クイズとミステリーは意外と似ている──QuizKnock・河村拓哉×小説家・五十嵐律人対談

文芸・カルチャー

公開日:2022/8/19

河村拓哉、五十嵐律人

 現役弁護士であり、小説家として活躍する五十嵐律人さん。2020年、『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞しデビューして以来、法律知識を生かしたリーガルミステリーで、人気を広げ続けている。

 そんな五十嵐さんの新作『幻告』(講談社)は、リーガルミステリーとタイムスリップを融合した作品。法廷劇として、タイムリープSFとして、親子の人間ドラマとして楽しめる、五十嵐さんの新境地を拓いた一作に仕上がっている。

『幻告』の刊行に合わせ、五十嵐さんと各界著名人の対談企画がスタート。新刊の話はもちろん、仕事に向き合う姿勢、生き方、ミステリーの醍醐味など、さまざまなテーマでトークを繰り広げていただこう。第4回は、東大発の知識集団「QuizKnock」に属し、YouTubeなどで活躍する河村拓哉さん。クイズとミステリーの共通点、「河村・拓哉」名義で発表した初小説について、語り合っていただいた。

(取材・文=野本由起 撮影=山口宏之)

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タイムスリップにルールがあり、事件の解明も論理的。『幻告』は理系読者にもおすすめ(河村)

──今回の対談に際し、河村さんには五十嵐さんの新刊『幻告』を読んでいただきました。はじめに、感想を聞かせていただけますか?

河村拓哉さん(以下、河村):まず“タイムスリップ法廷劇”といううたい文句に、読み始める前から驚きました。一体どうなるんだろうと思いましたが、法律とタイムスリップに一貫性、整合性があり、とても面白かったです。ミステリーにタイムスリップというSF要素を取り入れると何でもありになりそうですが、しっかりルールがあって論理的だったのでSFとしても読みごたえがありました。

五十嵐律人さん(以下、五十嵐):ありがとうございます。タイムスリップを取り入れると過去にも未来にも行けますが、何でもありにすると面白くなりません。そこで、法律のルールの中でタイムスリップとミステリーを掛け合わせることにしました。

 その際に着目したのが、裁判は一審、二審、最高裁と進んでいき、その流れは不可逆だという点です。ふたつの裁判がタイムスリップによって変容していき、それぞれの被告人は親子のような間柄。その関係がタイムスリップによってどう変わっていくかを描いていこうと考えました。

河村:「三審制(刑事裁判で審理を受ける権利は、原則として合計3回まで保障されている)は、時間の不可逆性と強く結びついた制度なので、言われてみれば裁判とタイムスリップは相性がいいんですよね。それに気づくのがすごいなと思いました。

五十嵐:私はこれまで「法律×◯◯」のミステリーを書いてきました。そんな中、編集者から「そろそろ思い切ってSF寄りの特殊設定を取り入れませんか? 例えばタイムスリップはどうでしょう」と提案されたんです。

 これまで基本的にプロットを組まずに原稿を書いてきましたが、今回は時系列が複雑に絡んでいるため、初めてプロットを組みました。組めば組むほどタイムリープと裁判って親和性があるなと思って、最後のほうは気持ちよく書けました。

河村:これまでプロットを作らなかったというのも、すごいですね。

五十嵐:アイデアを言語化するより、頭の中でずっと考えているほうが、より面白い方向に持っていける気がするんです。しかも、頭の中で作るプロットも、ストーリー全体の半分くらいまでと決めています。謎の提示までは頭の中で作り、「これは絶対面白くなる」と自信を持てたら、答えを決めずにそこまで書く。そうすると、もう引き下がれなくなるので、その謎を解こうと自分を追い込むしかありません。その後の第2段階で、どういう答えにするか決めていきます。そこまでに書いた原稿を無駄にしたくないので、一生懸命何とかするんですよね(笑)。

──河村さんの『幻告』には、たくさん付箋が貼られていますね。どんなところに貼ったのでしょうか。

河村拓哉

河村:まず1回目を読み、2回目に「ここがポイントだったな」という箇所に付箋を貼っていきました。初回はサラッと流していた箇所も、2回目になって「あ、この行動にはこんな意味があったのか」と気づくことが多くて。2回読むとタイムスリップによる因果関係がよりはっきりわかりますし、読者にとっても2倍お得な小説だと思いました。

五十嵐:2回も読んでくださり、ありがとうございます。タイムスリップものは、同じことを何度も経験することになります。でも、同じような表現を繰り返すと、読者に「もう知ってるよ」と思われてしまうので、過去とどういう違いがあるのか、このシーンにはどんな意味があるのか、説明っぽくならないよう書く必要がありました。そういったタイムスリップの場面は、こだわって書きました。

──五十嵐さんによると、法律学は理系寄りの学問だそうです。理系の河村さんが、理系読者にこの小説をおすすめするなら?

河村:理系の方には、SFがお好きな方も多いのではないかと思います。理系の学問もルールに従いながら夢を追いかけるものではあるので、その点も共通しているように感じました。また、『幻告』のタイムスリップにはルールがありますし、事件の解明も論理的。しっかりロジックが通っているのが理系の人におすすめできる点かなと思います。

嘘を見抜ける技術が実用化したら、法廷ミステリーは終わるかも(五十嵐)

──タイムスリップ以外に、「こんなSF技術をミステリーに取り入れたら面白くなるんじゃないか」というアイデアはありますか?

河村:最近は透明マントが実用化されるんじゃないかという話をニュースで見る時代ですから、僕の想像力ではなかなか追いつきませんね……。ありきたりかもしれませんが、やっぱりアツいのはAI。指紋捜査をはじめ、科学技術が進むと犯罪はしづらくなっていきますよね。何でもAIで解析できるようになった時、ミステリーにどんな影響を与えていくのか気になります。あとは、ある技術が生まれるところには、技術を開発した人が必ずいます。その人の周りはミステリーに絡んでくるだろうなという予感もします。

五十嵐:私は、近い将来、嘘を見抜けるようになると思うんです。「嘘=記憶に反する発言」だとしたら、それを見抜く技術はできるはず。嘘をつけば、何かしらの生理反応が見られますから。ただ、そうなったら法廷ミステリーを書くのは、相当難しくなる気がします。

 というのも、裁判は嘘を見抜く手続きなんですよね。双方が本当のことを言っているなら争いは起きないはずですが、どちらかが嘘をついてるから争いが起きてしまう。そこで証拠を提示し、どちらが嘘をついているのか見極めていくのが裁判です。でも、装置をつけただけで「今、嘘を言ったよね」とわかってしまったら、法廷ミステリーは成立しなくなりそうです。この技術、実現しそうだと思いませんか?

河村:確かに実現しそうですが、実用化される頃には記憶を改変できるようになっていそうです。つまり、脳の電気信号を読んで情報を取り出すことができるなら、情報を書き込むこともできるんじゃないかと。例えばVRヘッドセットをバレないようにつけてしまえば、記憶の書き込みもできそうな気がします。読み取るよりも先に書き込む技術ができたらどうなるかなと、今思いました。

五十嵐:それでミステリーが1冊書けそうですね(笑)。

QuizKnockは特殊設定クイズの第一人者(五十嵐)

──五十嵐さんは、QuizKnockの動画をよくご覧になっているそうですね。

五十嵐:ほぼすべて観ています(笑)。今、ミステリー業界では特殊設定ミステリーが隆盛ですが、QuizKnockは特殊設定クイズの第一人者ですよね。ただ、私には解けないので、いつも特殊設定クイズ+特殊能力クイズのような感覚で観ています。「なぜこれが解けるんだろう」と思いますが、企画としては成り立っている。作問する側は、「自分ならこれくらいは解ける」という気持ちで問題を作っているのでしょうか。

河村:この問題を解くのに必要な知識はどれか、どういう発想をしたら答えに行きつけるのかをセットで考えている気がします。難しすぎる時は、テストプレイを行うこともあります。

五十嵐:昔のクイズ番組は、視聴者も頑張れば解ける問題が多かったですよね。でも最近は、トッププレイヤーが難しい問題を解くのを観て楽しむようになっています。伊沢拓司さんの「地球押し」(地球の衛星映像から徐々にズームアップし、世界遺産の名称を当てる早押しクイズで、地球の段階で正解すること)なんて、スポーツ選手を観ているよう。とはいえ、視聴者が置いてきぼりにされるわけでもなく、特殊設定クイズも答えを聞くと「あ、確かにそういう着眼点があれば解けるな」と納得できるんですよね。

河村:テレビ番組のクイズに関しては、実は昔から難しい問題も多かったんです。そんな中、伊沢拓司が登場し、その頃からより一層プレイヤーに光が当たるようになってきました。

 あとは、知識よりもひらめきを重視した謎解きの文化が、クイズの隣で盛り上がってきて。僕もそうですが、クイズと謎解きを両方好む人も多いんですよね。どちらの問題も作れる人が、両方を混ぜて特殊設定クイズを作っているところはあります。

 QuizKnockはクイズを中心としつつ、何でもやろうという姿勢でいろいろなバックグラウンドの人を集めていきました。それもあって、特殊カオスクイズがたくさん出てきたという背景もあります。謎解き由来と言い切ることはできませんが、謎解きの影響を受けているのは確実ですし、古いクイズ番組の影響も受けています。いろいろな影響を受けながら、QuizKnockのクイズができているのだと思います。

──クイズの難しさや複雑さを追求していくと、どんどん先鋭化していき、袋小路に入ってしまう気もします。問題の作り手として、そして解答者としてどのようなことを心がけていますか?

河村:そうなることはわかっているので、作問する際にはスタッフみんなで考えたり、いろいろな人の手を借りたりして、打てる手は打っています。

 また、解答者としてあるクイズに答えられるということは、過去のどこかでその知識に出会っているということです。つまり、クイズに答えるというのは“2周目”なんですよね。そのため、もう一度出会いそうな知識かどうか、最初にその知識に出会った1周目であたりをつけておくことも大切です。クイズにおいては、こういうところが狙われやすいという傾向と対策みたいなものがあります。そういう知識について、嗅覚を働かせるようにはしています。

 クイズに出る知識はある程度限られているので、一定の範囲内はすべて覚えておくというクイズプレイヤーもいますね。僕はまったくできませんが、過去問を10万問覚えるようなプレイヤーもゴロゴロいます。

──問題の設定、ヒントの提示、回答という流れは、クイズもミステリーも共通しているのではないかと思います。おふたりは、両者にどのような共通点・相違点があるとお考えでしょうか。

五十嵐:ミステリーも、クイズと同じように袋小路が生じています。トリックなんて、もう何十年も前からすべて出尽くしたと言われていますよね。そう考えると、今は組み合わせの時代なのかなと思います。どの作家さんも、既存のものを複数組み合わせて新しいものを生み出している。その組み合わせによって、意外性のあるミステリーが生まれるのが面白いんですよね。

 クイズとミステリーの違いで言うと、ミステリーの主眼は驚きです。クイズもミステリーも謎があって答えにたどり着くという道筋は共通していますが、答えが出た時に驚きが勝るのがミステリーなのかなと思います。それに対して、クイズは双方向的ですよね。ミステリーは出題するのも解答を提示するのも作者なので一方通行ですが、クイズは出題者と解答者がいて、お互いの駆け引きがあって答えにたどり着きます。とはいえ、根本的なところは似ていますよね。

五十嵐律人

河村:クイズは基本的に事実しか扱えないので、感情や人情の表現には向かないと感じます。その点、ミステリーは文学ですから、感情を表現するのに適しています。

 また、クイズは1問にかかる時間が短いですよね。ミステリーは1冊読み終わるまでに数時間はかかりますが、クイズの場合、頑張れば1日に1000問解けてしまう(笑)。答え合わせまでの時間が短いため、正解か否かのフィードバック、それに伴う報酬を短いスパンでたくさん得られます。その短さがクイズの良いところであり、ミステリーとの違いかなという気はしますね。

小説を書こうという意欲は常にある(河村)

──河村さんは、講談社の会員制読書クラブ〈メフィストリーダーズクラブ〉のショートショート企画で初小説「冷たい牢獄より」を発表しました。この企画に参加することになった経緯を教えてください。

河村:講談社の方からお話をいただき、オファーをお請けしました。「僕に声がかかるということはいろいろなポジションの方が参加されるのかな」と思っていたら、他の執筆者は錚々たる作家さんばかり。ミステリー作家、ミステリー作家、ミステリー作家、YouTuberという並びになってしまったのでどうしようかと思いました(笑)。

──とはいえ、書けそうだなという確信があったから快諾されたんですよね。

河村:基本的には「やります」というスタンスでいたいので。それに、編集さんも「河村なら書けるんじゃないか」と思ったから、オファーしてくれたはず。それなら書いてみようと思いましたし、ショートショートなら挑戦しやすいかなという思いもありました。

──このショートショート企画は、「黒猫を飼い始めた。」という最初の一文が決まっています。書き出しが決まっていることは、制約になりませんでしたか?

河村:書き始めで悩む必要がないので、むしろ書きやすかったです。黒猫が登場する話ということで、内容もある程度決まってくるので。

五十嵐:黒猫ではなく、飼っている側にスポットを当てることは、最初から決めていたのでしょうか。

河村:どうだったかな……。黒猫よりも飼い主のほうが情報量が多いからでしょうか。かつ、あまり複雑なことをすると手に余るなと思ったんですよね。アイデアを文章にするのは非常に難しく、錆びついたマシンを動かすように頑張って書きました。

五十嵐:初めての小説だったんですよね?

河村:ちゃんと表に出したのは初めてです。趣味で書こうとした欠片みたいなものはありますが。

五十嵐:そう聞いてびっくりしました。まずボキャブラリーが豊富ですよね。自分で小説を書いていて思うのですが、ボキャブラリーってそう簡単には増えません。小説を書き始めるまでに、どれだけ蓄えてきたかに左右される気がします。河村さんはショートショートの中に、「寒晒し」や「彼我」といった美しい言葉をちりばめていて、素晴らしいなと思いました。

 それに、「私」が何者なのか、なぜ鉄格子の中にいるのかなど、何が起きているのかわからないままストーリーが進んでいきますよね。読者に情報を開示しないまま物語を展開させていくのは、制約が多くて難しいはず。その分、すべてが明かされた時に「そういうことだったのか!」という驚きや爽快感は生まれますが、私だったら最初の小説ではできない手法だったと思います。あと、途中で転調するのがすごく面白いですよね。なぜあの展開にしたのでしょう。

河村:初めて発表する小説なので、素直に書いたほうがいいですし、YouTuberとしてやってきたことと連続性を持たせたほうがいいなと思いました。なので、思いついたものをそのまま書くことにあまりためらいがなかったんです。

 それに、長編だと情報を伏せたまま書くことはできなくても、ショートショートなら逃げ切れると思ったんですね。後半で転調してすべてを明かすにしても、せっかくならバカバカしいほうがいいだろうと思い、ああいう展開になりました(笑)。

五十嵐:QuizKnockのファンには、皆さんの思考の流れを知りたいという人も多いはずです。クイズはどうやって答えにたどり着いたのかわかりませんが、小説は作者の思考の流れが出ますよね。最初の着想からこういう結末に至るという思考の流れをたどることができましたし、転調するところも「え、こう来るんだ!」というのが非常に面白かったです。そのうえで、最後は不思議な余韻が残るショートショートになっていますよね。

河村:ショートショートの切れ味ではプロの作家には叶わないので、ざらっと着地させようと考えました。そこで「変だったけどなんか残るな」と思っていただけるよう、読後感を調整しています。そもそも、何も考えずに書こうとすると不安定なものにしがちなんですよね。動画に関しても、実はざらざらしたものが好みなんです。

──「もっと小説を書いてみたい」という意欲は高まりましたか?

河村:意欲は常にあります。媒体に依存せず、いろいろ挑戦したいという気持ちが強いので。中でも文章は書きたいなと思っています。自分の頭の中にあるものを表現できるのは、文章ならでは。さらに言えば、書く必然性がないものも交えて、余白を持たせられるなと思いました。一方で、情報を出す順番やタイミングはクイズに近いところもあります。そういう意味で、クイズを作ってきた経験は小説を書くうえでも有利に働くのではないかと思いました。

五十嵐:先日、呉勝浩さんの小説『爆弾』を読んだのですが、途中にクイズが挟まれ、それが最後の謎解きにつながっていくという展開で、とても面白かったんです。これまでのミステリーは途中の伏線をできるだけ気づかせないようにして、2回目に読んだ時に「あ、これが伏線だったんだ」と気づくような作りでしたよね。でも『爆弾』は、「これはクイズです」と最初から提示して、解けるとどんどん前に進んでいく。フェアだなと思いましたし、読者参加型で面白い構成だなと思いました。

 もし河村さんのようにクイズを極めた方が、ミステリー小説の途中に謎としてクイズを挟んだ小説を書いたら、絶対面白くなるはず。最近は「その人にしか書けない小説」が求められていますが、まさに河村さんだから書ける小説になると思います。クイズのプレイヤーは多くても、クイズのトッププレイヤーであり作家という方はまだいません。ぜひ河村さんだから書けるミステリーを読んでみたいです。

河村:いつかやりたいと思いますが、うーーん……。実は僕も『爆弾』を読んだのですが、「これだ!」と思ってしまったんですよね。自分にはできる気がしなくて。

五十嵐:アイデア段階だと面白いのに、書いてみると「なんか違う……」となることは私もよくあります。思考を言語化しようとすると、どうしても嘘が混ざって言い訳じみてしまうんですね。その気持ちもわかりつつ、河村さんにしか書けない小説に期待しています。

河村・拓哉
東京大学理学部卒業。2016年に伊沢拓司らとともにQuizKnockを創設。現在はYouTubeチャンネルの企画・出演のほか、クイズの制作・監修を行っており、クイズ大会「WHAT」では大会長を務めた。2022年7月には、講談社「Mephisto Readers Club」にて自身初となる小説を発表。

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