24歳にして執筆歴13年! 「10~20代の人間が形成されていく過程の葛藤を描きたい」──鯨井あめインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/6

『晴れ、時々くらげを呼ぶ』『アイアムマイヒーロー!』『きらめきを落としても』

 2020年、第14回小説現代長編新人賞受賞作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』でデビューし、10~20代の揺れる心情をすくいあげた小説で人気急上昇の鯨井あめさん。10歳から小説を書き始め、24歳の若さで執筆歴13年という鯨井さんが、「小説現代長編新人賞」に応募した理由とは?

 デビューまでの道のり、著書に込めた思い、小説家として大切にしていることなどについて、たっぷり語っていただいた。

(取材・文=野本由起)

advertisement

ジャンルを意識せず、書きたいものに必要な要素を取り入れる

――鯨井さんは1998年生まれですが、プロフィールを拝見すると「執筆歴13年」とあります。小説を書き始めたきっかけについてお聞かせください。

鯨井あめさん(以下、鯨井):幼い頃から絵本を作るなど、創作活動が好きでした。テレビを観て、アニメやドラマの続きを考えるのも好きで。大体いいところで終わるので「次回どうなるのかな」って予想するのが楽しくて、それがストーリーの続きを考える遊びにつながっていったんだと思います。

 もともと読書は好きだったのですが、小4の頃に「自分でも書いてみようかな」って思うようになりました。最初は、当時読んでいた児童文学の真似から入りましたね。その後、オリジナルの小説も書きましたが、最初のうちは好きなシーンだけ、冒頭だけ書いて満足していました(笑)。

――最後まで書ききった最初の小説は?

鯨井:小4の終わりに手書きで書いたものが、初のオリジナル小説ですね。真っ白な紙に鉛筆で書いたので、字が歪んだり不格好だったりで、本屋さんに並んでいる本みたいな体裁にならなくて、それがなんだか嫌でした。その後、パソコンに打ち込んでリメイクしました。

――どんなお話でしたか?

鯨井:当時ゲームにハマっていたので、剣と魔法のファンタジーみたいな小説を書いていました。『ドラゴンクエストVIII』が特に好きだったので、その影響が大きかったです。

――お好きな作家さん、影響を受けた作家さんについて教えてください。

鯨井:伊坂幸太郎さんが、すごく好きです。伊坂さんの小説って、読み進めていくとどこかでクルッとひっくり返る瞬間があるんです。それが魔法みたいに鮮やかで。たった一文で魔法をかけられ、あとはもう、本を閉じられない状態になります。作品の構成、伏線の仕込み方は、伊坂さんからかなり影響を受けていると思います。

──幼い頃からずっと小説を書かれていましたが、当初からプロになろうと意識していたんですか?

鯨井:書き始めたきっかけが、本屋さんに並んでいる小説を読んで「自分も書いてみたい」と思ったことなので、最初から意識していたと思います。

──その後、2015年頃からネットに小説を投稿するようになりましたよね。そのきっかけは?

鯨井:もともと、遊びの一環として友人に自分の書いた小説を読んでもらっていました。でも、優しい友達なので、どんな小説でも「面白かった」「続きを読みたい」って言ってくれるんです。そのうち、自分の文章がちゃんと人に伝わるものになっているのか、最初から最後まで読めるクオリティなのかと悩むようになりました。そこで、「ネットに投稿すれば誰かひとりは読んでくれるかな。ひとりでも読んでくれたら、読めるものになっているということかな」と考え、ネットに投稿するようになりました。

──その頃に書いていた小説のジャンルは?

鯨井:一言で言えば、いろいろですね。ホラーもミステリーも見よう見まねで書いてましたし、SFやサスペンスを書くことも。書きたいものを書くにあたってどういう要素が必要か、を考えながらいろいろ取り入れるようにしていました。

──ネットに投稿した作品の反響はいかがでしたか?

鯨井:ありがたいことに、最初の作品から感想をいただけました。自分はストーリーを書けているんだろうと判断して、そこからちょっとずつ投稿を続けていったところ、2017年に「文学フリマ短編小説賞」で優秀賞をいただきました。自分がいいと思って書いたものを評価していただけたので、自分と周囲の認識に齟齬はないんだなとわかりましたし、初めて小説で賞をいただけたのですごくうれしかったです。

自分の全力はどれほどなのか、ちゃんと向き合おうと思い、新人賞に応募

──そして2020年、第14回「小説現代長編新人賞」を受賞し、デビューを飾ります。文芸誌の新人賞に応募しようと思ったのはなぜでしょうか。

鯨井:ネットに投稿していると、たまに「うちで書籍化しませんか?」と出版社から声がかかることがあるんです。私もその展開を期待していたのですが、それって結局は、自分の書いた小説を真っ向から否定されるのが嫌なだけなのかなと思って。

 私は「小説の書き方」みたいな本をほぼ読んだことがなく、文章指導を受けたこともありません。自分ひとりで積み重ねてきてしまったので、新人賞に応募して「これじゃダメ」と評価されることが怖かったんですね。プライドが邪魔をしていました。

 でも、今自分が書いたものがどういう評価を受けるのか、自分の全力はどれほどなのか、ちゃんと向き合おうと思って。そこで、初めて新人賞に応募することにしました。

──その結果、初投稿で初受賞したわけですね。そもそも数ある新人賞の中から、「小説現代長編新人賞」を選んだのは何か理由があったのでしょうか。

鯨井:実は、新人賞についてほとんど知らなくて……。締め切りの日程が、自分の都合に一番合うのでこの賞に応募しました。それに、サイトを拝見したら講評がついていたんですね。フィードバックが欲しかったので、これだ! と。

 結果的に受賞できてプロの作家さんから選評をいただくことができたので、本当にありがたかったです。

──お話をうかがっていると、鯨井さんはただ小説を書いて満足するのではなく、自分の実力を知りたい、フィードバックが欲しいという気持ちが強いようですね。

鯨井:うまくなりたいんです。もっと書けるようになりたいという気持ちが強くて。やっぱり、ひとりでは見える世界、視点には限界がありますよね。今はどんどん上達できる環境に身を置けているので、本当にうれしいです。

──担当編集者がつき、書いたものに意見をもらえるのは、鯨井さんにとっては大きいことなんですね。

鯨井:そうですね。「ここがよくわからないです」「ここはどうしてこうなるんですか?」と質問をいただくことで、どんどん改良できるので、本当にありがたいです。

──デビュー作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』(講談社)について、詳しくお聞かせください。この作品の着想を得たきっかけは?

晴れ、時々くらげを呼ぶ
晴れ、時々くらげを呼ぶ』(鯨井あめ/講談社)

鯨井:もともと空からくらげが降ってくるイメージがあって、それをネタ帳に書き込んでいました。新人賞に応募するにあたってネタ帳を見返し、「これで行こう」となりました。

──世の理不尽に対して抵抗を試みるという。若さや衝動が詰まった作品だと感じました。

鯨井:優しい人や弱い人のなかには、うまく怒れない人がいると思っています。怒ったり暴言を吐いたりすると、相手を傷つけてしまうかもしれないし、周囲に迷惑をかけてしまうかもしれない。でも、本当は怒りたいじゃないですか。その「怒りたいのに怒れない」みたいな気持ちを表現したい、という考えが、執筆の根本にありました。本当は暴力的なテロを起こしたいけれど、暴力的なことはしちゃいけない。だから、1日だけくらげが降ってくるようなテロを起こす。そんな「優しいテロ」というイメージで。

 でも、こうやって私がいろいろと話すことで、読者に「あ、そういう話なんだ」と補正してほしくないんです。やっぱり小説は、受け取った人のものだと思うので。

──完成時、刊行時の手応えはいかがでしたか?

鯨井:いいものが書けたなという気持ちはありました。単行本で出される文芸小説と文庫本中心のライト文芸、その中間くらいの文章を意識したので、そういう読まれ方をしているという点では狙い通りかなと思います。

筆致をコントロールして、表現の幅を広げたい

──2作目の『アイアムマイヒーロー!』(講談社)は、人生をやり直したいと考える大学生が小学生の姿になるタイムスリップものです。デビュー作とはまた違った作風ですが、この作品はどのようにして生まれたのでしょう。

アイアムマイヒーロー!
アイアムマイヒーロー!』(鯨井あめ/講談社)

鯨井:編集さんにいくつか書きたいものについてお話ししたところ、「これでいきましょう」と言っていただいて。「ということは、もう好きに書いていいってことかな」と思いました(笑)。

 それに、『晴れ、時々くらげを呼ぶ』は私がこれまでネットで発表してきた作品とは明らかに違う作風で、私としてもチャレンジの一作だったんですね。だから、「こういうものを書く人だと思われると、今後しんどくなるだろうな」と思ったんです。前作を意識しつつ、違う表現にしようと考えながら書きました。

──デビュー後に書いたのは、この小説ではなく短編集『きらめきを落としても』(講談社)に収録された作品「ブラックコーヒーを好きになるまで」だったそうですね。そちらも、『晴れ、時々くらげを呼ぶ』とはまた違った印象の短編です。鯨井さんは、自分はどういう作品を書く人なのかという見られ方を意識して、バランスを取りながら作品を発表しているように感じます。

きらめきを落としても
きらめきを落としても』(鯨井あめ/講談社)

鯨井:そうですね。書きたいものを書けるようになりたいし、筆致をコントロールしたくて。やっぱり作品の内容に合う筆致ってあるじゃないですか。例えば重い社会小説なら、文章も重くしないと作品が際立たないし、柔らかい話は柔らかい文章で書かないと合わないこともあります。かと思えば、柔らかい話をすごく重い筆致で書くことによって生まれる深みもありますよね。表現の幅をどんどん広げたいという気持ちがあるので、そのためにも自分の筆致については強く意識しています。

──『アイアムマイヒーロー!』を書いている時に意識したことを教えていただけますか?

鯨井:散々嫌ってきた自分に救われる自分、みたいなお話です。結局自分からは逃げられないというどうしようもなさを書きたくて。最後の廃ビルのシーンはしっかり書きたくて、そこにうまくつながるようにと思って書いていましたね。

──デビュー2作目というプレッシャーはありましたか? ご自身の手応えを聞かせてください。

鯨井:ネットの世界では無料で小説を公開していましたし、読者も選り好みできる環境で、試しに読んだ小説が自分に合わなかったら最初の数行でパッと去っていく、ということが可能でした。

 でも、商業だとそうはいかない。買って読んで「面白くない」と思っても、返金されない。だから2冊目の小説は、「買ってもらう以上は読めるものを」という部分を意識しました。それは今までとは違う感覚でした。『晴れ、時々くらげを呼ぶ』を読んだ方から「次回作、楽しみにしています」という声もいただいていたので、ちゃんと書かなきゃという思いが強かったんですよね。

──『アイアムマイヒーロー!』と並行して、短編も執筆されていたそうです。短編と長編では、書き方も違いますよね。

鯨井:短編のほうが書きやすいですね。長編を書きながらでも短編は書けるので。長編を書いていてちょっと詰まった時に、一回リセットするために短編を書くこともあります。オチのない掌編を書いたり、ふっと思いついたものをとりあえず1万字以下の小説にしておいたりということはよくあります。短編はいいですね。

──長編にするのが難しい題材でも、短編だったらカジュアルに取り入れられそうです。実験的なことにもチャレンジしやすいのでしょうか。

鯨井:そうですね。ただ、短編で書こうと思っていたけど、実際書き出してみると「いや、これはしっかり書いたほうが面白いな」と思って長編用のネタに回すこともありますし、逆に「これで長編いけるかな」と思って書き出してみると、「あ、これは早めにクルッとまとめたほうがいいな」と思って短編にすることも。やっぱり試行錯誤がありますね。

──短編集『きらめきを落としても』には、雰囲気のまったく異なる作品が6編収録されています。色とりどりですごく楽しいですね。

鯨井:短編1本1本のクオリティを上げること、短編集として読んだ時のクオリティを上げること、両方を意識して書きました。後者は、短編集になることの意味と言えばいいのかな。アタマから読んでもらい、6編目の「言わなかったこと」を読んだあとに、1編目の「ブラックコーヒーを好きになるまで」に戻ってもらうと、ちょっと面白くなるような遊びを入れたり。この6編を集めた意味を付け加えるようにしました。

──これまで3冊発表していますが、次の作品も準備を進めているのでしょうか。

鯨井:ちょっとずつ準備中です。書きたい長編が1本あるので、それを形にしたいと思っています。

自分が確立されつつあるのに、自分を出せないという若者の心の葛藤を書くのが好き

──書きたいものは、常に鯨井さんの中にストックされているのでしょうか。

鯨井:常に何作品か、頭の中にあります。ずっと頭の中で考え続けていると、ふとした瞬間にぷかっと浮かんでくるので、それをちぎれないよう引っ張り上げていく、というイメージで書いています。

──頭の中でどのような過程を経て、ひとつの小説が出来上がるのでしょう。

鯨井:何パターンかあります。ひとつのシーンがパッと思い浮かんで、それを書くには何が必要か考えるパターン。あとは、設定がパッと思い浮かんで、その設定を生かすにはどういう話にしていけばいいのか考えるパターン。また、小説を書くうえでは登場人物が必要です。その人物がどう変化していくか、どういう心境になっていくのかというドラマを考えていくパターン。そのドラマを生かすために必要な要素を組み立てていきます。

──鯨井さん自身と年代が近い、10~20代の主人公を書くことが多いですよね。それはなぜでしょう。

鯨井:若い人を書きたいというよりは、心の動きを書きたくて。特に、10代後半から20代はアイデンティティが確立され始め、自分がどういう人間なのかが形成されていく過程にあると思っています。でも、そうやって自分は形成されていくけれど、経験もまだ浅いし、失敗も多い。社会的にも、それほど強い立場にはありません。せっかく自分という存在があるのに、その自分を出せないという心の葛藤が好きなんです。年齢にこだわりがあるわけではなく、今のところ書いていて楽しいと感じるのがその年代という感じですね。

──葛藤して揺れる未完成な人物を書いているからこそ、時には痛々しい主人公、読み手が同族嫌悪を感じてウッとなるような主人公も登場しますよね。

鯨井:その反応がありがたいんです。『晴れ、時々くらげを呼ぶ』の主人公・亨のことが好きじゃないという声があったり、「ブラックコーヒーを好きになるまで」の主人公に腹が立つって言ってもらえたりするのは本当にうれしくて(笑)。嫌な人を書くのって難しいなと思っているので。

──鯨井さんが、小説を書くうえで大切にしていることはありますか?

鯨井:何より、書いていて楽しいことが大事です。あと、大学の教授が「小説の本質は表現だ」とおっしゃっていたことがあるんです。小説を小説たらしめているのは表現であり、逆に表現を持っていれば小説になると、私は解釈しました。なので、ちょっと迷った時はその言葉を思い出すようにしています。

 やっぱり、どんな表現をするかでその小説の方向性が決まると思うんです。この小説は透明感のある表現をするのか、柔らかい表現をするのか、硬い表現でいくのか。それによって、小説の印象が決まると思うので。ただ、難しいですね。私もまだこの言葉については、いろいろ考えているところです。

──今後、どんな作品を書いていきたいですか?

鯨井:ジャンルにこだわることなく、必要だったらホラーやサスペンス描写も取り入れつつ、書きたいことを書いていきたいと思います。書きたいものを書くためにも、やっぱりうまくなりたいです。

鯨井あめさんプロフィール:
くじらい・あめ●1998年生まれ。兵庫県豊岡市出身。兵庫県在住、大学院在学中。執筆歴13年。2015年より小説サイトに短編・長編の投稿を開始。2017年に『文学フリマ短編小説賞』優秀賞を受賞。2020年、第14回小説現代長編新人賞受賞作『晴れ、時々くらげを呼ぶ』でデビュー。

あわせて読みたい