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2009年04月号 『猫を抱いて象と泳ぐ』小川洋子

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あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

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『猫を抱いて象と泳ぐ』

小川洋子

●あらすじ●

出生時に上下の唇が癒着しており、切り離し手術で唇に脛の皮膚を移植した主人公は、成長に伴い唇に産毛が生え孤独な少年となっていたが、あるとき廃バスに住むマスターと知り合った。マスターにチェスを教わった彼はたちまちチェスにのめり込み、美しいチェスを指すようになる。だが、大きくなることに恐怖感を抱き、チェス盤の下でしか実力を発揮できない彼は、マスターの死後、表舞台には立たず地下チェスクラブで“リトル・アリョーヒン”というからくり人形を操ってチェスを指すことになる。“リトル・アリョーヒン”の芸術的なチェスは大変な話題になり、11歳で成長が止まっていた彼もまたリトル・アリョーヒンと呼ばれたが、ある事件をきっかけに彼は“リトル・アリョーヒン”とともにクラブから逃走する。

おがわ・ようこ●1962年、岡山県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。91年『妊娠カレンダー』で芥川賞を受賞。2004年に『博士の愛した数式』が本屋大賞に選ばれる。他、『薬指の標本』『科学の扉をノックする』など著書多数。

猫を抱いて象と泳ぐ
文藝春秋 1780円
写真=冨永智子

編集部寸評

博士の物語を超えた最高傑作!

あなたには迷ったときに還る場所があるか。彼には明確に、あった。「少年は生涯を通じ、その日曜日の出来事を繰り返し思い返すことになる。他の思い出たちとは違う別格の小箱に仕舞い、何度でも開けてそっと慈しむことになる。チェスに裏切られたと感じるほどに傷ついた時、マスターとの思い出に浸って涙ぐんでしまう時、あの柔らかい冬の日差しに包まれた回送バスでの一局をよみがえらせ、マスターが教えてくれたチェスの喜びに救いを見出すことになる」と。書き写しながら、また目頭が熱くなる。なんてやさしく美しい文章なのだろう。還る場所さえあれば、人は絶望の中でも生きていける。そして全編このテンションで書かれているのが本書なのだ。僕にとっての還る場所のひとつがこの物語となった。著者の最高傑作だと断言したい。

横里 隆 本誌編集長。来月はいよいよ創刊15周年記念号です。特別付録のDVDは約250分収録の大充実! ぜひ!

彼の人生に光を与えたマスター

あなたに初めてチェスを教えたのがどんな人物だったか、私にはよく分かりますよ」。海底チェス倶楽部のパトロン“老婆令嬢”が、リトル・アリョーヒンと対局したときに彼にかけた言葉だ。この一言を聞いたときに、彼は自分の中にマスターが残してくれたものが息づいていることを知る。唇に奇形を持って生まれ、内向的で現実の世界ではなかなか友人を持つことすらできなかった「坊や」が、マスターと出会い、チェスを知ったことで自分の生きていくべき人生に気づき、そこで自信を得ていく。自分の人生に必要な人とは必ず出会うことができる。明日も生きてみようと思う強い希望を抱かせてくれる一冊。読後は、チェスという深遠なゲームに熱烈な興味が湧くと同時に、それを生み出した人間の優しさに心が震える。

稲子美砂 『君去りし後』はシリーズ未読の方も楽しめる一編。これを入り口に海堂ワールドにハマっていただけると

触れたり語り合えなくても

反則を取られて倶楽部に入れず落ちこんでいる少年にマスターは言う。「チェス盤の上では、強いものより、善なるものの方が価値が高い」。この師匠に最初に出会えたことはまったく幸運だった。少年が働き始め、いろんな対戦相手に出会っても、美しい詩を盤上で奏で続けられたのは「慌てるな、坊や」の教えがあったからだ。祖母の存在も大きい。孫をあふれんばかりの愛情で満たし、尊重した。老婆令嬢との対戦のあと、「他の誰にもできないことが、特別お前だけはできるんだね。おばあちゃんは自慢でならないよ。お前は神様に指差された子なんだよ」というくだり、涙がぼろぼろ出た。直接抱きしめられたり、会話したりできないのに(だからこそ)、暗闇の中で温もりを感じられる。少年が愛に満たされていて、本当によかった。

岸本亜紀 立原透耶『ひとり百物語 怪談実話集』好評発売中。東雅夫『怪談文芸ハンドブック』も3月27日発売予定

抽象の積み重ねが生むリアル

小説をほめる時、よく「リアルだ」と言われる。共感しやすい人物、ありそうな出来事。そんなものは、本書にはまったくない。唇に脛毛の生えた少年、優雅なバスで暮らす巨漢、家と家の間に挟まったままの少女。彼らを統べるのはチェスであり、その「美しさ」。そんな境地が、読者に「リアルに」想像できるだろうか。普通ならできない、だが本書を読むとできてしまう。それが小川洋子の凄さだと思う。例えばチェスのワンシーン。「大地の奥で気体が結晶となる時のような静寂が、あたりを包んだ」。この1行だけ引用しても抽象的でわからない、しかし本書の適切な位置に置かれると、ありありと「美しさ」を伝えてくる。そんな抽象の積み重ねから生まれる「リアル」は、儚く「うしなわれる予感」に満ちて、それもまた小川作品の魅力だ。

関口靖彦 映画『百万円と苦虫女』監督・タナダユキさんの初オリジナル小説『ロマンスドール』、ぜひ一読を!

ただひとつの場所

リトル・アリョーヒンのこと、自分だと思った。小さくて、唇が閉ざされていて、世界と自分の間にいつもボンヤリとした何かがあって。大きな本棚のいちばんうえ、つま先立ちしてめいっぱい背伸びしてもまだ届かない、それくらい、世界もお友だちも遠くにあった。友だちなんてちょっとしかできないけど、それでもあの回送バスでちゃんとマスターと出会えて本当によかった。って思うだけで、また泣きそうになる。

飯田久美子 チェスならナボコフの『ディフェンス』も好き。団鬼六『真剣師 小池重明』、保坂和志『羽生』も一緒に!

これぞ小川洋子の最高傑作!

圧倒的だった。著者は、8×8という限定されたチェスの盤上に、不意に浮かび上がる一瞬や永遠を、ことばを操り、綿密に物語を練りあげ、うっとりするような旋律で奏でてくれた。チェスにその身を捧げたリトル・アリョーヒンと彼を取り巻く温かい人々……師匠の死の場面では切なくて哀しくて涙があふれた。人々にその存在を知られず、ひっそりと生きた伝説のチェスプレイヤー。でも私の心には彼の物語が刻まれた。

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その光景を感じてほしい

生まれつき唇に障害をもつ主人公は、人と言葉を交わすことが苦手だ。しかしチェスの世界を知り、たとえ対戦相手と顔を合わせなくとも、言葉などよりも深く相手とコミュニケーションができる。また、狭い世界で暮しつつもチェス盤を通して、僕らには計り知れないほど広大な世界を見ている。本書を読むうえでチェスのルールを理解する必要はない。主人公の祖母のように、その美しい光景を感じることができるはずだ。

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人生に大切なものは少しでいい

斜め移動の孤独な賢者“ビショップ”、決して後退しない小さな勇者“ポーン”。のちにリトル・アリョーヒンと呼ばれる少年は、テーブル式のチェス盤の下に潜り、猫を抱きながら、これらの駒を丁寧に操る。そんな少年の人生は、白と黒の深く広い海を泳ぎながら愛も悲しみも静かに受けとめていく。この物語を読んで思う。人生はゆっくりでもいい。おだやかに、本当に大切なものを知ることができたら、それでいいのかもと。

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甘いお菓子とやさしい記憶

リトル・アリョーヒンがリトル・アリョーヒンと呼ばれる前、ただ“坊や”と呼ばれていた頃の、甘いお菓子の匂い漂うマスターとの日々をとてもうらやましく思いながら読んだ。彼の人生はその才能に比例することなく華やかさとは無縁だったが、マスターとの穏やかな思い出はそれに匹敵する宝物だと思う。自分の“才能”との出会いが甘いお菓子と正しい大人と賢い猫とともにあるなんて、ロマンティックだなぁ。

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ぬくもりと優しさに包まれる

思い出したのは祖父のことだった。失ってしまった今も、祖父の笑顔や、頭をなでてくれた大きな手、抱きしめてくれたあたたかな匂い、そういうものはすべて覚えている。たとえ思い出は薄れゆくものなのだとしても、どこかに残っている。主人公のマスターとのやり取りや、彼を見守る祖母のまなざしは、そんな忘れていた五感の記憶を呼び覚ましてくれた。泣きたくなったけど、泣かなかった。ただそっと、胸にしまった。

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対局ごとに現れる多彩な美しさ

美しいチェスとはどのようなものなのだろう。リトル・アリョーヒンは、自分と相手のいかなる手もあるべき流れの中に位置づけ、美しい棋譜を残すという。実際の棋譜を見ることはできないが、丁寧に描写される対局はいずれも詩的な想像力に満ち、彼が描き出さんとしている棋譜がいかに美しいものであるかを空想させる。彼が対局を行うたび、自分もチェスの美しさを理解し、そんなチェスを指してみたいと強く思った。

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盤越しの出会い・別れに感涙

小川洋子さんの本は、どうしてこんなにも泣かせてくれるのだろう。11歳のままの大きさのリトル・アリョーヒン。彼は小さいけど、決して弱くない。チェスの海を盤下から眺め、そして深く深く泳ぐ。自らのチェスにマスターの面影が映し出されていることに気付くシーンや、老婆令嬢との最後の対局、そして意外な形での再会など、各所で涙した。交流のほとんどがチェス盤越しなのに、とてつもなく深い交歓が描かれていた。

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