もう一度走り出したいと願う人の背中を押す物語を書きたかった『半月の夜』野沢直子インタビュー

小説・エッセイ

公開日:2022/11/9

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』12月号からの転載になります。

野沢直子さん

 お笑い芸人として人気絶頂にあった1991年に突如渡米。拠点をアメリカに移しながら、時折帰国して芸能活動を行ってきた野沢直子さんが、小説『半月の夜』を発表した。現在59歳、かつて“破天荒タレント”として一世を風靡した野沢さんは、“老い”を小説のメインテーマに選んだ。

(取材・文=澤井 一 写真=島津美紗)

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「40歳ぐらいから体力は落ちてきましたけど、周りより元気だったし、老いてきたとは思ってなかったんです。でも50代の中頃から物忘れはひどいし、若い子の区別はつかないし、見た目の劣化もひどくて(笑)。スマホをいじっているときに、画面に反射した自分の顔を見て、ほうれい線の深さにびっくりしたことも。家で子どもの話す内容が急に分からなくなったり、流行が理解できなかったりで、感性が鈍ってきたのを実感したのも衝撃でした。若い頃は“老い”なんて完全に他人事だったのに。少し前に父が亡くなったのも“老い”と向き合うきっかけのひとつでした。父がずっと病気知らずだったので、“老い”を他人事のように感じていたんです。この年代になると、若い頃は感性がシャープだった人も、絶対にブレてくる。軌道修正してかっこいい老人になる人もいるけど、誰もが一度はブレると思うんです。でもそれって仕方がないこと。みんな同じように老いるんだからブレてもへこむ必要はない。むしろ“この先を楽しく生きるためにどうするべきか”が大事。そう考えるようになるなかで、小説の題材として“老い”と向き合う覚悟が固まりましたし、今作の主人公・カオルの設定や人物像が思い浮かびました」

 55歳のカオルは、ある幻影に悩まされながらもすべてをあきらめて無感情に毎日を送っていた。だが、ふとした偶然から人生が動き出し……。

「立ち止まって、人生を振り返った瞬間に“自分は何かの役に立っただろうか”とか“私、全然イケてなかったな”って考えることが、同世代なら経験あると思うんです。でも、いまは人生100年時代ですから、年老いてからも30年、40年と人生が続きますよね。だからこそ50代で“これから幸せになろう”と思う人が増えるはずだし、ぜひ増えていってほしいと思っています」

 人を元気づける職業=芸人としての顔を持つ野沢さん。明るいイメージと相反する印象が漂う“老い”を小説の題材にすることに、抵抗はなかったのだろうか。また、執筆中に意識していたことは?

「抵抗は全然なかったです。私が年をとっているのは隠しようがないし、反射神経が鈍っているのもテレビでバレバレなので。そんなことよりも、ウツウツとした気持ちを抱えている同世代の女性が走り出したくなるような、読者の背中を押せる物語を書きたいという思いが強かったですね。“走りたかったら走ってしまえ”というのが、私が一番伝えたかったメッセージ。走り出した先にどんな結果が待っているのか、そこまでは責任持てませんけど(笑)」

アメリカ暮らしで見えた日本との違い

 老いを意識する女性読者のみならず、男性や、若い読者も、きっとカオルに共感し、幸せになるために走り出す勇気をもらえるはず。その一方で、本作には、カオルと親の関係や、結婚・出産にまつわる苦悩を描いたシーンも。その背景には、アメリカを拠点とする野沢さんだからこその視点が反映されている。

「アメリカで暮らしていると、日本っていい国だなと思うことも多い一方で、窮屈さみたいなものもそれなりに感じます。なかでも結婚してると勝ち組で、結婚してないと負け組みたいな風潮はアメリカに比べて根強くあって、私はそうは思わないので、帰ってくる度にイライラしちゃって(笑)。あと、子どもを産んでない女性が“私はこういう人生を選択したので”とかわざわざ宣言しないと、周りから同情されたりしかねないのも違和感があります。カオルの物語を通じて、これまで世間的に肩身の狭い思いをしてきた人に、憂さを晴らしてほしいって思いもありますね。カオルと親の関係については、日本もアメリカも似たようなケースがあると思います。子どもを誘導して進路を決めちゃうような母親がキライなので、その要素を小説にも入れました。私自身の境遇はカオルとはまったく違うので、書く際には入念に情報収集をしました。カオルが勤めているスーパーの様子とか。“スーパー レジ 人間関係”みたいな検索ワードで2ちゃんねるのまとめ記事まで調べたりしちゃった(笑)」

 物語は、カオルが自身の境遇を語るパートと、中学時代のカオルを忘れられない同級生・中川のパートが、交互に描かれることで進んでいく。

「中川くんは、中学生の頃の気持ちを背負ったまま大人になっちゃった人。かわいいおじさんを書きたかったんです。14〜15歳の頃って、なんであんなにイライラしていたのかしばらく不思議だったんですけど、親になって思春期の子どもを見ていたら、自分なりの解答が見つかったんですね。でも、答えを見つけられず、当時の気持ちを背負ったままの中川くんみたいな大人もいるだろうな、って。そんなことを考えながら、中川くんは書きながらキャラクターを固めていきました。中川くんのカオルへの純粋な気持ちを通じて、誰かを思う力は、年齢に関係なく常にすごい力を持っているんだってことも、今作で描きたかった要素でした」

次作に意欲を燃やす一方、目標は「面白いおばあちゃん」

 カオルと中川、両者の人生が交錯する瞬間は訪れるのか? 物語はスピードを上げながら意外な展開を見せる。野沢さんの筆力や、本作の世界観と芸能人としてのイメージのギャップに驚く読者も多いだろう。

「基本的に書くことがすごく好きで、小説は12年前の『アップリケ』(ヨシモトブックス)と、2017年発売の自伝的小説『笑うお葬式』(文藝春秋)に続いて、今作が3作目。完成させていない書きかけの小説もあったりしますが、小説家としてはまだまだ初心者です。今作『半月の夜』とほぼ同じタイミングで、エッセイ集『老いてきたけど、まぁ〜いっか。』(ダイヤモンド社)も出させてもらいました。小説もエッセイも、“老い”が共通のテーマで、自分を励ますために書いていた側面も。2冊書き上げたら、すごい元気になりました(笑)。小説は、ゼロから100まで自分のペースで作り込めるのがいいですよね。執筆期間は約半年。最初の3カ月でばーっと書いて、後半の3カ月で直したり、書き足したり。ラストはだいぶ足しました。編集者さんが自分の世界に走りがちな描写の問題点を指摘してくれるのもありがたくて、完成までとても贅沢な時間を過ごさせてもらいました。書いていると、また別のものも書きたくなっちゃう性格で、次の小説のテーマもすでに決まっています」

 出版界、芸能界、音楽シーン、YouTubeなど、フィールドの垣根を越えて活動する野沢さん。ご自身の「肩書き」をどう考えているのかについて聞いてみた。

「私の肩書きですか? 分からないです(笑)。お笑い芸人として渡米せず日本で活動していたら……、私がテレビに出ていた頃とは色々とルールが違うので、どこかのタイミングで消えてたと思います。1カ月ほど前に、ある人に“昔のテレビにはコンプライアンスはなかったよね〜”って言ったら“昔からありました!”って言われて驚きました(笑)。私自身の肩書きや、この先何に力を入れていくのかは曖昧ですが、いまはざっくりと“面白いおばあちゃん”になりたいなって思っています」

 

野沢直子
のざわ・なおこ●1963年、東京都生まれ。83年に芸能界デビュー。破天荒なトークや奇抜なファッションで注目を浴び、88年にスタートしたバラティ番組『夢で逢えたら』に、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、清水ミチコとともに出演して大人気に。ボーカリストとして音楽活動も展開した。人気絶頂のなか、91年に渡米。サンフランシスコを拠点に、度々帰国して日本でも芸能活動を展開する。

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