他者との関わりのなかで自分を知る。自身の曲を元に書いた光射す短編集『セレナーデ』Uruインタビュー

小説・エッセイ

公開日:2022/7/8

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』8月号からの転載になります。

Uruさん

「あなたがいることで」「プロローグ」「それを愛と呼ぶなら」……。シンガー・ソングライターUruの歌はどこか背中に響いてくる。自分でも気づかなかった奥のほうにある痛みを探りあて、うしろからそっと手を当ててくれるようなやさしい響き、歌詞のなかの言葉――。聴いてくれる人にさらに寄り添いたくて「ひとつの試み」をしたのはライブのときだったという。

(取材・文=河村道子)

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「歌う前に、その楽曲からイメージして書いた物語を読めば、より入り込んでいただけるかなと。私自身もライブで物語を朗読したことによって、その世界により深く入って歌うことができたんです。そこから一編、一編、書いていくようになりました」

 そのとき朗読をしたのが、「鈍色の日」を元に生まれた掌編。Uruさんが初めて書いた物語は3つの短編を収めたこの一冊のまんなかにある。

「“鈍色”という色から想像していきました。どこにも出かけなかった休日の夕方、とてつもない孤独感を抱えたことがあって。そこから四方を壁に囲まれた空間を書きたいなと思ったんです。一生懸命やっていることがあるんだけど、何も見つけられない、何も引っ掛からない、そんな心をその空間に凝縮させたいなと」

 畳と砂壁のある仄暗い部屋に自死を決意した“僕”がいる。そこに実家の母から荷物が届き――。「唯一の光」とUruさんがいう、ある“言葉”がそのなかにはあった。楽曲「鈍色の日」のなかには存在しないのに、歌のなかに聴いたような錯覚を覚えてしまう“言葉”が心を照らす。

「“窓に誇る造花が 空に背を伸ばして”というフレーズが、『鈍色の日』のなかにあります。ぼーっと外を見ていたとき、窓際の花が燦燦と陽の光を浴びていて、“あぁ、気持ちいいだろうな”と思ったんですけど、よく見たら造花で。そのとき、自分は造花だけど、光を浴びたっていいじゃないかと、花が言っているように感じたんですね。その姿から、自分の弱いところもすべてひっくるめて、自分を受け入れていくことって強いことだなぁって感じたんです」

「日常生活がなければ、たぶん私のなかから歌詞は生まれてこない」というUruさんが大切にしているのは、自身の歌を聴く人との共通項だという。それは物語をつくるときも同じ。「だから歌をつくることも、物語を書くことも、自分としてはそんなに変わらない」という。そんな自然な流れのなかにある二つの表現がこの一冊のなかで交わり合う。

傷や秘密と共存しながら、みんな日常を送っている

 冒頭の一編「しあわせの詩」は、ドラマ『フランケンシュタインの恋』の挿入歌を元に書いた物語。

「歌詞はドラマのストーリーに寄り添って書いたのですが、もしこの歌が別の物語の主題歌になるとしたら、と書いたのが、この一編でした」

 病院で不思議な光を浴びてから体に異変を感じるようになった主人公・咲子。自分の意思で行動した以外のことで受けたダメージはすべてなかったことになり、年を経ても容姿が変わらない。自分は不老不死になってしまったのではないか――という不安とともに、夫と息子との幸せな日々は数奇な運命を辿っていく。

「周りにいる人たちが寿命をまっとうし、次々いなくなっていってしまうという状況は想像しただけでつらいですよね。まして咲子には子供がいるので、その子にも追い越されることになってしまう。この物語は生き死にの重さというものに焦点を当てました。生きる時間は有限であるからこそ、“今しかない”という瞬間の美しさがある。そんな物語が生まれたのは体調を崩したときのことでした。年齢を重ねるにつれ、いろんな故障が出てくるんだろうなぁという思いのなか、ふと目にした鳥や虫の姿に、この生き物たちは自分に寿命があることを知っているのかなと。そして人間は自分の生には限りがあることを知って生きている、と。それゆえに有意義なものがあるのではないかと。そんな思いを咲子の数奇な人生のなかに託しました」

「しあわせの詩」は“家族”、「鈍色の日」は“人生”、そして表題作「セレナーデ」は“恋愛”と、異なるテーマを持つ3作には、「きっと何かしら自分の心の中だけに留めている傷や秘密、蓋をしてきたことのようなものがあって、それとうまく共存しながら日常を送っている」ということが通底しているという。

「私自身がそうだからだと思うんです。自分のなかに留めている傷や秘密、経験してきたことのなかで思い出したくないことってたくさんあって。けれどそれを抱えて何もできないかというとそうでもなく、きちんと日常生活を送っている。それは自分だけでなく、皆さんもそうなんだろうなという思いがあって。弱っているとき、街を歩いていると、周りの人たちがすごく楽しそうに見えて、自分だけが違うところにいるような気になったりするんです。でも楽しそうに見えているその人たちも、実は過去につらいことがあったり、表面からは見えないものを抱えていたりするのではないかなぁって」

“ねえ、聞こえていますか”“ねえ、届いていますか”というフレーズが響く楽曲と、物語が歩み寄るようにして生まれてきたという「セレナーデ」は、そうした自分だけの傷や秘密を抱えた10代の人たちを描いた物語。そこには「楽しいこととつらいことが同じくらいだった濃厚な3年間でした」と語る、自身の高校生の頃の記憶が流れ込んでいるという。

“思い合う”ことってすごい力なんだ

 主人公は摂食障害に悩む高校3年生の葵。ある出来事をきっかけに、恋人の隼人、葵のことを想っている幼馴染の陽との関係が崩れゆく青春群像劇は、語り手が変わるたびに、それぞれの思いが共鳴し合っていく。

「読む方が登場人物各々の心の動きを把握していることで、“本当はこんなこと思っているのにな”という歯がゆさみたいなものを一緒に楽しめるかなと思って。読み手の方が3人と一緒にいる感じ、すべてを知っているという状況を物語のなかに作り出したかったんです。そこから自分のことを思ってくれる人、自分のことを知ってくれている人がいることってすごく心強いことだということを描きたかった。思い合うことってすごい力なんだなと、この物語を書きながら思っていました」

 3人の間を行き交う思いは、書いていくうち、思わぬ気づきや展開も与えてくれたという。

「葵の過食を目撃してしまった陽があまりにも冷静で、なぜなんだろう?と思ったとき、“そうか、彼の葵への気持ちは生半可なものではなかったんだ”と気づいたんです。葵のすべてを受け入れられるほど、彼の気持ちは強かったのだと」

「自分ではない他者との関わりのなかで愛を求めたりもがいたりしながら自分という人間をより深く知っていく」その尊さが物語から溢れる。

「自分が弱っているとき、周りの人に助けてもらったり、その関わりのなかで享受してきたものが私にはたくさんあって。そういうものを、この3編を通じて書きたかったんです」

「文字を読むことが好き」という。よく読む作家は、米澤穂信、中村文則、高野和明。その作品群への“好き”の粒子も、Uruさんの書いた物語のなかに、どこか見えてくるような気がする。深いところまで潜って、何かをひらきに行くような。

「自分が一冊の本の書き手となるということに躊躇しましたが、今は書いてよかった、と思っています。生きていると、いろんなことがあると思うのですが、必ず周りには誰かがいる、自分だけがそこにいると思わないで――ということを、この本を手渡すとき、伝えたいです」

 

Uru
うる●2013年より名曲カバーをYouTubeへ投稿し活動スタート。16年メジャーデビュー。ドラマや映画などのタイアップ楽曲を手掛け、代表曲には「あなたがいることで」「プロローグ」などがある。6月1日にニューシングル『それを愛と呼ぶなら』を発売。7月より全国10都市11公演のホールツアー「Uru Tour 2022『again』」を開催。聞く人を包み込む歌声と神秘的な存在感で注目を集める。

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