森永製菓「日常を彩る一粒のキャラメルストーリー」コンテスト 結果発表
公開日:2015/11/6
「はなむけはキャラメルのかたち」 茶田さわ香
黄色い外箱から白い内箱が滑り出る瞬間が好きだった。
「ひとつぶどうぞ」
銀紙でひとつひとつ綺麗に包まれたような、折り目正しい祖母の喋りかたを私は今でもはっきりと覚えている。
高校生になっても、私は祖母の元を訪れるのが好きだった。部活のこと、友達のこと、家族のこと。どんなにくだらない話にも、祖母は穏やかに耳を傾けてくれていた。祖母の淹れたほうじ茶は、乾いた私の喉を温かくなでてくれた。
私のおしゃべりが一段落すると、祖母は決まってキャラメルの箱を取り出した。割烹着の大きなポケットは、だからいつも四角く膨らんでいた。 「ひとつぶどうぞ」もう何百回、その台詞を聞いたか分からない。
もうキャラメルに心が躍るような歳ではなかった。しかし、祖母が差し出すそれはなぜかいつまで経っても格別だった。なつかしい甘みがふにゃりと舌に沁み出す瞬間、私は無防備にただの孫でいることができた。
「これ、持って行きなさい」
祖母が巾着袋を私の手に押し付けたのは、改札口の前だった。私は高校を卒業して、隣の県で就職することになっていた。地元を離れるちょうどその日、祖母は私を駅まで見送りに来てくれた。
「こんなものしか渡せないけど、身体に気をつけるのよ」
その場で中身を確かめるのは憚られた。私はただ「ありがとう」とだけ口にして、巾着の紐をぎゅっと握りしめた。それ以上言葉を重ねたら泣いてしまいそうだった。
新幹線の中で袋を開けた。ポケットティッシュにハンカチ、それに見慣れたキャラメルの箱が入っていた。キャラメルの表面のビニールが剥がされていた。なぜだろうと思っていたら箱に書かれた黒い文字が目に入った。
「まいちゃんへ」
間違いなく祖母の筆跡だった。箱にペンを走らせる祖母の姿を想像したら、目頭が熱くなった。 「こんなものしか渡せないけど」祖母の声が繰り返し私の頭に響き渡った。
内箱を引き抜こうとして、何かが挟まっていることに気が付いた。慎重に指を差し入れる。長方形に畳まれた山吹色の千代紙が、おずおずと姿を現した。震える手で千代紙を広げた。包まれていたのは、四つ折りにされた一枚の千円札だった。
ぜんぜん「こんなもの」なんかじゃないよ、と思った。こんなに大切に思える千円に出会ったのは初めてだよ。ありがとう、おばあちゃん。千代紙の上のお札が、銀紙の上のキャラメルのように見えた。
新幹線が故郷の駅を滑り出ていく。
「ひとつぶどうぞ」
なつかしい声がふにゃりと舌に沁み出した。
「不惑帰省」 森 龍介
私は故郷の金沢へと向かう北陸新幹線「かがやき」の中で煩悶していた。
某省勤めから転職して以来なので、もう十数年ぶりの帰郷となるだろうか。昔気質の両親とは、転職を巡って大喧嘩をした挙句、絶縁状態になっていたのだ。罪深き長男……。
ただ、目下の悩みは帰省への不安ではない。奮発してとったグランクラスの優雅な気分を台無しにしているのは、クロスワードの問題だった。
(縦のカギ㉔ 森永ミルクキャラメルの箱に書かれた四字熟語の一つ)
この仮名六文字の言葉に囚われていた。
酒好きの私は甘いものを食べないので、幼少期の記憶に頼ってみたが、四字熟語は何一つ思い出せない。キャラメルから想起されるのは、スイーツ好きの先輩が漏らした「私達はキャラメルのような存在」というポエティックな言葉くらいだった。
クロスワードを解く際、ネットの使用は厳禁だ。クロスワードは、安易な検索に頼らず、己の知識・記憶を以て挑む知的遊戯なのだ。頑固と言われようが、この問題も必ず自力で解いてみせる。
縦の鍵が不明なら、それに重なる横の鍵を解いて文字列の一部を炙り出す。クロスワードの鉄則。
(横のカギ㉔ 裾が朝顔状に広がった○○○スカート)
朝飯前。答えはフレアなので、四字熟語の頭文字は「フ」だ。
私は脳内の四字熟語辞典を引いた。まず出てきたのは「不老不死」。不老不死のキャラメル──消費者庁を挑発しているし、仮名五文字だから却下。次は「不倶戴天」。六文字だが、激烈な憎悪が込められたキャラメルは怖すぎる。あとは、富国強兵、複雑怪奇、不眠不休、風紀紊乱……。
埒が明かず、新たなヒントを得ることにした。
(横のカギ㉜ 乾燥から肌を守る保湿成分)
これも楽勝。セラミド。三文字目は「ミ」と。
まだ判然としないので、最後のヒントにかけてみる。
(横のカギ㊾ 整形外科で表情ジワを解消する注射)
簡単。ボトックス。三つのヒントを開け終え、四字熟語は「フ□ミ□ッ□」だと判明した。が、直感で、その言葉が私の辞書にはないことも悟った。そもそもこれは正式な四字熟語なのか。
途方に暮れていると、富山駅に着いた。
下車準備をしていた、隣の三十代と思しき女性が声をかけてきた。
「よかったら、これどうぞ」
手渡されたのは、森永ミルクキャラメルだった。すべてを察していたのか、偶然か、箱は裏向きだった。
私がお礼を言うと、女性は握手を求めてきたので、快く応じた。
思えば、私は本当に頑固な人間だった。その強情さが、親との絶縁を招いた一因でもあるのだ。この数年でテレビ出演の機会が増えてからは、親子関係に修復の兆しもあるが、年齢的にも、もっと柔軟にならなければいけない。
握っていた箱をそっと反転させて表に向けた。
滋養豊富、風味絶佳な一粒を口に放り込む。
先輩は、我々オカマをキャラメルにたとえた。ほろ苦くて濃厚な人生だが、人を笑顔にすると。
もうすぐ金沢。私は実家の両親を笑顔にできるだろうか。
その他の受賞作
森永製菓賞 賞金5万円
「甘い記憶」 吉田由美子
読売新聞社賞 賞金5万円
「星のキャラメル」 古野絵里
ミルクキャラメル賞 賞金1万円
「母との甘いキス」 加藤すみ子
「友情キャラメリゼ」 長 源子
「ご褒美キャラメル」 前芝晶子
「小さな駅での見送り」 佐藤惠子
「折り鶴」 狩野友里
商品情報
1913年の発売以来、国民的お菓子として愛され続けてきた「森永ミルクキャラメル」。8月より「和栗」が加わり、全4アイテムが絶賛発売中!
※スーパー、コンビニ、ドラッグストア他にて販売されております。