受賞者に共通する“強い想い”とは? 今読まれるべき小説を求める「小説現代長編新人賞」について編集長にインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2022/10/9

河北壮平さん
「小説現代」編集長・河北壮平さん

 講談社の文芸小説誌「小説現代」が主催する文学賞「小説現代長編新人賞」。「小説現代新人賞」を2006年に同賞にリニューアルした以後も、朝井まかて氏、塩田武士氏など、多くの人気作家を輩出している長編新人賞だ。

 2022年7月に、第17回小説現代長編新人賞の応募が締め切られ、現在は選考のまっただ中! 「小説現代」編集長の河北壮平さんに、求める作品や作家像、今後の展望などをうかがった。

(取材・文=立花もも 撮影=川口宗道)

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――毎年、1000作前後の応募がある小説現代長編新人賞は、自作未発表の小説ならばジャンル不問。実際、近年の受賞作をみてもテイストがバラバラで、自由度の高い印象ですが、おおよその傾向みたいなものは編集部で共有されているんでしょうか?

河北壮平さん(以下、河北) 「小説現代」は来年で創刊60周年を迎えるんですが、「現代」と冠するからには“今”を切り取って描いた物語であってほしい、という話は、ときどき会議でも持ち上がります。“今”というのは、令和のこの瞬間を描いた物語、ということではありません。SFやファンタジー、時代小説ももちろんウェルカムなのですが、そこに描かれているテーマだったり、感情だったりが、現代を生きる我々の心に何かしら響くものであってほしい、と思っています。そして、同時に、僕たちは普遍的なエンタメの“王道”を模索し続けているつもりです。抽象的で、申し訳ないんですけど(笑)。

――たとえば直近の受賞作では、どのあたりに“今”が描かれていると感じましたか?

河北 鯨井あめさんの『晴れ、時々くらげを呼ぶ』(第14回受賞作)と珠川こおりさんの『檸檬先生』(第15回受賞作)は、まず描かれている世界、そして感性が今の時代を生きる作家さんだな、と感じます。2006年に賞をリニューアルしてから若い方の応募が増えて、それにともない、青春小説が増えてきた傾向はあるかもしれませんが、その流れの中で現れた才能でしょうか。若い書き手じゃないと“今”を切り取った小説が書けない、というわけではありませんが、『晴れ、時々くらげを呼ぶ』はファンタジー要素の強い設定、『檸檬先生』は共感覚を通じて、10代の登場人物たちの閉塞感や痛みが瑞々しく鮮やかに描き出されています。まっすぐな青春小説でありながら、どこか新しい2作品です。たとえ、応募の段階では粗削りな部分があったとしても、この先の可能性を、書き手の未来を感じさせるところが評価されたのだと思います。

――対して、第16回の受賞作、宇野碧さん『レペゼン母』の主人公は64歳。ちょっと印象が変わりましたね。

河北壮平さん

河北 30歳を超えたダメ息子の行く末を案じた高齢の母親が、今一度、ラップを通して息子と向き合おうとする親子喧嘩の物語。古今さまざまに描かれてきた、親子の関係性を描いた、やはり“王道”のテーマです。そして同時に、喧嘩の手段・舞台をラップバトルに設定したところや、そこで交わされる母子の感情のやり取りが、“今の時代”を感じさせるのではないでしょうか。そういう意味で、“王道”でありながら、“今”である、この2つを体現している物語だと思います。

――帯にも「マイクを握れ、わが子と戦え!」と書かれていて、それだけでちょっと笑いました。

河北 そうなんですよ。息子は2度も離婚して借金まみれになったあげく、妻を置いて家を出るというていたらくで、母親の悩みもかなり深刻に描かれるんですが、それでいて、ユーモラスなんです。それなのに、泣ける。論語に「六十にして耳順(したが)う」なんてありますが、素直に人の話に耳を傾けることのできる60代なんてそうそういないし、「四十にして惑わず」といったって、僕らはみんな、惑いまくりじゃないですか。何歳になっても“ちゃんと”はできない、でも惑いもがきながらも前に進む、その姿を描いたところに“今”があるという気がします。今の時代、60歳を過ぎたからといって、人生が完成されるわけじゃない、それでもどうにか頑張っていくしかないのだ、と。

――先ほど、SFや時代小説もウェルカムとおっしゃいましたが、完成されていない人たちの姿に“今”を見る、ということでいうと、描かれる時代は関係ない気がしますね。

河北 今回から選考委員に加わっていただく凪良ゆうさんが、先日『汝、星のごとく』を上梓されましたが、あらすじだけ取り出してしまうと、ベタで王道な恋愛小説だと言われるかもしれません。でも、そこには“今”の僕たちに響く何かがある。これは凪良さんがおっしゃっていたことですが、平安時代でも現代でも私たちは変わらずに恋をしている、恋をしていること自体に今も昔も関係はないんですよね。それと同じように、人生に惑い思い悩むことにも、今も昔も関係ない。肝心なのは、何に悩み、どう立ち向かっていくかという過程を、どう描くのかだと思います。

――“王道”に“今”を描く……。それがいちばん、難易度の高いことですよね。でも一見、わかりやすくもあるので、挑戦する応募者も多そうですが、応募者がやりがちなミス、みたいなものってありますか?

河北 これまでの話を覆すようで恐縮ですが、傾向と対策を練ることにあまり意味はないと思います。個人的に思うのは、受賞する方々はみんな「作家になりたい」という人たちではないんですよ。「小説を書きたい」という想いが強い人が、結果的に作家になっていく。ときどき、落選した原稿を改稿して応募し続ける方もいらっしゃいますが、そういう方が受賞しにくいのは、その一作がゴールになってしまっているからなんじゃないかと。そういうときは、読み手に楽しんでもらうことよりも自分自身を押し出す気持ちのほうが強くなっていることも多いですしね。同じテーマでも、切り口を変えれば新しい作品を生み出せる余地があるはずで、それくらいの「書きたい」という欲求がある人でないと、受賞したあとに作家として継続していくのが大変かもしれません。

 あとは……新しさを求めるというのは、誰も聞いたことのない設定で描くことではない、ということ。

――“王道”というところにも繋がってきますね。

河北壮平さん

河北 異世界転生モノも、シスターフッドも、いまや王道といえば王道じゃないですか。どんなに新しいものだって、積み重なっていけば王道になっていく。誰も聞いたことのない新しい小説なんて、そもそも、そんなにたくさんは存在しないんですよ。テーマに固執しすぎるのは、断面図だけをつくって完成させたつもりになっているのと同じで、その切り口からどこまで奥行きを広げていけるのか、深みを持たせられるのかというのが、いちばん大事なことだと思います。登場人物の思想や背景を掘り下げることも必要なんだけど、そのためには作者自身が広いまなざしと知識をもって、自分自身を見つめなおすこともおそらく必要で、その過程を踏まなければ、今読むべき小説にはならないような気がします。

――近年、SNSや投稿サイトなどを経て文学賞を受賞する方も増えていますが、文芸誌が新人賞を開催する意義は、どんなところに感じていらっしゃいますか。

河北 その過程を踏むためのお手伝いができる、ということでしょうか。売れる、ということだけを考えれば、オンラインで連載し、読者の反応を見ながら、タイムリーに書き上げていくことも大事だと思います。その感性を、編集者がさかしらにつぶすような真似をしてはいけない、とも。ですが、この先何十年も読み継がれていくものを一緒に生み出したい、という想いをもって僕ら編集者は作家さんに向き合っていますし、おもしろい作品が一瞬の消費で終わることのないよう、これからも尽力していきたいんです。

――来年以降、どんな応募作品を期待しますか。

河北 そうですね……。僕たちにとってのライバルは、他社の小説ではなく、スマホゲームやサブスクの映像作品といった、いつでも気軽に手に取ることのできるエンタメコンテンツです。並みいる強敵のなかで、それでも小説ってやっぱりおもしろい、と思える作品を、まずは僕たち自身が、読んでみたい。物語ってこんなにも自由なんだ、こんなにも心を揺り動かされる発見を与えてくれるんだ、と驚かされ、5年後、10年後も一緒にお仕事をしたいと思えるような作家さんと、その方が書かれる作品に出合いたいですね。そのためにも今回からは、最終選考に残った作品の講評だけでなく、一次選考を通過した以降の作品には、これまでよりもしっかりとした編集部員のコメントを返していこうと思っています。作家の卵であるみなさんの役に、少しでも立てたら、そして、一緒に物語を作っていきたい、という気持ちです。ご応募、お待ちしております。

▼第18回小説現代長編新人賞の詳細はこちら
https://tree-novel.com/works/episode/37610d94035957974dcaaccde6e7fc6f.html

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