「急に怖くなって筆が止まった」ミステリコミックエッセイ『わたしは家族がわからない』で発見した新しい自分とは? 作者・やまもとりえさんインタビュー

マンガ

公開日:2022/8/2

わたしは家族がわからない
わたしは家族がわからない』(やまもとりえ/KADOKAWA)

 役所勤めの真面目な夫、「普通がいちばん」が口癖のパートの妻、活発な保育園児の娘という3人暮らしの平凡な家庭。しかしある日、父親はなんの前触れもなく失踪し、1週間後に帰宅する。それから数年が経ち中学生になった娘は、父親の姿を家から離れた駅で何度も見かけたとクラスメートに聞かされ、不審に思って待ち伏せることに。大好きだった父が家に帰ってこなかった、幼い頃のおぼろげな記憶。1週間ぶりに帰宅した夫を問い詰めず、何もなかったことにした母。過去の記憶と現在の父親の行動には何か関係があるのか。父は何を隠しているのか。やがて平穏な生活は崩れ、「普通」だったはずの家族の形が少しずつ変容していく……。

 やまもとりえが挑む、「家族のあり方」を揺るがす衝撃のミステリコミックエッセイ『わたしは家族がわからない』。描き始めてすぐ「急に怖くなって筆が止まった」というやまもとさんに、担当編集者が本作の執筆過程のことなどを聞きました。

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――ご執筆お疲れさまでした。もう何冊も本を出されているやまもとさんですが、完成した『わたしは家族がわからない』を手に取ったときの率直なご感想をお願いします!

やまもとりえ(以下やまもと):完成した本を手に取る瞬間がいちばん幸せです。私だけでなく、沢山の人の力を借りて一冊の本ができるので、「ありがたいな」という気持ちがそこで改めて出てきます。

『わたしは家族がわからない』はカバーや目次、章ごとの扉も雰囲気のある本に仕上げていただいて、本当に嬉しかったです。

――初めてこの企画の打診をやまもとさんにしたのが2020年の3月でしたが、そのときのことなど何か覚えていらっしゃいますか?

やまもと:メールをいただいたときは、コロナ禍のせいか少し心が疲れてた時期だったけど「仕事もらったー! やったー!」と思って「やります」と返事した気がします。その後、企画書を読んで一読者としては「読んでみたい」と思ったのですが、描く側としては「これ、描くの私……?」とプレッシャーを感じました。

わたしは家族がわからない

――なかば勢いで無理やりお引き受けいただいたような感じで、でもお電話で打ち合わせをして、たしか最初の1、2話くらいはネームをすぐ描いて送っていただいたんですよね。それを読んで「なんかすごいネームがきた……続きが気になりすぎるぞ……」と、とても興奮した記憶があります。

やまもと:最初の打ち合わせの後、どういう話にしようかすぐメモをとって、1話目を描き出した気がします。その後急に怖くなって筆が止まりました……。

わたしは家族がわからない

――わりとすぐに筆が止まったのですね。怖くなったというのは、やはり内容が内容なので、という理由でしょうか?

やまもと:そうですね、内容が内容なので……。私の覚悟が足りなかったんでしょうね。

――そのあたりの心境は「あとがき」にも書かれていましたね。これまでも、やまもとさんはエッセイとフィクションの両方を描かれてきて、例えば『Aさんの場合。』(祥伝社)などを読むとストーリーテリングもすごくお上手だと思いました。今まで描いたフィクション作品と『わたしは家族がわからない』とでは、どんなところが違うと感じていらっしゃいますか?

やまもと:ありがとうございます。私は漫画の基礎をよく知らないまま描き始めた人間なので、フィクションは自己流というか……。他人が共感しそうな「あるある」の中に「自分がかつて経験した感情」を少し入れるようにするか、あとは、登場人物の中に自分と似た人を入れるとか、そういったことでお話をなんとか作ってきた感じでしたが、それだと自分の考えが濃く出てしまって、広がりを持てないことが悩みでした。

わたしは家族がわからない

――もともとはイラストレーターとして活動されていたんですよね? フィクションを描くきっかけとかあったんでしょうか?

やまもと:はい、もともとはイラストレーターをしてました。会報誌とか雑誌の挿絵を主にやっていました。育児漫画をブログに載せてた頃、ある日ふと思いついた話(『Aさんの場合。』の第1話)をブログに載せてみたら、少し反応があって、味をしめたというか(笑)。ちょうどその頃、祥伝社さんから「育児漫画の本を出しませんか?」とメールがきたのですが、そのときはKADOKAWAさんが先に声をかけてくれていたので「育児漫画は無理だけど、フィクション漫画をやらせてください」って図々しくお願いして(1話しか描いたことないくせに)。そしたら担当さんが「連載会議に出すから何話か描いてみてください」って言ってくれたので「やったー!」って感じで(まだ決まったわけでもないのに)何話か描いて渡して、奇跡的に会議で通って、決まった感じです。

――そうだったのですね。少し話が戻りますが、今回は一度筆が止まってしまって、その後どう乗り越えたんでしょう?

やまもと:今回の『わたしは家族がわからない』は初めて、自分は「壁」だと思い込み「登場人物の実況中継」をする感覚で描きました。そしたら不思議と「私ならしない選択」も描けて、本当、発見でした。今更なのかな……他の人はみんなこの方式でやってたのかな……?

 自分を「壁」だと思い込んで描くと、すごくやりやすくて、それまで詰まってた部分もスーッと描けるようになり、なんでもっと早くにこの方法を試さなかったんだろうと思いました。

わたしは家族がわからない

――やまもとさんの漫画の特徴は、イラストの線もセリフの数も含めてミニマムな表現で読者に行間や背景を想像させられることだと思うのですが、『わたしは家族がわからない』だと「この場面うまく描けたかも!」という部分はありますか?

やまもと:私の好みだけど、絵もセリフもシンプルなのが好きなので、少ないセリフで心情が理解できる作品に出会うと震えるほど感動しちゃいます。「この場面上手く描けた」は難しい質問ですね、どこだろう? 5話の美咲の母親から電話がくるシーンは、母親が毒親とはいえ常に嫌な人ってわけじゃない感じや、普段の2人のやりとりが想像できる感じが描けたかなぁ? 描けてたらいいなぁ……と思っております。

――5話の電話シーンは、親子のこれまでの歴史と関係性が立ち現れるシーンですね。

わたしは家族がわからない

やまもと:あと、娘(ひまり)がずっと年齢より少し幼い感じだったのが、最終話では母親に「私より大人」と言わせるようになった理由とか、想像していただけたらと……あれ、質問の答えになってないかな? まぁ、そんな感じです(笑)。

――最終話の「私より大人」という言葉も、想像すればするほど重い言葉ですね。登場人物が作品のなかで何か良いこと、あるいは悪いことをしたときに、読者としてはついつい「この人はこういうことをしたから、こういう性格なんだな」とストレートに受け止めてしまいがちですが、どういう家庭に生まれて、どういう環境で育って、どういう人間関係を築いてきて……と、作品には直接描かれてなくてもそういうことが思い浮かびました。

やまもと:その人の言動が作られるまでの背景が知れたらいいのにな、とよく思います。ノンフィクションの読みものを読んでても、犯罪者の言葉ですら他人事とは割り切れなかったりしますし……。

わたしは家族がわからない

――今回の作品でスーッと描ける方法を発見したわけですが、これからもフィクション漫画を描きたいと思いますか?

やまもと:またフィクション描いてみたいです。おかげで「壁」という新しい扉も開いたので。

――何か挑戦したいジャンルやテーマがあれば教えてください!

やまもと:私のネガティヴな性格を活かした漫画も描いてみたいです。受け入れてもらえるかな。

――ネガティヴな性格を活かした漫画(笑)、読んでみたいです!

やまもと:あとは、朝ドラ関連の仕事は常にお待ちしております。あと、大好きな林遣都さんと町田啓太さん関連のお仕事もありましたらお願いいたします!

プロフィール
やまもとりえ 鹿児島県出身のイラストレーター。長男(天パ)、次男(貫禄)、4つ年下の旦那さん(なで肩)、猫のトンちゃん(ガリガリ)と大阪でのんびりと暮らしている。著書に『Aさんの場合。』『Aさんの恋路。』『お母さんは心配症!?』(祥伝社)、『今日のヒヨくん~新米ママと天パな息子のゆるかわ育児日記』(KADOKAWA)、『本当の頑張らない育児』『30歳女子、ネコを飼いはじめました。』『ねこでよければ』(集英社)がある。
Twitter:@yamamotorie
Instagram:@rinpotage

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