他人から見れば自分も「よくわからない誰か」。文筆家・藤岡みなみによる“身近な異文化交流”を描いたエッセイ集『パンダのうんこはいい匂い』インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2022/9/14

 文筆家・ラジオパーソナリティ の藤岡みなみさんによる自身初のエッセイ集『パンダのうんこはいい匂い』が発売された。本書はインパクトのあるタイトルが示す通り、中国でのパンダの飼育員体験が ユーモラスに描かれた一編から始まる。

 だが読み進めていくと、転校続きだった小・中学生時代、大学で出会った留学生とのもどかしいコミュニケーション、同居する中国人の義理の両親とのカルチャーギャップといったエピソードを通して「他人と自分を隔ている壁」について思考を深め、決して「ユーモラス」の一言では片づけられない、ズッシリと読み応えのある1冊となっている。

 現在公開されている本書の「はじめに」を読んでいただければ、語るように軽やかなリズムでグイグイと心の奥深いところに連れていってくれる藤岡さんのエッセイの魅力の一端を味わっていただけると思う。

 エッセイ集に込めた想いを聞いた、本インタビュー記事とあわせて楽しんでほしい。

パンダのうんこはいい匂い
パンダのうんこはいい匂い
(藤岡みなみ/左右社)

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ーご自身初のエッセイ集、とても素晴らしかったです! 全編書き下ろしの力作ですが、本書を書き始めたきっかけを教えてください。

藤岡:中国出身の方と結婚して、中国人の義理の両親といっしょに日本で暮らしているんですが、当初は左右社さんから「外国人家族との異文化交流エッセイ」のようなものを提案していただいたこともあったんです。でも私は「外国人と家族になると、こんなにおかしいことがあるんですよ」みたいな本を作りたくないなと思いました。

ー外国人との暮らしを描いたエッセイは定番ネタのひとつですよね。

藤岡:もちろんそういう本を一概に否定するわけではないんですが、自分が書くのはイメージできませんでした。 それに「異文化」という言葉を考えたとき、なにも中国人だけじゃなくて隣にいる友達のことも全然よく知らないし、立場が違えば全然見えている世界が違う。それだって異文化じゃん、と感じたんです。

 編集者さんと語りを深めていくうちに、『自分以外ぜんぶ異文化』という初期のタイトル案をご提案いただいて。そのテーマに向かってなら書ける、と思いました。

ー『自分以外ぜんぶ異文化』。『パンダのうんこはいい匂い』とはかなり受ける印象が違いますね。

藤岡:でも『パンダのうんこはいい匂い』も、ただのインパクト重視じゃないんです。うんこって、基本的にいい匂いではないじゃないですか(笑)。だけど、実際にパンダのうんこの匂いをかいでみると、いい匂いがするんですよ。

「実際に体験してみると、今まで抱いていたイメージとは違うこともあるんだよ」というのは、全体のテーマにもすごくフィットするんじゃないかって思うんです。最終的に本書を象徴するいいタイトルになりました。

藤岡みなみ

「外側から来た人」だった子どもの頃

ー「自分以外ぜんぶ異文化」というテーマに関して、藤岡さんはエッセイの中で子どもの頃から転校が多かったとも書かれていました。たとえば兵庫から東京に転校したときに見られるような「違う文化圏からやってきた転校生」として見られていたという経験が大きいのかなと感じました。

藤岡:それはあると思います。転校して疎外感を抱いたり、「外側から来た人」として扱われて寂しくなることもありました。一方で、私のあとに新しい転校生が来た瞬間、私は急に「みんな側」に入るんです。それってすごく不思議なことだと思いました。

「コミュニティの外側と内側」って、実際はすごく曖昧なものだと思うんです。外国人のことを「外人」と呼ぶ人ってまだまだ多いですが、私はその言葉を聞くとすごくドキっとするし嫌です。転校生体験から続く「内側・外側」という感覚に対する強い違和感が、今回のエッセイを書く動機のひとつになりました。

ー転校は「外側から来た人」にならざる得ない状況だったわけですけど、大人になられてからも、中国でパンダの飼育体験をしたり、マーシャル諸島で映画を上映したりと、積極的に異文化に飛び込んでいる印象があります。

藤岡:初めての海外というわけではなかったんですが、19歳のときに船や寝台列車で中国を旅をしたのが 旅というものの原体験のようになっています。そのときに「ああ、実際に行ってみないとわからないことがこんなにあるんだ」ってショックを受けました。それ以来「直接触れて実感したい」というのは、私の根本にある想いのような気がしています。

ーそれほど中国での体験が印象的だったのですね。

藤岡:もう本当に知らないことばっかりでした。中国で、砂漠に雪が降るのを見たんですよ。砂漠って、勝手に暑いイメージを持っていたからすごく驚いて。あの景色を見たときの衝撃は今もよく覚えています。

藤岡みなみとパンダ

ータイトルにも入っている「パンダ」について聞かせてください。エッセイの中でも何度も登場する藤岡さんの中で大きい存在だと思うんですが、小さい頃からずっとお好きだったそうですね。

藤岡:はい。もともと好きだったのですが、小学5年生のときに神戸に引っ越したことが決め手になりました。新しい家から徒歩5分ぐらいの動物園に、ちょうどパンダがやって来ることになったんですよ。すごく運命を感じまして(笑)。

ー家から徒歩5分でパンダに会いに行けるっていいですね。

藤岡:しかもその動物園、小学生は入園料無料だったんです。放課後になると動物園で遊ぶ同級生が多くて、私も毎日パンダに会いに行っていました。コウコウとタンタン、2頭の個性がすごく見えるようになって、そこでグッとはまった感覚があります。毎日観察していると、もっと細かいことが見えてくる。これはパンダにかかわらず、自分がものを見るうえでの大きな経験になったと思います。

ー大人になっても変わらずパンダがお好きだと思うのですが、ご自身が成長するにつれてパンダに対する想いのようなものに変化はありましたか?

藤岡:好きというよりテーマになりました。パンダを守ることは環境を保護することでもある。人間と自然の共生について考えるときの象徴みたいな存在です。パンダは約700万年前から存在しているといわれる動物なのですが、そんなに遥か昔からやってきて絶滅の危機も乗り越えて私の目の前にいることがすごい。タイムトラベラーみたいです。

藤岡みなみ

他人から見れば、自分も「よくわからない誰か」

ー本書の最後を飾るエッセイは、中国人である藤岡さんの夫が日本式の宴会のようなお葬式に参加してカルチャーショックを受けるなど 、ユーモラスかつ考えさせられる素晴らしい一編でした。自分たちが当たり前にやっていることも、違う人から見れば異文化なんだなと気づかされるというか。

藤岡:結局、お互いさまなんですよね。つい自分がメインで相手が外側だと思いがちなんですけど、それって反転するものだと思うんです。相手から見れば、自分だって「異文化にいる、よくわからない誰か」に見えるはずだなって。

 それは最近、コロナ禍でも思っていることなんです。

ーコロナに対する考えかたの違い、みたいなことでしょうか?

藤岡:新型コロナや政治に対する考え方がそれぞれ違うことで、分断を感じてしまうことがあります。でもそれって敵対するべきものじゃなくて、「その人が置かれた環境のなかで、たまたまそういう風に考えるようになった」ぐらいの差だと思うんです。

ーちょっとでも生活環境が違ったら、別の考え方になっていたかもしれないと。

藤岡:そうですね。国籍や文化、社会での考え方が違う人に壁を作るのではなく「自分がそっち側だったかもしれない」という視点を常に持っていたいです。

ー最後に、今後についてお聞かせください。今回は「異文化」という、藤岡さんの人生における大きなテーマを掲げて書かれましたが、今後はどんなものを書かれる予定ですか?

藤岡:今回は「自分の過去への旅」というか、これまでの自分を1冊にまとめたという感覚がありました。だから次はまた新しい旅をして書きたいという気持ちがあります。大きな物語に回収されない、小さな実感を残していきたいです。

ー具体的に旅したい場所があるのですか?

藤岡:日本でも海外でも過去でも未来でももうどこへでも行きたいですが、たとえばいつかアイヌ文化に関して取材をして書きたいというのはずっと思っています。差別のない社会を願って、「多様な文化」「他者と自分」というテーマに関してはこれからもずっと変わらずに考えて書き続けたいです。

藤岡みなみ

藤岡みなみ
1988年生まれ。文筆家、ラジオパーソナリティ。学生時代からエッセイやポエムを書き始め、インターネットに公開するようになる。​時間SFと縄文時代が好きで、読書や遺跡巡りって現実にある時間旅行では? と思い、2019年にタイムトラベル専門書店utoutoを開始。著書に『シャプラニール流 人生を変える働き方』(エスプレ)、『藤岡みなみの穴場ハンターが行く! In 北海道』(北海道新聞社)、『ふやすミニマリスト』(かんき出版)がある。

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