「こんな時代だからこそ、小さな希望を拾っていきたい」 我が子を見守る母親の心が動いた瞬間を描いた『6570日後 きみは旅立つ』作者・なかのいとさんインタビュー

マンガ

公開日:2022/8/31

 生まれて6570日後の18歳。それは私が親元を離れひとり暮らしを始めた時――。『6570日後 きみは旅立つ』(オーバーラップ)は、作者のなかのいとさんが、ご自身の子育てと自身の子どもの頃を重ね合わせながら、いずれ子どもが旅立つ時に向けた心の旅じたくとして描かれた子育てコミックエッセイです。なかのいとさんにこの作品に込めた想いを伺いました。

6570日後 きみは旅立つ
6570日後 きみは旅立つ』(なかのいと/オーバーラップ)

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――幼い子どもを育てる母親のリアルな心情が優しいタッチで描かれた作品ですが、執筆に至った経緯を教えてください。

なかのいと(以下、なかの):編集長さんに、「自分の子育てと子どもの頃の自分が重なるところ」をテーマに描いてみてはと仰っていただいたことが、執筆のきっかけです。書籍が決まったときの心境は、諦めなければ夢は叶うとは言えないけど、「諦めなかったから夢が叶った」と、これで子どもたちに言えるなと思いました。

――描かれているリアルな内容と、ほっこりする優しいイラストのギャップが絶妙で、この作品をより魅力的なものにしていると感じます。

なかの:特別な技術や知識のない私が、読んでくださる方に提供できるものがあるとしたら、他人と繋がることが難しいこのご時世においては、心の中をできるだけ深く正直にお見せすることなのかなと思いました。

6570日後 きみは旅立つ

――日々の生活の中でどういったときに、「このエピソードを描いてみよう」と思われることが多いですか。

なかの:心が動いた瞬間です。気が向いたときに日記をつけているのですが、思いつくままに記した後、漫画にしよう!と思って描き出すことはあまりなくて(締め切り前以外)、何で自分が嬉しかったり腹が立ったのか知らないままだと、コミュニケーションが上手く取れなくなるので、考えるツールとしてエッセイ漫画を描くことが多いです。頭の中だけではなかなか答えまで辿り着けないのですが、紙に落とすことで思考の跡が見えるようになり、拙い文章で書くとズレてしまいがちなところも、漫画ならもっと忠実に考え進められます。心の整理のために、日記を基にしてコピー用紙にばばっと漫画を描き散らかして、必要なときにネタ帳代わりにしています。

 最近心が動いたことというと……夜マンションの廊下にクワガタがひっくり返ってジタバタしていて、捕まえる勇気はないのでスマホで撮って走って帰ったんです。お風呂に入っている夫と子どもたちに報告したら、わーっとみんなで盛り上がっている時に幸せだなと思いました。ひとり暮らし時代が長くて、電話で雑談するとかも苦手な性分なので、昔なら見せる相手もないのでスマホで撮ることもせず、とぼとぼ帰ったに違いないので、すごくほしかった未来の中にいるなと思いました。

――インスタグラムにてコミックエッセイ講座に参加されたと書かれていましたが、そのあと実際に本作の発売に至っていらっしゃいます。どのようなきっかけで参加されてみようと思われたのですか?

なかの:SNSでたまたま講座の案内を見かけたときにわくわくしたからです。お母さんになってから、趣味などが持てなくなった……というか、自分自身に関心が持てなくなってしまったのです。自由時間をもらってショッピングモールに行って何時間歩き回ってもほしいと思えるのは子どものものばかりで、自分を基準に考えることが急に下手になってしまって。そんな折に講座募集を見かけて、いい歳した自分が5万円かけて漫画を学ぶ価値があるのか、今の生活に負荷をかけてまでやることかとも考えたものの、でも隔週で講座を受ける日々が楽しそうで諦めきれなくて、そんなふうに自分のことをわがままに考えているのが久々で、そのようにわくわくする心が動いたことを大事にしてもいいのかなと思い、参加することにしました。

 本の出版に至るまでに大変なこともあった気もしますが、総じて漫画のことをたくさん考えられて、たくさん描けて楽しかったなという印象です。

――ふたりのお子さんを育てながら執筆するのは大変だったのでは、と想像してしまいますが、実際はいかがでしたか?

なかの:どうしても子どもとの時間にしわ寄せがいくので、それをどう説明するか、自分にとって漫画を描くことが何なのか、改めて考えるきっかけになりました。「自分への説明」もありますが、どちらかというと「子どもへの説明」かもしれないです。例えば、幼稚園のお迎え帰りに公園で遊びたがる娘に、何と言って連れ帰るか。幼い子どもたちに今すぐ理解してもらうのは難しいけれど、せめて余計に振り回さないように、自分の迷いは消しておきたいと思いました。

――そうして考えられた結果、なかの先生にとって漫画を描くこととは?

なかの:漫画を描いていないと、私はいつも不安なのです。身の回りで起こることのほとんどは、私にはどうにもできないことばかりですが、自分がずっと漫画に救われてきたように、描いていれば、頑張っていれば、いつか自分にも何かできることがあるかもしれないと、不安に飲み込まれずにいられるのです。子どもたちに、まずはそれを理解してもらえるように、親子の形に正解はないと思うので、どうありたいかをゆっくり一緒に考えていけたらいいなと思います。

――漫画の執筆と子育てを両立させるうえで工夫されたことがありますか?

なかの:両立できていたのかは怪しいですが、いつまで忙しいのかを伝えるようには心掛けました。終わりが見えていると、比較的みんな耐えてくれた気がします。

――ダ・ヴィンチWebでの試し読み連載では、上のお子さんの集合写真エピソードまでを読むことができますが、そこまでの内容の中で、特に印象に残っているエピソードはありますでしょうか?

なかの:「集合写真」のお話です。このエピソードが好きだと言ってくださる方がいてとても嬉しかったです。集合写真の端っこに収まりがちなことについて、子どもの頃から何かしらの感情が自分の中に漂っていたけど、言葉にしたことはなかったので、何十年も経った今こうして漫画にして、感想をいただいて、会話ができたみたいで感動しました。

6570日後 きみは旅立つ

――試し読み連載の範囲以降のエピソードについてはいかがでしょうか?

なかの:印象に残っているものとしては、義母の買ってくれる子ども服が好みじゃないというお話を描いているのですが、本音ではあるものの私は大前提として義母が好きだし尊敬しているので、ここだけ切り取って載せてしまうと、義母を不快にさせてしまうのではないかと心配していました。

 でも担当さんの大丈夫という言葉を信じて、半信半疑で義母にこの本を読んでもらったところ、感動したと喜んでくれて、人間関係というのは、自分の想像よりももっと豊かなものなのかもしれないなと思えました。

6570日後 きみは旅立つ

――読者の方の多くは、子育てをされている親御さんかと思います。同じように育児をされている読者の方々へメッセージをいただけないでしょうか。

なかの:こんな時代だからこそ、不安に追い付かれないように、小さな希望をせっせと拾って描いていこうと思います。よかったら、みなさんの希望も教えていただけたら嬉しいです。

6570日後 きみは旅立つ

6570日後 きみは旅立つ

――最後に、ファンの皆様、読者の皆様へお願いいたします。

なかの:自分の描いたものが、こんなふうに誰かに届くことが夢みたいです。読んでくださって、応援してくださって、本当にありがとうございます。また何かしらお届けできるように頑張ります!

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