【ダ・ヴィンチ2015年11月号】今月のプラチナ本は『颶風の王』

今月のプラチナ本

更新日:2015/10/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『颶風の王』河﨑秋子

●あらすじ●

明治の世。捨造は東北から新天地・北海道へ向かっていた。道中、捨造は童女のように生きる母からもらった紙切れを開く。それはいつもの、幼子が書いたようなものではなかった。雪崩で馬と遭難しながらも、その馬を食べて生き延び、腹の中の捨造の命を守りきった、母の壮絶な人生の記録だった─。力が及ばぬ厳しい自然の中で、馬が、人が、懸命に生きている。酪農業を営みながら小説を書き続ける著者が、圧倒的なスケールでおくる、馬とかかわる数奇な運命を持つ家族の、明治から平成まで6世代の歩みを描いた感動巨編。三浦綾子文学賞受賞作。

かわさき・あきこ●1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊を飼育・出荷。2012年「東陬遺事」で北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。14年『颶風の王』で三浦綾子文学賞受賞。

河﨑秋子 KADOKAWA 1600円(税別)
写真=首藤幹夫
撮影協力:モーヴァン乗馬クラブ
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編集部寸評

 

生きる意志の連なりの果て、誰もがここにいる

家族というものを考えるとき、私の頭にぱっと浮かぶのは自分の親と子、計3世代がせいぜいだ。祖父母ですら、盆暮れに顔は合わせていたものの、その半生を真剣に聞く機会もないまま他界した。歴史に記録が残るような家ではなく、だからこそ、生き延びて子を残していくのは只事ではなかったはずなのに。私の手元には、その苦難と喜びのかけらも残っていない。そんなことを、この6世代にわたる家族の物語は思い出させてくれた。本書の家族は常に馬とともにあり、馬とともに生きた土地があった。馬、土地、手紙、わずかに残った〝家族の記憶〟が現代を生きる子孫の中にふと蘇りその力となる、そんな生命力が描かれた作品だ。何代にもわたって親が子に込めてきた「生きろ」という念の連なりの果てに、自分が生きていることを知ることができた。

関口靖彦 本誌編集長。240ページちょっとの小説で、時間的にはすぐに読めるのですが、“大きな物語”とでも言いたくなる充実の読後感。「泣ける」「一気読み」ではない、小説の魅力が味わえます。

 

思いの継承と命の継承

雪の中で遭難したミネが愛馬を食らう場面の壮絶さ。身籠っていなければ、その肉を食らってまで、生き延びようと彼女も思わなかったのではないか。本作を読んで打たれるのは、「むくいねば」と常日頃から家族と同等もしくはそれ以上に馬を愛し、慈しんできた捨蔵の思いが、その子孫に受け継がれていくところである。同時に、そうした強い意志を持っていても、厳しい自然の前には「オヨバヌ」と諦めざるをえない無情な現実があり、口惜しさにまみれながらもそれを真摯に受け入れるさまは、著者の日々の生活の実感なのだろう。ミネのようにその肉体から削いだ肉を直接食らうことはなくても、私達の命はほかの命を犠牲にし、生きながらえている。人として思いをつなぐこと、生き物として命をつなぐこと。自分にその役割があることを強く意識させる物語だった。

稲子美砂 西加奈子さんのエッセイ集『まにまに』が発売になりました。『ダ・ヴィンチ』連載も含む雑誌等に掲載された6年分のエッセイをまとめたもの。110Pのインタビューも併せてお読みください。

 

いま生きていることの奇跡と命の懸命さを思う

すでに家系図も紛失しているので、詳しくはわからないが、昔、父から曾祖父母と祖父母の話を聞かせてもらったことがある。多少は脚色もあるのだろうが、彼らが厳しい時代をどうやって生きのびてきたのか、自分がどういう経緯で誕生したのか、ルーツを知ったその日から、家族というものに対する新たな意識が芽生えたことを覚えている。自分を直接産み育ててくれた身近な家族ではなくとも、命をつないでくれた家族の物語は、その後の私の人生を支えてくれたように思う。本書で綴られているのは、北海道の厳しい自然を馬とともに生き抜いてきた家族の6世代にわたる壮大な物語だ。だがきっと、すべての家族に彼らのような物語があり、自分もその一端を担っているのだ。読後、爽快感とともに、自然、動物、人の力強さをしみじみと感じた。

服部美穂 歴史は苦手で、中国史にも三国志にもさして興味のなかった私が、数年前に突如ドハマリしたマンガ『キングダム』! ぜひ、かつての私のような人、なかでも女性に読んでいただきたいです!

 

自分の人生への期待を胸に、新天地へ

貧しい暮らしの中、黙々と働き自分の道を見つけた捨造。隣の芝生をうらやむのではなく、置かれた状況から進むべき道を切り開いていく姿は、戦後や震災後の復興に力を注ぐ人々の姿と重なる。それは厳しく地道な道のりだけど、ふと足をとめて、後ろを見やれば、そこには確実な成果が見られるのだ。馬とともに北海道へ渡り開拓民となった捨造。彼に感じる力強さと未来への希望が、粗削りながら次回作も読んでみたいと思わせる作者の作風とリンクして、清々しい読後だった。

鎌野静華 いい年して外出中に転び足首を痛める。久しぶりに頭痛で起き上がれず救急車を呼ぶか迷う。ここ数年なかったことが立て続けに起こりヘコむ。老化か。

 

分かち難い険しさと美しさ

作者が刻み込むようにして描く北国の途方ない寒さや乾きは、ひとたび読者の脳裏に浮かんだが最後、人間のちっぽけさを抗いがたく突き付けてくる。生物としての本能が呼び起こされる瞬間だ。雑事を諦め、生に専心したときに“せずにはいられないこと”とはなんだろうか。本作が描く一族の傍らには血をわかった家族や、馬がいた。彼らは運命をともにし、同じ風に吹かれて死んだ。ただそれだけのことがどうしようもなく心に残っている。この作者の小説をいつかまた読みたい。

川戸崇央 王騎さん特集。最初の企画書通りに誌面が出来た稀過ぎるケース。原先生、担当の金上さんはもちろん偉い人まで。各位のノリの良さに感謝です。

 

生きる力強さをビンビン感じさせてくれる

仕事でご縁があり、ここ10年くらい北海道へ行く機会が多くなった。今では大切で大好きな場所なのだけれど、道民の方と話をしているとたまに「開拓」という言葉を聞く。関西出身の私はとても新鮮だった。本書は東北から、「生きる」ために新天地・北海道の開拓へ向かった一族の6代に渡る物語。彼らの傍らにはいつも「馬」がいる。「生き続ける」ことの尊さ、そして力強さを、この地で這うように生きる人と馬たちが教えてくれる。読みやすい文で綴られながら、壮大で骨太な作品。

村井有紀子 『エロイカ』特集担当。15年以上『エロイカ』ファンである私には、私利私欲の特集でございました。青池先生にお会いできて幸せすぎました……

 

自然への畏怖、生命の力強さ、愛を感じる物語

北の大地に根をおろし、馬飼いを生業にして繁栄と苦難を越えてきた祖先から6世代にわたる家族の物語。祖となる捨造の母は雪崩で馬と遭難し、腹の中の彼を守るために、可愛がっていたその馬を食べて生き延びた。まさに「馬の子」ともいうべき捨造は、自らも馬とともに生き、子孫をのこす。捨造一家に育てられた馬もまた然り。人智の及ばぬ大自然のなかで、地道に、力強く生き繋いでいく人と馬の家族が、味のある筆致で描かれた本作。読後、心にじんわりと命への愛が灯る。

地子給奈穂 母の叔母たちが江戸時代からの家系図を作っていたのを思い出した。夫と私から各祖先のルーツを探って家系図を作ってみたい。絶対おもしろい。

 

「人生のドラマ」に思いを馳せる

個人的に、親から子、そして孫へと、何代にも渡って連なるドラマというものに滅法弱い。馬と共に生きる一族の、壮大ながらも、リアルで泥臭い物語。もしかしたら自分自身や身の回りの人々の人生にも、こんなドラマがあったのかも知れない、と想像を巡らせてしまう。いまここに自分が生きていることは、度重なる苦難を乗り越えた先にある、紛れもない奇跡なのだと、そんな大仰なことを、ごく自然に感じさせてくれる傑作。早く著者の次作を読みたい。この思いに尽きる。

鈴木塁斗 「壮大な物語」繋がりですが、『METAL GEAR SOLID V』をプレイ中。ゲームは遂にここまできたのかと、PS4の電源を入れる度その完成度に震えています。

 

人も、馬も、息づいている

最初の一文から引き込まれてしまった。明治初期から現代まで、馬と運命を共にしたある一族のサーガが、むせ返るほどに濃厚な臨場感で描かれている。世代を超え、自然の脅威に翻弄されるほど輝きを増していく、彼らの命の息遣いを確かに感じた。蛇足かもしれないが、又吉直樹さんの『火花』が芸人である彼にしか書けない作品であったように、本書は羊飼いを生業とする著者にしか書きえない小説だ。どうか手に取って頂きたい。物語の醍醐味を味わう一冊であった。

高岡遼 夏休みでタイに行きました。下半期分のパクチーとナンプラーをお腹に詰め込んで帰国するも、翌日にはカオマンガイを食べていました。無意識でした。

 

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