話題作『ふったらどしゃぶりWhen it rains, it pours』 BLだから描ける愛と心の真実 対談 一穂ミチ×三浦しをん

ピックアップ

更新日:2013/12/17


左:一穂ミチ
いちほ・みち●2008年、『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。他の代表作は、『is in you』『ステノグラフィカ』など。

 
右:三浦しをん
みうら・しをん●東京都出身。2000年、小説『格闘する者に○』でデビュー。06年に『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を、12年に『舟を編む』で本屋大賞を受賞。他の代表作は、「神去」シリーズなど。『本屋さんで待ちあわせ』など書評やエッセイの名手でもある。


advertisement

 

絶妙な男性描写
“おじさん”に触れる面白さ

三浦しをん(以下、三浦) 私、かなりBLを読んでいるんですが、一穂さんの作品は中でも大好き。デビュー作からすべて拝読しています。

一穂ミチ(以下、一穂) ありがとうございます!

三浦 心理描写がすごく丁寧で、登場人物皆が現実に生きてる生身の人間のように感じられる。

一穂 ほんとですか。自分はむしろ人の気持ちがわからないと思っていて。クラスで誰と誰が付き合ってるとか最後に知るタイプ笑)。だからいつも、これで読者に伝わるかなと思って書いてるんですよ。

三浦 いやいや、多分一穂さんはすごく敏感で、鋭く観察していらっしゃるんだろうと思います。男の人の描写が絶妙なんですよ。ああ、確かにこういうことしゃべってるよなって、実在感があります。ちょっと愉快な会話とかもあって。『ふったらどしゃぶり When it rains, it pours』(以下、『ふったら~』)だと、主人公の一顕と整の 「ホテルの歯ブラシはでかい」というやり取りが大好き。「そうだ、そのとおり!」って思って。確かに今までホテルで歯を磨くたびに、何となく違和感を感じていたけど、ぼんやりやりすごしていた。それが明確に表現されているんです。実は昨晩、たまたま仕事の関係で某ホテルに泊まったんです。で、綿棒を使おうと思ったらパッケージが4連になっていて、そのうち右から2番目だけが明らかに異常に大きいんです! 1.8倍くらいある。「これだな!」と。歯ブラシに次ぐ、「ホテルに置いてあるアメニティは若干作りが甘い」問題(笑)。一穂さんの作品を読んでいなかったら、私はこの綿棒についてあまり気にしなかったと思います。そういう自分の現実にもリアルに影響してくるようなことがいっぱいあって、一穂さんの作品はすごく好きなんです。

一穂 リアリティという部分で言うと、自分以外の人の考えに触れるのが好きなんですね。当たり前ですが、皆私とは全然違うことを日々考えている。そういうの面白いなって思うんですよ。私、会社勤めをしているんですが、そこはおじさんが多い。いつもごはんを一緒に食べるんですが、そのときの話がいろいろ面白くて。こないだも40代ぐらいの人が、「俺、子どものときにビオフェルミン一瓶なめたことあるよ。おやつ代わりに」って言ってて。えええ! みたいな(笑)

 
 

性欲の問題を追及
心の本質を描ききる

三浦 『ふったら~』は性欲の問題を追及していますよね。女性の恋人とのセックスレスに悩む一顕と、男性の幼馴染みに片思いしている整。この問題ってもっと掘り下げられてしかるべきなんだけど、見て見ぬ振りをしてきた感じがする。『ふったら~』ほど正面から性欲について取り上げた創作物は、ほとんどないと思います。とくにBLの場合、カップルの気持ちが通じ合うということに、セックスがものすごく絡んでるじゃないですか。肉体関係がないと本当の恋愛の成就がないという。しかもその性欲がすごいんだ(笑)。何て言うんだろう、何の苦もなく性欲を発動できるし、二人の性的な波がぴたりと合っている。心もしくは体だけじゃなくて、全部が通じ合っているんだと言っているわけで、だからこそ読者も安心して楽しめる。でもよく考えると、それってあまり現実的ではないですよね。この人たちはこの後も永遠に性的バイオリズムが一致して、充実しまくりのセックスライフを送るのかと(笑)。読んでるときはあまり気付かない、とうか目をつぶってるんですけど、「いや、そんな充実状態は、現実ではなかなかありえないし、つづかないよな」と、今回この作品を拝読して、改めて気付かされました。本来、性欲ってもっと複雑な問題。そこに焦点を当てたこの作品は、BLの根幹を揺るがす問題作だと感じます。もちろんいい意味で。どうしてセックスレスをテーマにしようと思われたんですか?

一穂 フルール文庫のテーマが「官能」なんですけど、私はそういうのを書くのが上手くないんです。じゃあとにかく、セックスしたくてたまらない人を出そうと(笑)。それが始まりですね。

三浦 一顕の恋人のかおりもいいですよね。彼女の気持ちもとてもよくわかる。かおりがいるから物語がより切実になる。一顕は彼女との関係に悩み抜いた末に、自分の心を受け止めてくれるただ一人の人、整を見つける。性欲の問題が語られているんだけど、その根本にあるのは、誰かとわかり合いたいっていう、人の中にある普遍的な気持ちです。これは、BLだからこそ描けた題材かなと思うんです。セックスレスで悶々とする男女の話だったら、セックスできる別の女性にフラフラした時点で、ただの浮気でしょと思っちゃう。ヘテロのカップルを描く恋愛小説だと匙加減が難しいですよね。

一穂 確かに私自身、男同士じゃないと書けなかったかなと思います。一顕は、自分の悩みを女性には打ち明けられなかったはずです。女性にわかってたまるか、という感情もある。同性で本当に自分の気持ちをわかってくれる整だから、吐露できたんですね。

 

一穂作品すべてに涙
登場人物の心に触れて

一穂 私も、三浦さんの本は必ず拝読しているんですよ。最初に読んだのは、古本屋さんの話の『月魚』。どの作品も、小説としてひたすら面白くてすごいなと。私が毎週愛読している『週刊少年ジャンプ』と同じ心の高まりで読めるんです! 圧倒的リーダビリティ。『政と源』も発売直後に拝読しました。おじいちゃん二人が主人公で、ユーモアがあって軽い内容のようなんですが、実はすごく普遍的なことを描いている。物語のそこかしこで、ぱしっぱしって心を打たれる場面がありました。色のイメージも素敵でしたね。空やつまみ簪や源の髪や、そういういろいろな色が重なって広がっている。全体にちょっと寂しいような雰囲気もあって、それも大好きでした。夕暮れの商店街をお母さんと歩いているような、何かそんな感じ。

三浦 ありがとうございます。私は、一穂さんの作品を読むといつも涙が出てしまうんですよ。『小説 Dear+』に書かれていた「イエスかノーか半分か」も号泣でしたよ。新書館の編集さんに、“また傑作が!”ってメールしちゃいました。

一穂 あ、実はそれ転送していただきました。本当に嬉しくて、保存して辛いときに見ています。“誉めてくださる人もいる”って。

三浦 たくさんの読者がそう思ってますよ! 本当に泣いちゃうんです。しかもそれは、感動した! みたいな簡単な涙じゃないんです。そもそも、一穂さんは読者を泣かせようとして書いてらっしゃらない。でも泣いてしまう。自分が今まで感じていたけど、上手く言語化できていなかった気持ちや感情が、登場人物の心の動きや言動を通して、物語として表現されている。それで私も、自分はこれで苦しかったんだとか、これに喜びを感じていたんだとか、そういうことに気付かされるんです。その瞬間こみ上げるものがあって、泣いてしまう。やっぱり一穂さんの登場人物は生きている。読んでいていつも、彼らの心に触れられた気がします。

一穂 登場人物を書くときには、「誰も否定しないようにしよう」と思ってるんです。男性が好きでも兄弟姉妹が好きでも、その気持ちは否定できない大切なもの。物語の中だったら何でも許されるし、読者もどう読んでもいい。物語ってそういうものだと思うんです。私も、だからこそ読者としていっぱい救われたり励まされたりしてきました。どんな人にもその人なりの主張や信念、生きてきた人生がある。それが伝えられればなと思いますね。

三浦 ほんと、すごく伝わってきますよ! 一穂さんの作品には、小説のよさが詰まっていると思います。物語を自分に引き付けても読めるし、あるいは物語から自分とまったく違う人の人生を物語から知ることもできる。現実では、ごく親しい間柄でもない限り、ほかの人が何を考えて何をしているのか、ほとんどわからないじゃないですか。でも一穂さんの小説を通して、他者の心に触れ、他者を深く知ることができる。そういう点でも、『ふったら~』は誰が読んでも絶対に面白いですよね。BLを読んだことのない方にも、ぜひ手に取っていただきたいです。すごく素敵な恋物語です。男性が読んでも、身につまされたり、「かおりの次の恋人は俺だ!」って立候補したくなったりすると思いますよ。

一穂 そうですね。最初はちょっと男性同士の関係にびっくりしちゃうかもしれませんが、でもごく普通の男の子たちの話なんです。ホテルに籠っても、明日月曜日だから会社行かなきゃって思うような。だから、構えずに読んでいただけたらなと思いますね。

 


『政と源』(三浦しをん/集英社/1470円)

『政と源』三浦しをん/集英社/1470円)

東京都墨田区Y町。つまみ簪職人の源二郎と元銀行員の国政。二人合わせて146歳。ケンカばかりだが仲良しの幼なじみ。彼らを巡りさまざまな事件が巻き起こる下町人情譚!

『まほろ駅前狂騒曲』(三浦しをん/集英社)

『まほろ駅前狂騒曲』三浦しをん/文藝春秋/1785円)

待望のシリーズ第3弾! まほろ市の駅前で便利屋「多田便利軒」を営む多田啓介と行天春彦。子ども嫌いにも関わらず4歳の女の子「はる」を預かることになったふたりが巻き込まれる騒動とは?


 

『ふったらどしゃぶりWhen it rains, it pours』(一穂ミチ/著 竹美家らら/文藝春秋)

『ふったらどしゃぶりWhen it rains, it pours』一穂ミチ/著 竹美家らら/イラスト/725円)

同棲中の恋人とのセックスレスに悩む一顕。一緒に暮らす幼馴染を想い続ける整。ある日、一顕が送信したメールが手違いで整に届いたことから、互いの正体を知らぬまま、ふたりの奇妙な交流が始まる。満たされない愛を抱えた二人の距離は、しだいに近付き……。
2014年1月からは、WEB小説マガジン「フルール(fleur)」で続編を連載予定。