覆面ホラー作家「雨穴」最新作『変な絵』の“9枚の絵”に隠された恐ろしい真相とは? 米澤穂信の『黒牢城』が作品のヒントに!?

文芸・カルチャー

公開日:2022/11/8

雨穴さん

 ホラーな作風で知られるウェブライターにして、チャンネル登録者数は70万人を超え、「ネット界の江戸川乱歩」とも呼ばれる、推理系YouTuber兼作家の雨穴(うけつ)さんの小説『変な絵』(双葉社)が刊行されました。発売後、全国主要書店の週間ランキングで1位を独占。発売10日間という異例のスピードで、早くも20万部を突破しています。昨年刊行されてベストセラーとなった『変な家』に続く「変なシリーズ」第2弾は、9枚の奇妙な絵が絡み合い、恐ろしい真相が浮かんでくるという戦慄のスケッチ・ミステリー。雨穴さんに執筆の舞台裏をうかがいました。

(取材・文=朝宮運河)

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雨穴さんの新作は9枚の絵が絡み合う、スケッチ・ミステリー

――ダ・ヴィンチWebの読者に向けて、雨穴さんの活動内容をあらためて教えていただけますか。

 雨穴と申します。普段はウェブライターとしてインターネット媒体に記事を書いたり、YouTuberとして動画をアップしたり、という活動をしています。色んなジャンルを手がけているのですが、メインでやっているのはホラーとミステリーです。YouTubeでは特に長尺のミステリー動画を得意としています。

――ありがとうございます。ちなみに「雨穴」というお名前の由来は?

 はい。私はもともとオモコロというウェブメディアに所属していたのですが、そこに夢顎(ゆめあご)んくさんという先輩ライターの方がいらっしゃって、漢字2文字を並べたペンネームは渋くて格好いいなと思ったんです。それで自分も同じように名付けました。「雨」と「穴」はどちらも自分の好きなものです。雨も穴も安心できるから好きです。

――2021年に大ヒットした初の著書『変な家』に続いて、10月20日には初の書き下ろし長編小説となる書籍第2弾『変な絵』が刊行されましたね。ずばり、どんな内容の本でしょうか。

 タイトルの通り、見れば見るほど、何かがおかしい「変な絵」、「奇妙な絵」が91枚出てくる本です。中でも、不穏なブログに投稿された絵をはじめ、消えた男児や惨殺死体、補導少女が描いた絵……など、話の中心となる「9枚の絵」が出てきますが、それがどういう経緯で書かれたのか、どういう人物が書いたのか、ということを探っていく。すると、最大の読みどころなのですが、ある時点まではバラバラだった絵が、最終章で複雑怪奇にすべて絡み合って、ひとつの事実に繋がる……、というスケッチ・ミステリー小説です。

――絵をもとにした謎解きというアイデアは、どのように生まれたんですか。

 去年の夏頃にYouTubeで「消えていくカナの日記」という、絵を題材にした動画を作ったのですが、これが結構反響が大きくて。自分でも手応えを感じたので、このような発想で小説を書いてみたらどうだろうと思ったんです。

『変な家』のあのキャラクターが再登場したわけ

――『変な絵』には大学のオカルトサークルに属する“栗原”という学生が登場します。栗原は『変な家』にもホラーとミステリー好きの社会人として登場していましたが、思い入れのあるキャラクターなのでしょうか?

 最初はYouTubeに登場させたキャラクターで、すごく理屈っぽくて、謎を謎のまま放っておくことができないタイプです。私自身もそういうところがあるのですが、現実の人間関係でそういう面を出し過ぎると嫌われてしまうので……、なるべく表に出さないようにしているんです。栗原は自分が普段押さえつけている部分を託したキャラクターなので、半分自分のようなもの。そういう意味で、思い入れはあります。

――『変な絵』、さっそく拝読しましたが、9枚の絵からここまで多くの情報を引き出せるのか! と驚きました。作中に鍵となる絵そのものが掲載されていますが、これらは雨穴さんが描かれたそうですね。

 はい。ブログに投稿された「風に立つ女の絵」や消えた男児が描いた「灰色に塗りつぶされたマンションの絵」、山奥で見つかった遺体が残した「震えた線で描かれた山並みの絵」など、その他にも奇妙なイラストを描きました。それぞれの絵が、ストーリーを読み解くうえでのカギとなっています。

――『変な絵』は3章プラス最終章。3つのそれぞれ独立したエピソードが、最後の章でひとつになるという構成です。まず第1章の「風に立つ女の絵」に驚かされました。幸せそうな家族を描いた絵に、まさかこんな仕掛けが隠されていたとは!

 第1章はまず最後で明らかになる絵を考えたんです……。それからその絵を作り出すにはどうすればいいのか、と紙に絵を描きながら考えていきました。いつもは怖いシチュエーションや状況を思い浮かべて、そこから「次はどうなる?」と順々に展開させることが多いのですが、この第1章では珍しく完成型から逆算するような書き方をしました。だからこそ、より“衝撃的なシーン”を生み出せたと思います。

――ネット上には「七篠レン 心の日記」というブログが実在していて実際に閲覧することができます。そのためについ実話と錯覚してしまうような、妙なリアリティがありますよね。

 はい。実際にネット上に「七篠レン 心の日記」というブログが存在します。なぜ、同ブログが存在するのかは謎のままにしておきたいと思います……。

米澤穂信のミステリー小説『黒牢城』がヒントに

――そして第2章が「部屋を覆う、もやの絵」。保育園児が自宅マンションを灰色に塗りつぶしたのはなぜか、という謎をめぐるミステリーです。

 第2章は自分として一番気に入っている章なのですが、この作品のヒントになったのは米澤穂信さんの『黒牢城』です。実在する戦国武将がホームズ役、黒田官兵衛がワトソン役をするという斬新な設定がとても面白くて、自分もちょっと意外な人物がホームズ役をするミステリーを書いてみたいなと。それで春岡美穂という保育園の先生が、探偵役として謎を解くというストーリーになりました。マンションの間取り図やひし形の図絵もでてきますが、ストーリーと一緒に謎解きを楽しんでいただきたいと思っています。

――第3章「美術教師 最期の絵」は、惨殺された美術教師の遺した絵に込められたメッセージを、若い記者が探っていくという物語。未解決事件をめぐる緻密な謎解きが、50ページ以上にわたって展開していて、これまで以上に重厚な読み応えでした。

 一度重厚なミステリーに挑戦してみたいという気持ちがありました。警察小説をたくさん読んで刺激を受けながら、未解決事件を記者が調べ直すという話を作り上げていきました。

――やや入り組んだ謎解きが展開しますが、地図やイラスト、時間表などがたくさん掲載されていることもあって理解しやすいですね。

 私の本を読んでくださっている方は30代~50代の女性が多いのですが、中には10代、20代の方もいます。小中学生もいらっしゃると聞いていたので、分かりやすさにはかなりこだわりました。特に第三章では、入り組んだ設定のトリックを使用しているので、図表や地図で丁寧に説明したり、それまでのおさらいを要所要所に入れることで、読書慣れしていない方にも楽に楽しんでいただけるよう工夫しました。

ウェブライター時代に培った、バズりのテクニック

――それは読んでいても強く感じました。最終章では “ある人物”の語られていなかった一面が浮かび上がる、という構成になっています。

 先に完成していたのは2章と3章なんです。前作は冒頭から順に書いていったのですが、そのせいで後半に行くにつれて風呂敷が大きくなってしまって、畳むのに苦労したんです。今回はそうならないように、あらかじめ畳み方を考えながら書いたという感じです。

――謎が解かれた瞬間、背筋がぞくっとするような怖さが浮かんでくる。このラストの衝撃は、これぞ雨穴さんワールドという感じですね。

 極論すると、記事がバズるかバズらないかの基準は、読者が記事を読んだ後に、リツイートをしてくれるか否かにかかっています。当たり前ですが、リツイートは記事を読んだ直後にする人が多いので、記事の最後に衝撃の展開を用意しておくと、読者がリツイートしてくれる確率が上がります。そういうウェブライターのノウハウが染みついているので、前作では結末にどんでん返しを入れました。しかし今回は、「衝撃の展開」をあえて最後ではなく、各章に配置する、という構成にしました。どこで来るのか分からない衝撃をお楽しみいただければと思っています。

――280ページを超える、初となる書き下ろし長編ですが、執筆されていてご苦労なさった点は。

 ストーリー先行で考えているので、登場人物がそれを成り立たせるための“駒”になってしまいがちで。そこでこういう行動を取るのはリアルじゃない、でもそう動かさないとストーリーが動かない、という悩みがありました。しかし、推敲しながらストーリーの面白さを重視しつつ、キャラクターに人間味を持たせることに成功し、作品を完成させました。

小説はYouTubeよりも面白く

――動画にはない、活字媒体ならではの大変さというものもありますか?

 YouTubeと小説、どちらも違った大変さはあるのですが、動画の場合は加点方式で見てもらえるんです。つまり「無料なのにこんなに面白い」っていう反応を積み上げていく感じです。一方、小説って読者の方にお金を出していただき、読んでいただくものなので、面白くないとどんどん減点されていく。より面白いものを作らないと、という緊張感は小説の方があるかもしれません。

――ウェブライター、YouTuber、小説家とマルチに活躍されていますが、今後手がけてみたい表現ジャンルはありますか。

 音楽をやりたいと思っています。これまでも趣味としてやってきたんですが、作った曲をまとめてアルバムを出したいです。音楽は幅広く好きなので、ジャンルにこだわらず色んな曲を作れたらいいなと思います。『変な絵』の「あとがき」にあたる歌を、11月中旬予定でYouTubeにアップします。本作の謎解きの最大のヒントが歌詞に込められていますので、ぜひご覧いただけましたら幸いです。

――それは楽しみです。ではインタビューの最後に『変な絵』について、ダ・ヴィンチWebの読者にメッセージをお願いします。

 イラストと一緒にミステリーの謎を解くなど、読書に慣れていない方に向けて、読みやすい本を書こうと意識していますが、今回の『変な絵』は本当に読書が好きな方にも満足してもらえるような本格派ミステリー小説になっているはずです。読者を普段されない方、そしてミステリーやホラーが好きな方の両者に、ぜひ読んでいただきたいと思っています。第1章「風に立つ女の絵」朗読動画(62分)もついています。小説と一緒に見て聞いていただくことで、私のスケッチ・ミステリーの世界に没入していただけると思います。よろしくお願いします。

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