マンガの常識を突き破った名作がよみがえる『To–y』&『SEX』上條淳士 インタビュー

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更新日:2017/6/12

タブーとされていた“音楽モノ”描ききった秘訣は?

あえて歌詞で表現しない演奏シーン。だが、ライブの臨場感は伝わる。

 上條作品の映像化では、1987年に『To−y』がOVA化されている。その際、「トーイの歌」が焦点になったわけだが、上條淳士はあえてトーイに“歌わせない”という演出を提案している。
 原作の『To−y』は歌詞で音楽を表現するのではなく、トーイが叫ぶ表情や動きといった絵だけで音楽を表現することで、ロック雑誌のグラビアを見るような臨場感が生まれた。もしアニメ版でトーイの歌が入っていたら、賛否両論が巻き起こっただろう。それにしても、なぜ音楽という難しい題材を描こうと考えたのか?

「編集部から芸能界のサクセスものを描いてほしいと提案されたんです。当時は21歳くらいで、主張することもできず、断れなかった。芸能界に興味がないし、困ったな……と思ったんですが、高校生の頃に通っていたライブハウスの話、インディーズバンドの話なら描けると思ったんです。芸能界と言いながら、パンクバンドの物語を描いちゃえと(笑)」

 マンガで音楽ものをやることは、当時はタブーだったという。

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「やるからにはそれを逆手に取って説得力を持たせなくちゃいけない。一番気をつけたことは、雰囲気で描かないということです。キャラが持つギターやスタジオの様子など、とにかくディテールを細かく描いていって、実際に存在しているくらいまで持っていくことで、ようやく読者は『○○っぽいバンドの音』というふうに自分の頭の中で置き換えてくれる。むしろ読者のイメージに委ねるような感じで描いていきましたね」

 芸能界の大人の事情と、何ものにも縛られない型破りな16歳の少年。この対比の中に80年代の予定調和を突破するカタルシスがあったわけだが、当時20代前半だった作者が、『To−y』を通して描き出そうとしたものとは?

「衝動です。一生懸命練習して上手くなるといった話ではなく、16歳の天才的な男の子が、それなりに野心も持っているんだけど、衝動的にしか行動できない。大人からすると失敗したように見えるんだけど、そこに予定調和じゃない面白さが描けるんじゃないかと考えたんです」

 この危うさが『To−y』の魅力だったと思う。ロックスターには夭折のイメージがあるが、ROCKを題材に描くにおいて避けられないテーマでもあったようだ。

「死の匂いを漂わせながら、絶対に否定しようと思っていました。美しくかっこいいまま死ぬなんて絶対に嘘だと思っていたんです。トーイは16歳だし、読者も若いわけだから、これから先の人生のほうがまだまだ長い。トーイはどこかに消えたわけではなくて、今も新宿あたりのライブハウスで音楽を続けているっていうことを感じてほしかったんです」

『To−y』『SEX』の完全版では、30年を経て描かれた新作イラストが付く。特に80年代のイコンでもあるトーイと再会できることはファンには感涙もの。あらためて、作者はどう振り返るだろう?

「完結している作品なので、普段『To−y』について考えることはないのですが、完全版を出すことが決まったとき、30周年だからトーイも46歳になったのか……と思って、同い年のミュージシャンを調べてみたんですね。そしたら福山雅治やHydeがそうだとわかって、ぜんぜん現役じゃんって。だったらトーイも現役で活動していてもおかしくない。それなら今も描けると思ったんですよね」

30周年記念で描き下ろされたトーイの新作イラスト。新たな絵柄でよみがえる。

『To-y』30周年を記念した永久愛蔵版。パンクバンドで活動していたトーイが、芸能界に舞台を移し、型破りな音楽活動で時代の寵児となってゆく。常識を覆すマンガにおけるサウンド表現をはじめ、後世に与えた影響ははかり知れない。

取材場所 「space caiman」
〒103-0021 東京都中央区日本橋本石町4-5-15 b1 門倉ビル B1F
電話番号 : 03-3241-0152 営業時間 : 12:00〜20:00(最終入場19:45)
休廊日(定休) : 火・水・木曜 公式サイト : http://www.caiman.jp/space/

取材・文=大寺 明 写真=森山将人