語られない修道女の慕情や苦悩、喪失感が、全篇フルカラーの繊細なタッチにより浮かび上がる。彼女たちは何に己を捧げ、仕えるのか。『どぶがわ』『繕い裁つ人』の池辺葵が描く、美しく、どこか不穏な人間ドラマ。

いけべ・あおい●漫画家。2009年、『Kiss』の新人賞・Kiss賞を受賞しデビュー。同年、『Kiss PLUS』に『繕い裁つ人』が読み切りで掲載され、翌年に同誌で連載化。現在は『ハツキス』にて連載中。同作は15年1月に、中谷美紀主演による実写映画が全国公開予定。主な作品に『サウダーデ』(講談社KCデラックス)、『どぶがわ』(秋田書店A.L.C.・DX)など。

秋田書店 1200円(税別)
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

 

捨てられた者の心を覆う、硬く美しい殻

人は捨てられることがある。その深く大きな傷は、そのままにしておいて癒えるものではないだろう。何かにすがりつく、誰かに庇護してもらう、そうした手立てが必要だ。本書で描かれる修道院には、捨てられた子たちが多く集まり、神のもとで暮らしている。先輩シスターたちに見守られ、神の教えに基づいたお勤めをひたすらにこなす日々。町におりるのは七年に一度だけだ。物理的にも精神的にも、規律という“殻”で、もろもろと崩れてしまいそうになる心を覆っているのだろう。硬く美しい殻のごとく、本作の作品世界は静謐だ。フルカラーで描かれる光と影は淡くおだやか。だがどこかにヒビが入れば、とたんに砕けて中身が溶け出してしまいそうな緊張感をはらんでいる。ぜったい壊れてほしくない、でもどこかで崩壊の瞬間を期待してしまう、そんな玻璃細工のような一冊だ。

関口靖彦 本誌編集長。連載から担当していた『高山なおみのはなべろ読書記』が単行本にまとまりました。原田奈々さんによる料理や風景の写真の数々もフルカラーで収録。11月7日発売です

 

読むごとにさまざまな疑問を投げかける一冊

絵本といってもいいような美しいコミックスである。修道院という大きな籠の中で神にその身を捧げて生きる修道女たちの質素で穏やかな生活が静かに描かれている。極めて言葉は少なく、それゆえ登場人物たちの表情や時間ごとに異なる窓から差し込む光が絶妙な語り手となっている。信仰とゆらぎ、女という性、羨望、反発……表立って話されることのないさまざまな思いは、どのように彼女たちの中に降り積もっていくのだろう。「捨てる」「捨てられた」という印象的な言葉がでてくる。しかし、本当の意味で、人は人を捨てることなどできるのだろうか、とも思う。「知る」ことの幸せ、「知らないこと」の幸せ。献身とはなにか。満ち足りるというのはどういう感情なのか。選びとるとはいったいどういう行動なのか。何度となくページを繰るなかでさまざまな疑問が湧いてくる。手放したくない一冊。

稲子美砂 西加奈子さんの特集、むっちゃ楽しく作りました。西さんの新刊『サラバ!』は読んでると価値観がグラグラ揺らぐ大傑作です。男性陣3人との対談もすごく熱い内容ですので、お見逃しなく

 

誰もみな等しく寂しさから逃れ生きることはできない

徹底的にそぎ落とされた絵と言葉で運ばれることで、語られない修道女たちのしんとした孤独が、むしろ深みと重みをもって感じられた。外の世界の強い誘惑を知るからこそ、誰よりも戒律に忠実な優等生だったシスターマルエナ。赤ん坊の時に修道院で拾われ、修道院で育った幼いアミラは神に仕えて生きる喜びを純粋に一心に信じている。修道院で生き、老いることを定めと、どこか諦観をもって受け入れているヴィー。知る者と知らざる者、一体どちらが幸福なのだろう。多くを知ると人は何かを一心に信じることが難しくなる。知らずに一生を終えられれば幸せなままでいられるのか。知ることで苦悩を知ったとしてもそれすらも幸福となるのか。でも誘惑に打ち勝ったとしても寂しさからは逃れられない。俗世間に生きる人も、神のもとで生きる人も、人はみな寂しさを抱えて生きていくのだ。

服部美穂 つい先日はじまったトーベ・ヤンソン展の内覧会にご招待いただいたので行ってきたのですが、トーベの描いたムーミンの原画や習作が本当に素晴らしかったです。やはり実物の威力は違う!

 

それぞれの居る場所

マザーたちからの信頼も厚い優等生のシスターマルエナ。マルエナを尊敬してやまないジュニアのアミラ。ふたりをクールに見守るマルエナの友人・シスターヴィー。この物語には修道院に身を捧げる女性たちの喪失と光、そして祈りが、美しい静寂を持って描かれている。無邪気な幼い娘たちの希望も、籠のなかで満たされない心と対峙するシスターたちの想いも。修道院の窓から差し込む光は、こちら側のものなのか、あちら側のものなのか。自分のたどり着く場所を、ふと考えてみたくなった。

重信裕加 全篇カラーの本書。光のやわらかさも心地よい繊細な色使い、院を花のように歩くジュニアたちの可愛さに心は癒されました

 

物語の世界を堪能してほしい

床掃除をする少女の上に、繊細な修道院の格子の影。格子から外を望むシスターマルエナ。そこから見えるのは穏やかな景色と……。物語がどこへ向かっていくのかを指し示す、このプロローグは美しいが不安をおぼえる。そして池辺さんの静謐な世界観と全篇フルカラーという美しい装丁の組み合わせも、少しの違和感を伴い、また不安が増すのだ。でも、この綱渡りのようなドキドキが修道院という箱庭とそこに暮らす修道女たちの緊張感と相まって、物語にどっぷりつかることができるはずだ。

鎌野静華 最近ベランダで分葱を育てている。ときどき根元を少し残して収穫するのだが、すぐに生えてくる。その生命力たるや!

 

光と影、身の置きどころ

全篇フルカラーの美しい絵、わけても光の描き方が素晴らしい。舞台は修道院で、彼女たちはほとんど外には出ない。多くは窓からの日射しが光源となり、人物の顔には影が射す。マルエナほか大人の女性たちの顔は、うつむくことが多いからか、常に影がかかっているように思える。知らず知らず、刷り込まれるものがある。修道院での神様への献身、市井の恋しい人との暮らし、どこに身をおくかはどちらが正しいというものではない。「7年もたてば」なお冷めない熱の表現のシーンの光にぞわぞわした。

岩橋真実 高野文子さん『ドミトリーともきんす』と、糸井重里さん×早野龍五さん『知ろうとすること。』のセット読みをして感涙

 

オンナ版あだち充

静謐な修道院に豊かな光が差し込み、能弁な陰影が浮かび上がる─。これが、オールカラーか。密やかに暮らす修道女たちに俗っぽい筆者が共感してしまったのは、池辺葵が描き続ける世界観に憧れているからだと気付いた。彼女が描く人間は、粋である。欲はあるが、分はわきまえる。人の邪魔はしたくない。綻びも不穏さも飲み下して、すっぽりと包み込んでしまう女性的なあたたかさがあるのだ。極限まで削ぎ落とされた言葉で真っ当な世界を描く姿勢はまさにあだち充的である。

川戸崇央 池辺さん作品を好きな男と友達になりたい。『やわらかスピリッツ』で連載中の『プリンセスメゾン』も大好き

 

思わず語り合いたくなる作品

繊細なタッチで描かれた、まるで絵画のようなコマの数々。丁寧で凝られたページは麗しく、めくる度にうっとりする。しかしながら、本書の魅力は、その美しさだけではない。何より、今作は「読み解き」が難しいのだ。「知ること」が幸せなのか?「知らないこと」も幸せなのではないか? 神をも裏切って得るもの、それは正解なのか? きっと読後に、たくさん誰かと語り合える、語り合いたくなる、そんな貴重な作品である。どうぞ、アミラが幸せでありますように、と心で願った。

村井有紀子 表紙も飾っていただきました、星野源さんの新連載エッセイ『いのちの車窓から』、今号よりスタート。ぜひご一読を!

 

かくも残酷な幸福を探す旅

この物語は常に静謐な優しい光に満ちている。しかし一見穏やかで優しい光の光度が上がると次第に登場人物の葛藤や弱さの輪郭が見えてくる。怖いほどまっすぐな愛を捧げる修道女と、彼女に捨てられる純粋な幼い少女。煩悩を捨て神に仕える女と男に体を売って生活をする女。両極にいる人間を描くことで残酷なほど人は弱い存在なのだと再確認をする。自分を律し神に祈るのも、親のように慕う少女を捨てるのもつまりは同じ人間らしさなのだと。この意欲作を自信を持ってプラチナ本にしたい。

佐藤正海 いつお迎えが来ても良い様に身辺整理を始めました。昔なら激しく罵倒するような事象にも寛容になれるのでオススメ

 

捨てる人と捨てられる人

月並みだが、この作品を読んで、夏目漱石の『こころ』を思い出した。恋愛と、それゆえの罪悪感。はるか昔から人を悩ませ続ける永遠のテーマだが、紙の質感や装丁にいたるまで、一冊の本すべてから、その静謐で不穏な雰囲気が感じられる作品は、そうそう見つかるものではない。信仰と愛の間で揺れ動き続けるマルエナが、ただただ敬虔なアミラに向ける、憐みにも憧れにも感じられる視線が、すべてを語っているように思う。ぜひとも本棚に並べ、ことあるごとに手に取ってほしい一冊。

鈴木塁斗 高さ2mの本棚が崩壊、自宅が本の海に。奥に眠っていたマンガを拾い読みしてしまい、全く片付かない日々です……

 

過去のプラチナ本が収録された本棚はコチラ

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