ほんらぶインタビュー あの人のトクベツな3冊 野村萬斎さん

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更新日:2021/1/6

人間の欲望や生きることの本質を描く作品に惹かれます

 野村萬斎さんの選んだ1冊目は『新訳 マクベス』(シェイクスピア)。2010年には自身で主演・演出・構成を担当して上演し、来春には再演が決定している。
「今まで『ハムレット』や『リチャード3世』など様々なシェイクスピア作品を上演してきましたが、『マクベス』は今、最も興味のある作品ですね。人間の中に棲む欲望、人間が生きることを、一番、直接的に描いているような気がします」
 スコットランド王に仕える忠義深い将軍マクベスは、三人の魔女から与えられた予言をきっかけに、心の底に眠っていた野心を呼び覚ます。王を暗殺して王座を奪い、その王座を守るために殺戮を繰り返していくという、シェイクスピア悲劇の代表作だ。
「この“三人の魔女”が作品の一番の特徴であり、いかに解釈するかが演出のしどころでもありますね。近代的には、マクベスの自己を投影したものという解釈が多いようですが、私はそれさえも超越した、森羅万象のような存在ではないかと思うんです。ルネッサンス以降、科学が進歩して人間は自己を肥大させてきました。今もずっと続いているそうした人間の欲や道程というものを、知らしめる存在なのではないかと。
 魔女の有名な台詞に『きれいは汚い、汚いはきれい』というものがありますが、これはつまり、物事には必ず二面性があるということ。たとえば原子力の便利さの裏には廃棄物や危険といった側面があり、正なる財産と同時に必ず負の遺産が生まれます。“驕る平家は久しからず”ならぬ“驕る人間は久しからず”という警鐘が描かれていて、古典ではあるけれど今日性を失わない作品だなとつくづく思いますね。その上で、ラストにマクベスが〈明日、また明日、そしてまた明日と、記録される人生最後の瞬間を目指して時はとぼとぼと毎日歩みを刻んで行く〉と語る“Tomorrow Speech”はとても力強くて、一番好きなシーンです」

野村萬斎
のむらまんさい●1966年、東京都出身。祖父・故六世野村万蔵、父・万作に師事し、3歳で「靭猿」にて初舞台。97年に連続テレビ小説「あぐり」(NHK)に出演、幅広い支持を集め人気を不動のものに。国内外で多数の狂言、能公演に参加、普及に貢献する一方、蜷川幸雄演出「オイディプス王」(02、04)をはじめ数々の舞台に出演。

 2冊目は『ちくま日本文学012 中島敦』。この本に収録されている短編「山月記」も、人間の欲望を描いた作品だ。官職を辞して詩人を志した李徴という男が、名を成すこともできないまま挫折。耐えきれず失踪した彼は、荒野で虎となって生き延びていた――といういわゆる“変身譚”。これもまた、ご自身で上演された経験がある。

「アートを志す人間にとって“売れない”というのはとてもシビアな問題なので、重ねて感じ入るところは多いです。特に、〈人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い〉という李徴の言葉は、自分の作品の中でも何度か繰り返しました。また李徴は、必死の努力をしたわけでもなく、俗人として生きることもよしとしなかった自分の結果を、〈我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為〉と言うわけです。何かを成したいけれど、その欲望に対して自信があるかというと、そう単純にはいかないのがややこしいところ。抑えきれない欲望とどうつきあっていくのかということが短い文章にこめられていて、読むほどに感銘を受けますね。

 中島敦は勉強家で、外国語も日本語も、古典文学も近代文学にも精通して、インターネットを頭脳に持ったような人だったんです。けれどどうしてだか、ずっと頭にブラックホールを抱えて自信を持てずにいた。その感覚は、何もかもが溢れている現代において自分の居所がわからずにいる、浮遊する我々にそっくりではないかと思います。悶々としているうちに尊大で臆病なプライドに支配されて身動きがとれなくなる、現代の我々に通じる気がするんですね。中国の故事を借りつつ日本人を映し、日本人を超えて現代人、世界を映している傑作といえるでしょう」

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 そして最後の『のぼうの城』(和田竜)は、自身が実写映画の主演を務め、この秋に公開を予定している作品だ。

「最初に読んだときは、なぜ自分に? と思ったのが正直なところなんですけどね(笑)。わりと、シャープなイメージをもたれることが多いので。この成田長親は、でくのぼうが転じて“のぼう”と呼ばれているわけで、なんだか捉えどころのない男でね。どうにも切れ者とも思えないし。ですがだんだん、本質を見ている人なんだろうなと感じるようになってきた。ただし、この人は自分の行動に対してはあまり責任感がないんですよ。行動の結果、なにがどうなるということをまったく考えていない。“動きゃ勝手についてくるよ、ついてこなきゃ知ったこっちゃないね”という感じですね。だけど、感覚的に行動していることに嘘がないから人に好かれるんです。そして、本質を見ているから周囲にも流されないし、だからこそ水攻めにも耐えた、というところにこの作品の面白さはあると思います。

 映画での見どころは迫力満載の合戦シーン。それと個人的には田楽踊りのシーンですね。私が歌詞・振り付けを考えたのですが、2万の敵を一瞬にして引き付ける場面なので、それなら笑いやお色気なんじゃないかと監督とも話し合い、そういった要素を入れて思い切りやれたので、すごく楽しかったです。それは小説にはない部分なので、ぜひご注目ください(笑)」

(取材・文=立花もも)

 

野村萬斎さんのトクベツな3冊

『新訳マクベス』

ウィリアム・シェークスピア:著、河合祥一郎:訳/角川書店

卓越した武勇と揺るぎない忠義でスコットランド王ダンカンの信頼厚い将軍マクベス。しかし荒野で出会った三人の魔女の予言は彼の心の底に眠る野心を呼びさます。夫以上に野心的な妻にもそそのかされ、遂に王を暗殺。その後は手に入れた王位を失うことを恐れ、憑かれたように殺戮を重ねていく…。悪に冒された精神が崩壊する様を描くシェイクスピア悲劇の傑作。

『ちくま日本文学 012 中島 敦』

中島 敦/筑摩書房

文学アンソロジーのひとつの到達点として高い評価を得た「ちくま日本文学全集」を、文庫サイズで新装刊。明治から現代までの日本文学作家ベストセレクション。本巻では、中島敦の知的に構築された世界が味わえる。

『のぼうの城』(上・下)

和田 竜/小学館

戦国期、天下統一目前の豊臣秀吉は関東の雄・北条家に大軍を投じた。そのなかの支城、武州・忍城は周囲を湖で取り囲まれた難攻不落の城だが、秀吉方約2万の軍勢に対し、その数わずか500。領民たちに「のぼう様」と呼ばれる城代・成田長親は領民の人心を掌握していた。従来の武将とは異なる新しい英傑像を提示した40万部突破、本屋大賞2位の戦国エンタメ小説。

映画「のぼうの城」

監督:犬童一心、樋口真嗣
キャスト:野村萬斎 榮倉奈々/佐藤浩市
2012年11月2日(金) 全国ロードショー

2012年最大のスペクタクル超大作。
和田竜の同名ベストセラー小説を映画化。戦国時代、わずか500人の兵隊で2万人もの敵に戦いを挑んだ“のぼう様”こと成田長親の実話が明らかになる。野村萬斎さんが演じるのは、主人公の成田長親。

(c)2011「のぼうの城」フィルムパートナーズ

 

3 SPECIAL BOOKS」とは、Honya Clubがこの10月からスタートした「ほんらぶ」キャンペーンのスペシャルサイト。「トクベツな3冊」を通じて人と本がつながる、本好きのためのコミュニティだ。このサイトでも、角田光代さんの選んだ3冊&コメントを紹介中。ほかにも、野村萬斎さんや優木まおみさんなどさまざまな方がキュレーターとして登場し、想いのこもった「トクベツな3冊」を紹介している。もちろん一般ユーザーもそれぞれの「トクベツな」本を登録できる。新たなキュレーターも続々登場予定とのことで、「本、Love」な人は見逃せないサイトだ。みなさんもぜひ、「トクベツな本」を登録してみては?

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