64歳のおかんが35歳のダメ息子とラップバトル! 小説現代長編新人賞受賞作『レペゼン母』著者・宇野碧さんインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/7

宇野碧さん
©日下部真紀

 夫亡きあと、遺された梅農園をひとりで切り盛りしてきた64歳の明子。35歳になる息子の雄大は幼い頃から問題児で、現在は年若い妻・沙羅を置いて失踪中。そんな息子がラップバトルに出場することを知った明子は、自らも参戦を決意する――。

 小説現代長編新人賞の本年度、第16回の受賞作は宇野碧さんの『レペゼン母』(講談社)。還暦すぎの母親と、中年に差しかかろうという年齢の息子がラップで対決する、笑えて泣ける痛快エンターテインメントだ。

(取材・文=皆川ちか)

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――10年ほど前から新人賞への投稿活動をされていたそうですが、作家になるまでの道のりをお聞かせください。

宇野碧さん(以下、宇野) 1、2年間で1作仕上げるくらいのペースで、書いては送り、書いては送りの生活を続けていました。その間、いろいろな仕事をやりました。書きたい小説の題材にあわせて生きてきたところがあって、養蜂家の話を書きたいから養蜂家さんのところで働いたり、狩猟についての作品を書くために猟師さんの助手になり山に入ったり。作家になりたい思いと、自分の興味の赴くままに転々と生きてきた感じです。

――そして現在は『レペゼン母』の舞台でもある和歌山県に在住ですね。小説現代長編新人賞(以下、小現)には、2度目の応募で受賞となりましたが、数多くの新人賞のなかで、なぜこの賞に狙いを定めたのでしょうか。

宇野 3、4年前に初めて応募したときは二次どまりだったんですが、編集部から講評をいただいたんです。それがとても励みになりました。私はネットで文章を書いたり、投稿サイトに参加したりという発想がなかったので、目に見えるかたちでの反応がすごく嬉しかった。“小現”さんは応募作の全てを編集部の方々が読んでくださり、講評もつけてくれるんです。自分の実力が明確に見えると感じました。

――講評をもらえるというのは、書く側からすれば大きいですよね。

宇野 そうなんです。やっぱりそういうものがないと対策の立てようもないというか、投稿って虚空に向かってボールを投げるようなものなので。それと“小現”さんは歴代の受賞作のジャンルが幅広くて、そこが自分の作風とも合ってるんじゃないかと思いました。

――そしてみごと受賞します。投稿時代とプロになった今とでは、書くことへの意識は変わりましたか?

宇野 変わりましたね。ひとりで書いているときは気づかなかった癖を、担当編集さんから指摘されるようになりました。どうも省いて書く癖があるようでして……もっと分かりやすく、伝えやすく書くよう心がけるようになりました。また、読者のみなさんからたくさんの感想をいただいたことで、人に届けているという意識が強まりました。これも投稿時代にはなかった気持ちです。ずっと迷いながら書いていたのが、これでよかったんだ、と自信を持てるようになりました。

――続いて受賞作『レペゼン母』についてお聞かせください。着想のきっかけになったのは、ラップバトル番組「フリースタイルダンジョン」での呂布カルマさんと椿さんのバトルだったとうかがいました。

レペゼン母
レペゼン母』(宇野碧/講談社)

宇野 実は番組を観て知ったのではなく、そのバトル内で女性ラッパーが性差別的なディスを受けたというニュースをネットで読んで、気になったんです。

――なぜそこに、アンテナが引っかかったのでしょう。

宇野 私はフェミニストなので、女性問題に関する事項に目が留まりやすいというのもあるのですが、そのニュースを読んだとき、ふっと国会や政治の世界を連想したんです。女性であるというだけで、発言をする前から(男性たちに)低く見られているという点でどちらも社会を象徴しているなあ、と。

――そこから男性と闘える女性ラッパーを書こうと思いついたのですね。ということは、ラップの知識に関しては……。

宇野 ど素人でしたので一から勉強しました。ライムスターの宇多丸さんの著作をはじめ、ヒップホップ関連の本を漁るように読んで、楽曲も黎明期の70年代のものから聴いて、DVDやバトルの動画を観て。中途半端に理解するのではなく、ラップの根底にあるものや哲学も吸収したかったので、1年間、徹底的にラップに浸かりました。ちょうど2人目の子どもの妊娠・出産の時期と重なり、授乳しながらMCバトルを観賞し、赤ん坊の泣き声を聞きつつラップを聴いて……という感じでした。バトルはそこから初めて見始めたのですが、呂布さん、ゴメスさん、ハハノシキュウさん等が推しでした。正統派じゃないスタイルのある人が好きです。

――そうして生みだされた主人公の明子は実に魅力的です。設定や背景のひとつひとつが、ぴたりとハマっている感じがしました。彼女はどのように形づくられていったのでしょうか。

宇野 男性メインの世界であるラップバトルへ乗り込んでいける女性として、おかんという設定がまず生まれました。ならば、ある程度の年齢でしょうし、女性という縛りから自由になっている年頃として60代にしました。ラップに目覚めるくらいなのだから、頭の回転が速い人だろう……じゃあ経営者かな。でも頭だけじゃなく、ちゃんと身体も使って生きてきた人でないと言葉に説得力を持たせられないし……という具合にイメージをふくらませていきました。

――明子は頭が切れてしっかり者で、自ら率先して梅農園で働いています。明子や沙羅たちが農作業をする様子もラップバトルと同じくらい丁寧、かつリアルな描写で印象に残りました。

宇野 うちの近隣に梅農家があって、何シーズンかお手伝いにいったことがあるんです。リアルに感じていただけたとしたら、そのときの経験が活かされたんだと思います。

――明子にとって悩みの種である息子、雄大の造形がまた絶妙です。しっかり者の母を持つがゆえに、根性なしの人間になってしまったという。それでいて愛嬌があり根は素直。ある種のかわいげがありますね。

宇野 雄大は、周囲との会話や見聞きからできていったキャラクターです。私にも息子がいるのですが、男の子を持つ友人たちと話していると「息子をダメ男にしてしまうのではないか……?」という恐怖心をけっこうみんな抱いているようでして。つい厳しくあたってしまったり、その反動で甘やかしたりと。ゆれながら子育てをしているなかで、子どもの目線でものを見ていないな、と気づかされることもすごく多い。幼少期の雄大と明子のエピソードの数々には、実体験がかなり反映されています。

――作中にはもう一組、母と息子が出てきます。明子の友人である円と、その引きこもりの息子・正太郎。円は厳しい明子とは対照的に息子を溺愛し、正太郎もまた雄大とは対照的な“いい子”でした。だけどこの親子もまた深刻な問題を抱えています。

宇野 おかんが闘う相手となったら、それはやはり息子だろうと考えました。息子と、息子的な世界と。この作品を書くうえでヒントになった本が、社会学者の品田知美さんの著書『「母と息子」の日本論』(亜紀書房)でした。日本のさまざまな社会問題には、母と息子の“母子分離”ができていないことが根底にあると分析している内容なのですが、そこから円と正太郎親子の着想を得ました。

――親離れ、子離れができない母と息子の関係……それもまた本作の根幹にあるテーマですね。それを目に見えるかたちであらわしているのが、明子が保管していた雄大の“へその緒”なんですね。

宇野 闘うことで、へその緒をちゃんと切ることができるんじゃないかとは構想段階からなんとなく、予感していました。ただ、明子と雄大の勝敗の行方は決めないで書いていったんです。予め勝ち負けを決めてしまうと、それに縛られてなめらかに書けない気がして。書いていくうちに自然と見えてくるだろう、と。そうして見えてきたのは、大切なのは勝ち負けではないということでした。どっちが勝つとか負けるとか、それだと終わりがありませんし、そういう少年マンガ的な世界、息子的な世界を超えたところへいきたかったんです。

――明子の最後のバース(ヒップホップの曲におけるラップ部分のこと)「だからここで切るへその緒 私はおかんをやめる さよならや」に感動しました。さよならをすることで明子も、そして雄大も、親子という軛から自由になれたように思えました。

宇野 さよなら、って自分と切り離すことなんですよね。子どもを自分の延長として考えていると、勝手に期待したり失望したりしてしまう。だから、ほんとうに自分と切り離し、ちがう人間だと認める必要がある。それが、関係性の本当のスタートである気がします。

宇野碧さんプロフィール:
うの・あおい●1983年、神戸市出身。大阪外国語大学外国語学部卒。新卒で入った会社を半年で辞め、小説を書くことを決意。放浪生活を経て、現在は和歌山県在住。本作で小説現代長編新人賞を受賞し、作家デビューを果たす。“料理と癒し”をテーマにした第2作を準備中。

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