乃木坂46・久保史緒里「一日の重みを考えさせられた」今年の一冊とは?

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更新日:2022/10/5

 雑誌『ダ・ヴィンチ』の年末恒例大特集「BOOK OF THE YEAR」の投票がスタート! 今回はパルコ・プロデュース2022 舞台「桜文」に主演中の乃木坂46・久保史緒里さんに、今年の1冊を伺った。

取材・文=倉田モトキ 写真=TOWA

“幸せ”の意味を深く考えさせられ、気づけば涙がごぼれていました

 普段、あまり本を読む方ではないんです、と苦笑いをする久保史緒里さん。そんな彼女が、ふと立ち寄った本屋で運命的な出合いをはたしたのが鈴木おさむさんの『僕の種がない』(幻冬舎)。かつて男性不妊の治療を受けた著者が自身の経験を活かして描いた“生”と“死”の物語だ。

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「以前、知人から『鈴木おさむさんの本は読みやすいよ』と聞いたことがあり、タイトルもインパクトがあったので、“じゃあ、これを読んでみよう”と思って。そんなちょっとした軽い気持ちで読み始めたのですが、最初の数ページで惹き込まれました。これまでも少ないながら何冊か小説を読んだことがありましたが、自然と涙がこぼれたのは初めての経験でした」

 癌で余命一年の宣告を受けた芸人の一太。彼はヒット番組を作り続けるドキュメンタリーディレクターの勝吾に、自分が死ぬまでの姿をカメラで追ってほしいと依頼する。しかし、「面白さ」にこだわる一太に、勝吾は思いもよらない提案をする。それは、亡くなるまでの間に夫婦で子どもを作り、その誕生までをカメラに収めるというものだった。

「とてもデリケートな話題を扱っていますよね。余命いくばくもない男性の残りの人生を描きつつ、新しい命を生み出す尊さも表現している。そうした、哀しさと喜びが同時に押し寄せてくる描写に圧倒されました。それに、作中ではドキュメンタリー番組を撮るためにカメラが登場人物たちを追っているので、そこで飛び出す彼らの言葉にはどれもウソがない。フィクションなはずなのにリアルな人間模様に、終始、心を動かされました」

 物語が進むなか、一太にある事実が発覚する。彼は無精子症だったのだ。不妊治療をテーマにした作品は少なくない。が、その多くが女性の視点で描かれたものだ。出産や不妊に対して、どこか“他人事”の目線になってしまいがちな男性をあえて主軸にした本作は、これまでの小説にはない価値観を読者に与えていく。

「この本を読んで、“幸せ”という言葉の意味を改めてすごく考えるようになりました。男女それぞれの目線で描く“子どもを生むということ”への思いはもちろん、子どもを残して先立つ夫や、子どもを授かりながらも夫を失ってしまうという現実と向き合わなければならない妻など、それぞれの気持ちが交錯していって。そうしたなか、彼らや彼女たちは“本当の幸せ”とは何かを模索しながら、いろんな決断を迫られていく。私自身は昔から“気にしい”な性格で(苦笑)、つい他人のことばかり考え過ぎてしまい、自分がどうしたいのかが分からなくなることがあるんです。でも、自分が正しいと思うこと、幸せになれると思うことを考えていくのが何よりも大事なんだと感じさせられました。一番シンプルで当たり前の答えかもしれませんが、その“当たり前”のことを選ぶのって実はすごく難しくて。でも、だからこそ、そこを大切にしなきゃいけないんだと強く教えられた気がします」

 また、そんな久保さんにとって自身を戒めるように心に刺さったテーマがもう一つ。それは“一日の重み”だ。

「命は限りがあるもの。だから、毎日同じだけの時間が流れていく人生のなかで、自分ははたしてどう生きていくべきなのかを考えるようになりました。濃密な時間を過ごしても、逆にダラダラして一日を終えてしまっても、どちらも等しく一日。それなら、自分にプラスになるような時間を過ごしていかなきゃダメなって」

 しかし、「……とはいうものの」と彼女は続ける。

「分かっていても次の日にはついダラダラしちゃう自分もいて(苦笑)。ホント、ダメですよね。しかも、そうなったら、どうやって自分自身に言い訳をするかを考えちゃうんです。例えば、“こうやって何も考えない時間を過ごすことで、反対にお仕事も頑張れるんだから、きっと私にとって大切なダラダラなんだ”とか(笑)。特に今回チャレンジしている舞台は、お家に帰ったら何も考えられないくらい精神的にも体力的にも大変で。オンとオフをしっかり切り替えないと、最後まで体がもたない気がしています」

この役をやり遂げることができれば、きっと得るものも大きいはず

 彼女が話す次の舞台とはパルコ・プロデュース2022『桜文』。明治後期の吉原で、稀代の花魁と呼ばれた桜雅(おうが)の悲恋を描いた物語だ。

「台本を読み、お話が進むにつれて、何度も激しい感情の波に襲われました。秋之桜子先生が描く世界は本当に美しく、ト書きを読んでいてもそのシーンの状況が鮮明に浮かんでくるんです。桜雅は決して笑わず、それでいて感情の起伏が激しい花魁という難しい役どころではありますが、そのぶん、やりがいも強く感じていますし、この公演をやり遂げたあと、自分自身が得られるものも大きいだろうなと感じています」

 また、劇中では桜雅が16歳の頃の少女役にも挑戦。まるで一人二役のようなハードルの高さも感じているという。

 「16歳の雅沙子はまだ夢や希望を胸に抱いていて、年相応の女の子らしさがある。現在の桜雅とのギャップがあればあるほど物語に深みを与えられると思いますので、しっかりと演じ分けていきたいですね。それに、秋之先生ともお話しをする機会があり、『これは悲恋の物語ではあるけれど、哀しみに引っ張られ過ぎないで欲しい』とおっしゃっていたんです。それを聞いて、笑わない彼女の奥底に一体どんな感情や過去が眠っているのか、そこを演じながら見つけていきたいと思うようになりました」

 本番を間近に控え、稽古も順調。そんな久保さんに楽しみにしているシーンをうかがってみると……。

「松本妃代さんとのシーンはどれも大好きです。妃代さんの大ファンだったので、共演できることが本当に嬉しくて。一緒にお芝居をしながらたくさん勉強させてもらいつつ、毎日引っ張ってもらっています。それに、やはり桜雅が心を動かされる霧野君とのシーンは緊張しますね。決して笑わない桜雅が霧野と出会い、最終的に彼女はどんな表情を見せるのか。そこは演出の寺十(吾)さんとじっくり作っていけたらと思っています」

 なお、乃木坂46のメンバーのなかでも舞台にコンスタントに出演中。彼女にとって舞台の魅力とは「生みの苦しみを味わえるところ」だそうだ。

「みんなで稽古を重ねて一つの作品をつくり上げていく。時間もかかるし、苦しさもあるんですが、でもそのぶん、自分の成長にもつながるような気がして。というのも私、自分と向き合うことが苦手なんですね。いつも“逃げたい!”って思っちゃう(笑)。でも、舞台の稽古はどうしても自分と向き合わないと先に進めない。その意味では、逃げずに、いかにどこまで自分を追い込めるかっていう、なんだかマラソンみたいな気持ちになっています(笑)。舞台は本当に大変なことばかりです。でも、それ以上に達成感があって。だからきっとやめられないんだと思いますね」

パルコ・プロデュース2022『桜文』

作:秋之桜子 演出:寺十 吾 出演:久保史緒里(乃木坂46)、ゆうたろう、松本妃代、石田圭祐、阿知波悟美、加納幸和、木村靖司、有川マコト/石倉三郎、榎木孝明ほか 2022年9月5日(月)〜25日(日)東京・PARCO劇場ほか、大阪、愛知、長野にて開催 ●当代随一の花魁・桜雅は妖艶な佇まいと決して笑わないことで知られていた。ある日、桜雅は花魁道中の記事を依頼された若き小説家の霧野一郎と出会い、彼の顔を見るなり倒れてしまう……。

【プロフィール】

くぼ・しおり●2001年7月14日、宮城県生まれ。2016年、乃木坂46の3期生オーディションに応募し、デビュー。2017年からはファッション誌『Seventeen』の専属モデルに。現在、ラジオ『乃木坂46のオールナイトニッポン』のメインパーソナリティも務めている。最近の舞台主演作に『ミュージカル「美少女戦士セーラームーン」2019』、『夜は短し歩けよ乙女』など。主演映画『左様なら今晩は』が11月11日に公開。映画「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」が2023年に公開予定

『僕の種がない』(幻冬舎)鈴木おさむ・著

ドキュメンタリーディレクターの真宮勝吾は、癌で余命半年の芸人に意を決して提案する。「ここからなんとか子供を作りませんか?」だが、その芸人は無精子症だった……。それでも諦めずに、奇跡を起こそうとする物語。