「あなたが山に埋められた話を観ていなかったら、この世にはいなかった」破壊力抜群のエピソードで視聴者をも救う!? 芸人・チャンス大城の話題のエッセイ『僕の心臓は右にある』《インタビュー》

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更新日:2022/9/7

チャンス大城さん

 潜伏期間約30年、長い地下芸人時代を経て、今お茶の間で注目を集めるチャンス大城さん。親友と山に埋められた話をはじめ、破壊力抜群のトークを武器にさまざまなテレビ番組で活躍を見せている。

 そんなチャンスさんが、本名「大城文章」名義で綴った自伝的エッセイ『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)が刊行された。本書にも「友だちの家が崩壊する」「ヤクザに告白される」「霊柩車でバーベキューに行く」など、仰天エピソードが満載。しかも、ただ面白おかしいだけでなく、読後は不思議と元気が湧いてくる一冊になっている。出版の経緯、本書に込めた思いについて、チャンスさんにお話を伺った。

(取材・文=野本由起 撮影=松本祐亮)

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学校に行けばいじめられて、家にいれば親に怒られて。そんなオチもない話も、誰かに響いてくれたらええな

──『僕の心臓は右にある』は、中学・高校時代のいじめ、結婚と離婚、鬱状態になった時のことなど壮絶な体験を描きつつも、不思議と元気になるエッセイでした。

大城文章さん(以下、大城):それ、最高の褒め言葉ですね。ありがとうございます。最初は別に意識してなかったんですけど、途中からそうなったらいいなと思っていたんで。つらかったこと、悲しかったことも、なんか笑える話になってるんじゃないかって思っていたので、そう言ってもらえてうれしいです。

 4年前だったかな、『人志松本のすべらない話』に出た時に、同級生のワダと山に埋められた話をしたんです。そしたら、とある県のシングルマザーの方から連絡が来まして。「『人志松本のすべらない話』であなたが山に埋められた話を観ていなかったら、私は今この世にはいなかったです。あなたの話で自殺を思いとどまりました」って長文をいただいたんです。こんなドブネズミみたいなヤツですけど、「あ、チャンス大城も今ちゃんと生きてんだな」って思ってもらえたならうれしいですよね。綺麗ごとに聞こえるし、僕はただ面白い話を書こうと思っただけなんですけど、もし今も現役でいじめられてる中学生がおって、たまたま僕に興味を持ってくれて、なんか感じてもらえたらええなって。

──今回、初の自伝的エッセイを出すことになったのはなぜでしょう。出版社から依頼があったのでしょうか。

大城:いえ、さかのぼるとけっこう昔の話になるんですよ。8年くらい前かな、山田清機さんの『東京タクシードライバー』(朝日新聞出版)っていう本を買ったんです。CDのジャケ買いってあるじゃないですか。ああいう感じで、何の情報もなくたまたま手に取って。タクシードライバーにインタビューをしたノンフィクションなんですけど、読んだらすごい泣いちゃいまして。で、作者の山田さんについてネットで調べたら、Facebookに本人がいはったんですよ。そこで「本、面白かったです」ってメッセージを送ったら、「ご飯に行こう」って誘ってくださって。居酒屋で会うことになったので、盛り上げようと思って“すべらない話”をしまくったんですね。そしたら、むちゃくちゃ笑ってくれたあと、急に真顔になって「本にしたほうがいいよ」って。それから、ちっちゃいスコップで毎日穴を掘る感じで、ちょっとずつ、もうちょっとずつ書いてったんですよ。気づいたら、えらい月日が経ってしまいました。

 で、4、5年前に一回完成したんですけど、持ち込んだ出版社全部に断られたんですよ。ほんで3年くらい寝かしてたら、山田さんの友達で『東京タクシードライバー』を手掛けた朝日新聞出版の編集さんが「面白い」と言ってくれて。だから、この本が出せるのは全部『東京タクシードライバー』つながり。ほんと、たまたまなんですけどね。

──チャンスさんは、バラエティ番組でも驚くようなエピソードを次々披露されています。まさにエピソードの宝庫ですが、数ある中からどのようにして収録する話を選んだのでしょう。

大城:やっぱ心に残ってることですね。なんかこう、鉄臭いことといいますか。この本は、別に“すべらない話”を寄せ集めたわけではなくて。最初は笑かそうと思って書いてたんですけど、途中から変にオチを入れて笑かすより「ああ、チャンス大城もいろいろあったんだな」って、なんか感じてくれたらええなって方向に変わっていったんですね。

 学校に行けばいじめられて、家にいれば親から「なんで学校行かなかってん」って怒られて、居場所が完全に封じられたっていう何のオチもない話も入れてますし。こんな芸人が、売れてもないおっさんが偉そうですけど、誰かに響いてくれたらええなって。

──作中に“路上魂”という言葉が出てきましたが、確かにチャンスさんの生きざまが詰まっている一冊ですね。

大城:言い方は悪いですけど、やっぱり尼崎の野良犬ですから。お笑いもずっとうまくいかなかったですしね。雑草魂といいますか、インディー魂といいますか。プロレスでいうと、新日本プロレスには入れなくて、有刺鉄線デスマッチやってるようなもんですから。まあ、吉本興業っていう大手事務所に入ってこんなこと言うのも何ですけど、王道になれなかったという思いはあるんで、路上魂を持ち続けたいなって。

──今、机の上にノートを開いていますが、これはネタ帳ですか? 今回の自伝のエピソードも、こうしたノートに書き留めていたのでしょうか。

チャンス大城さん

大城:あ、これは言葉を覚えようと思って、知らない言葉を書いていってるんですよ。あとは、話のネタになりそうなことのメモですね。(ページをめくりながら)あ、これは一昨日Twitterに来たDMのことですね。僕、この本のタイトルどおり心臓が右にあるんですけど、「うちの子もそうなんです」ってDMが届いたんです。「子どもが長生きできないかもしれないと思うと、すごく心配なんです。“心臓 右”で調べたらチャンス大城さんが出てきました。今47歳だそうですけど、特に異常はないでしょうか」って。お医者さんからは「大丈夫です」って言われてるらしいんですけど、気を遣ってんのかなと思ったらしくて。で、調べたら「チャンス大城おるやん」って知ってくれたみたいで。それで僕が、とにかく明るい安村君みたいに「安心してください」って返したんです。それをメモっといたんですね。

 安村君はふざけてますけど、ふざけずにちゃんと「安心してください」って返すのは歴史上、初じゃないですか? ふざけない安村君、真面目な安村君。……あ、これもメモしとこ(笑)。

「今日が最後の日だ」と思ったら悩み事もどうでもよくなる

チャンス大城さん

──終盤には、お酒を飲みすぎて失敗を重ね、千原せいじさんに「お前、酒やめろ!」と本気で叱られた話があります。そこから一切お酒を飲まなくなり、さらに吸い殻拾いとコンビニのトイレ掃除を始めるようになったという話がとても印象的でした。

大城:不思議ちゃんぶってるとか、キャラつけようとしてるって言われるかなと思ったんですけど。でも、ある日、家を出た時に「はーっ!」となったんです。神様を感じたというか、「そういうことやったんかな」って悟ったというか。普通、インドで何十年も修行した人が「悟った」って思うんでしょうけど、僕は何もしてないのに何かがわかった気がしたんです。神様が思いっきり“いる”んですよ。

──目に見えるんですか?

大城:いえ、見えないんですけど、おるんです。で、「今までお酒でご迷惑おかけしてすんません。これから毎日、吸い殻拾いとコンビニのトイレ掃除をします。今までやってきたことの0.000いくつしか返せないけど、返さしてください」って言って、そこから吸い殻を拾い始めたんです。そしたらちょっと欲が出てきて、ある日空に向かって「すんません。このまま吸い殻拾いを続けますんで、もうちょっとお笑いの仕事増やしてもらえませんか?」って(笑)。ほんだら、千原せいじさんが2019年9月に『さんまのお笑い向上委員会』に野性爆弾のロッシーと僕を呼んでくれたんですよ。それでいきなり跳ねたんですね。「お前、吸い殻拾いを頑張ってるからチャンスあげるわ」って神様にチャンスもらったんかなって。もちろん千原兄弟さんがいなかったら、100%何も始まってなかったですけど。

──吸い殻拾いは今も続けているんですか?

大城:続けてます。今、友達が病気なんで、早く良くなってほしいなと思って。自分のためというより、その子のために拾ってます。

──吸い殻拾いを始めてから気持ちは変わりました?

大城:ちょっと楽になるというか、心が落ち着くんですよね。

──お酒を飲みたくなることはまったくないのでしょうか。

大城:あと3日で死ぬとなったら飲むかもしれないですね。でも、もう飲むことはないと思います。向いてないんですよ。お酒の才能がない。飲んだら、また誰かに迷惑かけますから。お酒を飲まなかったっていうのも、神様が評価してくれてるのかもしれないですね。大体、大した努力もせんのに酒飲んで、その辺の路上で寝てたわけですからね。そら、売れへんですよ(笑)。今はなるべくシラフの時間を増やして、テレビを観てモノマネできそうな人見つけたり、ギャグ考えたりするほうがいい。すいません、カッコつけたこと言って。

──今もお名前を挙げていましたが、チャンスさんにとって千原兄弟の存在はとても大きいんですね。

大城:そうですね。千原兄弟さんがいなかったらテレビには100%出ていなかったと思います。

──チャンスさんと千原兄弟は、大阪NSC(吉本総合芸術学院)の同期ですよね。その頃から交流があり、エッセイではせいじさんの部屋に泊まりに行った時のエピソードも語られています。エロ本を夢中で読んでいるチャンスさんに対し、せいじさんが言った「おい、おまえ、その執念、忘れるなよ!」という言葉は、チャンスさんの座右の銘になっているそうです。

大城:素敵な言葉だなと思って。当時、僕は中学生でしたけど、「その執念、忘れるなよ!」ってなんかいいなと思って。やっぱり何に対しても執念が大事ですよね。もっと頑張らなあかんなぁ。

──“執念”という言葉は、良い意味でも使われますが、悪いほうに取られることもありますよね。

大城:そうそう、相手を恨むとかね。天台宗大阿闍梨の酒井雄哉さんという方が書いた『一日一生』(朝日新聞出版)って本がありましてね。「千日回峰行」(せんにちかいほうぎょう)っていう修行をされた方なんですけど、7年にわたって山を歩き続けて、9日間飲まず食わずでお経を唱え続けるんですよ。お経の間は、水分もとらないし、寝ない。最後は抱えられるようにしてお堂から出てきて、生き仏になるんです。

 その本に「一日が一生、と思って生きる」とあるんですね。「今日が最後の日だ」と思ったら悩み事も失敗もどうでもよくなる。すごい言葉ですよね。まさに執念じゃないですか。それで『さんまのお笑い向上委員会』に出た時に、「今日が最後の日だ」と思って収録に臨んだんです。もう、さんまさんにガンガン話しかけて怒られましたね(笑)。「お前、さっきからよう出てくるな」って。「今日が最後の日」って思いすぎたんでしょうね(笑)。

──そう思って生きると、日々の心構えが変わりそうです。

大城:そう。別に女の子にフラれようが、スマホをなくそうが「今日が最後の日」と思えば大したことないですよね。そう思うようにしています。

──最後に、そんなチャンスさんが今後チャレンジしたいことは?

大城:リアクション芸のナンバーワンになりたいです。あと、映画で偏執的な役をやってみたいですね。今までいろんな体験をしてきた僕にしか出せないものを、役柄にぶつけてみたいです。

 芸人活動では、ギャグを誰にもできへんくらい作り続けていきたいですね。ずっと作り続けるおっさんって、なかなかいないですよね。村上ショージさんくらいじゃないですか。ショージさんにも憧れますね。“すべらない話”も常に作り続けていきたいです。若い人の発想には絶対勝てないですけど、僕にしかできないことを探していきたいですね。

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