暮らしのスペシャリストたちが選ぶ新たな文学賞「暮らしの小説大賞」

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公開日:2014/6/20

2014年6月3日(火)、本と雑貨のセレクトショップ、マルノウチリーディングスタイルのカフェスペースにて、第1回「暮らしの小説大賞」(主催:株式会社産業編集センター)の授賞式が行われた。
「暮らしの小説大賞」は、<暮らし>と<小説>をつなぐ新しい文学賞として株式会社産業編集センターが立ち上げ、昨年、第一回目の公募が行われた。本賞の特徴は、作品テーマが「衣・食・住」であればジャンルや小説の執筆経験の有無は問われないため、誰もが気軽に応募できること。大賞に輝けば、同社から単行本として出版され全国の書店に並ぶ、つまり作家デビューが約束されていること。そしてもうひとつ、大賞を決める選考委員が作家や文学評論家ではなく、3名の“暮らしのスペシャリスト”であるという点だ。

暮らしと小説をつなぐ新しい文学賞

(左から)飯島奈美氏、谷あきら氏、幅允孝氏

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(左から)飯島奈美氏、谷あきら氏、幅允孝氏

授賞式はまず、この3名の選考委員の紹介からスタートした。
登壇したのは、フードスタイリストの飯島奈美氏、インテリアショップ オルネドフォイユ・オーナーの谷あきら氏、BACH(バッハ)代表・ブックディレクターの幅允孝氏だ。
次いで行われた開会挨拶では、産業編集センター編集部・福永恵子氏が、本賞を新設した理由と第一回目の応募状況を語った。
「普段、あまり小説を読まないような人たちにもっと身近に小説を感じてもらいたい、そんな思いから2012年秋に“暮らしの小説大賞準備室”を立ち上げました。ファッション、食、ライフスタイルに関する実用書は人気があるので、そういう本に興味を示す人たちが読める小説を発信できれば、新たな小説分野が確立できるのではないかという希望と、野心もこの賞に込めています。
また、暮らしと小説をつなぐ新しい文学賞ということで、選考委員にはフードスタイリストの飯島奈美氏、インテリアショップ オルネドフォイユ・オーナーの谷あきら氏、ブックディレクターの幅允孝氏のお三方を迎え、選考に臨んでいただきました。
そして第一回目の応募総数は329作品、男女比はほぼ半々で、10代から80代までの方々がエントリーしてくださいました。ジャンルもホラー、サスペンス、時代小説、ライトノベル、ハーレクィーン系など、多岐に渡る分野の小説でしたが、いずれの作品も暮らしと小説を意欲的に結びつけられていました」。

大賞は髙森美由紀さんの『ジャパン・ディグニティ』

大賞トロフィーを持つ髙森美由紀氏。

大賞トロフィーを持つ髙森美由紀氏。

そしていよいよ、大賞作品の発表が行われた。
産業編集センター出版部部長、志摩千歳さんが登壇し「大賞は髙森美由紀さんの『ジャパン・ディグニティ』です。おめでとうございます」と、著者の髙森氏を檀上に呼び込んだ。
満場の拍手の中、みごと329作品の頂点となる大賞を受賞した髙森氏が登壇し、トロフィーや記念品を受け取った後、受賞の喜びを表明した。
「青森からきました、髙森美由紀と申します。この度は素晴らしい賞を授けてくださいまして、誠にありがとうございます。今回の受賞を励みに、これからも書いていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました」。
続いて、選考委員各位が髙森氏への祝辞を述べた。
「髙森さんの作品からは、漆塗り職人さんの日常などを細かく知ることができて、とても興味深かったです。もしこの作品が映画化された際には、ぜひ、私にフードスタイリストをさせてください」(飯島奈美氏)
「僕は仕事で雑貨を取り扱っていることもあり、髙森さんがテーマとして描いた伝統工芸品の世界に、最後までグイグイ引き込まれてしまいました。僕は選考委員ですが、じつはあまり小説は読みません。この作品はぜひ、僕のような普段あまり小説を手に取らない人にどんどん読んでもらって、小説の面白さを知ってほしいですね」(谷あきら氏)。
「今回の選考にあたり、いろんな角度から暮らしをテーマにした小説が読めて、とても楽しかったです。その中でも髙森さんの作品は、漆塗り職人を目指す若い女性の成長譚で、主人公を取り巻く家族の描写もとてもユニークでした。作家デビューすると今後も書き続けなければいけないと思いますが、ぜひ、がんばってください」(幅允孝氏)。

『ジャパン・ディグニティ』の読みどころ

次いで再度登壇した福永恵子氏が、大賞作の読みどころを語った。
「最終選考に残った5作品の中で、『ジャパン・ディグニティ』がいちばん骨太な作品、というのが選考委員の一致した意見でした。青森の伝統工芸である津軽塗り職人を父に持つ娘・美也子(22)を主人公に、津軽塗りを通して世の中と人生にコミットしていく様を、爽快かつ痛快に描いている点が読みどころのひとつです。
もうひとつの読みどころは、主人公の暮らしぶりにあります。職人の道を目指して以降も、紆余曲折の日々を送る主人公が、掃除や料理といった日々のこまごまとしたことをとにかくコツコツとていねいに行いながら心を癒し、元気になり、次の一歩に続くように生活を送ります。その姿がとてもリアルで、暮らしってこういうものだよな、とその原点を思い出させてくれます」。
最後に大賞作品『ジャパン・ディグニティ』の今後の単行本化に向けたスケジュールが発表された。
登壇した産業編集センター販売促進部の前田康匡氏によれば「現在、編集・改稿作業を行っており、発売は10月予定」だが、タイトルに関しては「『ジャパン・ディグニティ』から変更させていただく可能性がある」とのことだ。
また前田氏は「これから募集を開始する第2回暮らしの小説大賞は2014年11月25日が締め切りとなります。ぜひここにいらっしゃる皆さんも、ふるってご応募ください」と会場に集まった多くの報道関係者や書店関係者にも次回の本賞への参加をアピールし、第1回「暮らしの小説大賞」授賞式は閉会となった。

大賞作 髙森美由紀著『ジャパン・ディグニティ』のご紹介

髙森美由紀氏プロフィール

1980年生。派遣社員。青森県在住。第15回ちゅうでん児童文学賞大賞受賞。著作に『いっしょにアんべ!』(第15回ちゅうでん児童文学賞大賞受賞作/フレーベル館・刊)がある。
 

●ストーリー

22歳の美也子は津軽塗り職人の父と、デイトレーダーをしているオネエの弟との3人暮らし。母は、貧乏暮らしと父の身勝手さに愛想を尽かして出て行った。美也子はスーパーのレジ係の傍ら、家業である津軽塗りを手伝っていたが、元来の内向的な性格と極度の人見知りに加え、クレーマーに苛まれてとうとうスーパーを辞める。しばらくの間、充実した無職ライフを謳歌していたが、やがて、津軽塗りの世界に本格的に入ることを決めた。50回ほども塗りと研ぎを繰り返す津軽塗り。
一人でこつこつと行う手仕事は美也子の性に合っていて、その毎日に張りを与え始める。父のもとで下積みをしながら、美也子は少しずつ腕を上げていき、弟の勧めで、オランダで開催される工芸品展に打って出ることに。

●解説

伝統工芸を通じて、生き方を学び、未来を切り開いていく女性の、真面目でコミカルで、どこか力の抜けた日々を描く、北国ものづくり小説。

●著者インタビュー

授賞式の当日、ダ・ヴィンチ本誌取材班による著者インタビューが行われた。『ジャパン・ディグニティ』が一般向け長編小説の処女作となる髙森氏は、「市井の人々の、さりげない暮らしぶりを書きたいと思いました。目立ちはしないけどしっかりと、したたかに生きる人たちをていねいに書くことを心がけました」と語った。
著者インタビューの詳細は、ぜひ7月5日発売の本誌ダ・ヴィンチで!

第1回「暮らしの小説大賞」選評

飯島奈美 NAMI IIJIMA(フードスタイリスト)
“個性的な賞、身近なテーマ”で良いですね。作品はどれも読みやすくて楽しめました。最終選考に残った5作は、人との関わり方とか、距離感について考えさせられるものばかりで、そういうものを発信したいと思っている人が多いことを感じました。この賞や受賞作をきっかけに、暮らしが少しでも豊かになるといいなぁと思います。それにしても、皆さん、仕事をしながらの執筆ですよね。すごい……。

谷あきら AKIRA TANI(インテリアショップオーナー)
普段、小説を読む機会がほとんどない僕が選考委員だなんて……、と思いながらお引き受けしましたが、候補作を読みながら、仕事に追われている人たちこそ、小説を読むべきだと思いました。描かれている細かいことがきっかけになって、自分でも忘れていた記憶があれもこれも思い出されてくるのは、すごく新鮮でした。立ち止まって振り返ることって大事ですね。びっくりしたのは、どの作品でも、出てくる女性がみんな冷静で強かったこと。男は……ダメだなぁ……。

幅允孝 YOSHITAKA HABA(ブックディレクター)
「暮らしの小説大賞」って、ありそうでなかった賞だと思います。例えば「食べ物を表現したい!」というモチベーションに対して、表現手段として小説が選択肢に入ってくることは少なかったと思うのですが、この賞はその導線の役割を果たしてくれるのではと感じています。皆さんが嬉々として書いていらっしゃるのがすごく印象的でした。「暮らし」というつかみ所のないテーマに対して、それぞれの視点、深度で作られた、読み応えのある物語ばかりでした。今回は、そんな中でも骨太なものが受賞を果たしたように思います。ベクトル次第では他の作品が受賞することになっていたと思いますよ。

●第2回「暮らしの小説大賞」募集要項

<内容>
生活・暮らしの基本を構成する「衣食住」のどれか一つか、もしくは複数がテーマあるいはモチーフとして含まれた小説であること。

<賞>
大賞受賞作は単行本として出版いたします。
単行本出版の際には、弊社規定の印税をお支払いたします。

<応募締め切り>
2014年11月25日

<選考方法>
選考委員と産業編集センター出版部により選考いたします。

<発表>
2015年5月 産業編集センター出版部ホームページ上にて受賞作および詳細を発表いたします。

<主催>
産業編集センター出版部

主催者からのメッセージ
「暮らしの小説大賞」は選考委員が暮らしの専門家というユニークな文学賞です。既存のイメージにとらわれない、個性とオリジナリティのあふれる作品をどんどん発掘していきたいと考えています。肩ひじ張らず、楽しみながら小説を書いて、気軽にご応募下さい。お待ちしております!(編集部 福永恵子)